「四季の歌」 2018/05/06

春は一年で見れば一瞬だ
心地よい時などほとんどない
桜など一週間で終わってしまうし
ただの幕開け過ぎない。

夏は長いようで、せいぜい二ヶ月だ
半袖の期間は思ったほど長くはない
寝苦しい夜など二週間がいいとこだ
夏休みでもないと夏は長くはない。

秋はどうだ?
それこそあっという間だ
涼しくなって、それで留まればいいが
すぐにスタッドタイヤを引っ張り出さねば。

冬は最長の季節だ
少なくとも東北の民の心にとっては
次の四月に入るまでは間違いなく
冬は明けない。

春の喜びも
夏のカンカン照りも
秋の騒動が終わった感も
すべて冬の序章に過ぎない。

冬を歓迎してはいないが
冬のない一年は考えられない
この季節の偏った比率が
南の民には理解できないのだろう。

「鈍足」 2017/12/10

私は足が遅かった。  だから
逃げ出したとしても、すぐに追いつかれる。  それで
かなわないと分かっていながら
泣きながらも向かっていった。  それだけのことで
べつに、勇猛果敢な子供であったわけではない。

私には、相手に背を向けるという対処法は
選択すべき一覧に入ってなかった。  だからこそ
物理的にも、精神的にも足の速い奴の
どちらも羨ましいことは、未だに変わりない。

しかし鈍足な人間が私だと、覚悟ができてしまえば
あとは、それに合わせた戦術を構築するだけ。
パッとは逃げ出せないから、その代わり
遠目に危険を察知する能力とか
貧乏クジを引き当てても動じない精神力とか。

幸いにして、貧乏クジだと分かるのは
いつもそれが解決した後だったという
頭の回転の鈍足さも、併せ持っていた。
亀には亀の生き方がある、のだと知った。

そして、私はまだ生きている。

「作用と反作用3」 2017/07/15

仕掛けられた戦いを 受け流すこともできず
つい応戦してしまう自身に対して
「それはおかしい」 という自分もいるとは
いったい 「私」 は 何人いるのか?

高いところから見下ろしているようだが
いったい何階層になっているのか?
最終的に私は どうなればいいというのか?
そもそも人間性が 全く変わることなどあり得るのか?

変わらないのであれば 永遠のイチャモン漫才である
実際は終了時間は 間違いなくあるのだが・・・
他人と話している時だけは この複合性から解放される
二人で考えていたのでは 受け答えに時間がかかってしょうがない。

しかし今度はそれが 新たな危険性を生み出すとしたら
他人に関わらなければ 精神の安定は得られようが
今度は 生存の危機にさらされる。  より直接的な脅威に。
とすれば自動車と同じように 要はバランスの問題なのかも。

バランスの結晶の自動車を 人は何の苦もなく運転している。
時々 「力がないんだよねえ こいつは」 と不満を述べながらも。

「作用と反作用2」 2017/07/15

いや間違いなくあいつは 俺のことを憎んでいる・・・
他人の心の中が判るのか?  行動でそう判断するのか?
貴方から見れば 唯一の仇敵ではあっても
相手から見れば 貴方は多くの他人の中の一人に過ぎない
それを考えてみたことがあるか?

考えたことがない?  考えたくない?
考えたくないとしたらそれは 対象物の消失を嫌がるからだ
と アドラー先生なら言うかもしれない。

憎しみは自分を補強する いわばつっかい棒である
それがなくなれば 自身が倒壊するかもしれない
だから仇敵の消失を 素直には喜べない。

貴方はもしかすると ひょろ長い不安定なビルなのかもしれない
だから常に 支えを必要とする。  だったら
上階部分を取り払って 平屋に改築すればいいのだ
自身で立っていられるように。

ここで言う貴方とは 私自身のことである。

「作用と反作用」 2017/07/15

自分を奮い立たせるに 憎しみの効果が一番大きく
かつ持続力がある。  それが判っている人は
自分の周りに その対象物を探す。

戦っている時 アドレナリンは大量放出される それはいい
ただ問題は 対象物が突然なくなってしまった時である
つまり相手に悪意など 最初からなかったことを知った時。

そうなると憎しみは 自分へと反転する
吸排気系が逆転した時 エンジンの暴走を止められない
端からやめさせることが できないのだ
燃料が尽きるまでは。

だから憎しみを 行動の動力源にすることは
自身の破壊を招く可能性がある。  実は他人は
悪意を一点に集中していられるほど 暇ではないのだ
それぞれに 悩みを抱えているのだから。

「いつも僕は」 2017/07/11

いつも僕は 生意気を覆い隠すのに
失敗していたようだ
調子に乗ってしまうと 人を傷つけるから
調子に乗ってはいけません と言われたことがあった。

だから羽目を外さないように 気を付けてきたつもりだが
ことごとく失敗していたようだ
でも、今となっては 取り返しが付かない
いまでも本性が 要注意人物なんだから。

さて これからどうしたものか?
もう 集団にしがみつく必要はなくなった
だから 性格を覆い隠す必要もなくなった
つまり保護観察官は 無用になったということだ。

気の弱い自分と 高飛車な自分との
葛藤に悩むことも 終わりになった
しかしまだ一つ 気になることがある
自分の本当の性格は 傲慢だったのか?

あるいはやはり ネズミだったのか?
どちらが本体で どちらが衣装か
考えると 分からなくなる
どちらを脱げばいいのだろう?

「人間対機械」 2017/07/03

「もし、プロ棋士とコンピュータの将棋の対戦で
急に30分間停電になって、コンピュータがオシャカになった場合
コンピュータは、人間の棋士に対して 「まいりました」 と
お辞儀するのか?」

「おそらくしないんじゃないか。  エンジニアが点検をして
試合続行が不可能なら、無効試合にするだろう」
「人間の場合、足が痺れても家に心配事があっても
試合で負ければ、負けと判定されるのに、なぜ機械は優遇されるのか?」

「無理に試合をさせても、無茶苦茶な手を打ちまくって
到底試合にならんだろうが」
「それであっても、負けは負けだ。  人間の体調が、負けの理由にならんように」

「トラブった機械は、正常な機械とは違う。  もはや機械ではない」
「将棋は人間対人間が対戦してきた。  人間には将棋の能力以外に
体調や精神などの不確定要素が必ず付随する。  それを含めての対戦だろう?」

「それは、結果的に勝ちと負けしかないが・・・」
「そうだろう、機械が不調だとて勝負をチャラにしていいわけがない」
「はやぶさは、ボロボロになりながらも帰ってきたしなあ」
「そうだ、体調の不良は棋士にもコンピュータにも許されない」

「能力的にははるかに凌いでいても、万全の体調は機械でも難しいぞ」
「だから、7番勝負が始まったら、エンジニアには一切触らせない」
「将棋は孤独な対戦ゲームだしな」
「その上で長丁場を乗り切って勝利したものが、本当の勝者だ」

「CPUの温度が、急上昇したりしたときは?」
「自分で扇子で扇げばいいんだ」
「じゃあ今まで、行なわれている対戦とは?」
「脳みそ相手に戦っているだけで、将棋という全人格ゲームをしていない」

「それに将棋は相手と交互に指す試合だから・・・」
「そう、究極の絶対に勝てる手など見つかるわけがない」
「目の前の相手に勝った手だけか、残るのは」
「下手な相手やうまい相手に、勝った棋譜だけが積み重なる」

«「嵐を呼ぶ男2」 2017/06/26