「白昼夢」2018/12/25

僕はこの頃思うのだが
僕以外の人にとっては
死後の世界が引き続いて
あるのではないかと。

ただ僕だけが
死ねば無になってしまうだけ
いっけん公平でないようだが
わりとまともな考え方に思える。

僕は僕が生きていることを
実感できるが、他人はすべて
その存在を疑えば
疑うことも不可能ではない。

逆に、何十年と会っていなくても
死んだという知らせがない限り
その友人は僕の中では
まだ死んだことにはならない。

友人とは、必ずしも実体を伴わなくても
いっこうに構いはしないのだ
だから生死の境など
あってもなくても問題ではない。

四六時中離れずにいることなど
誰であっても不可能なことなのに
存在を知覚していないときでさえ
他人は、僕の中で息をしている。

考えれば不思議なことだ
僕の世界から、いま現在は
隠されて見えないのにも関わらず
それでも生存を確信できることは。

ならば、たとえ葬式の後であっても
人の生存を確信し続けることは可能だ
ゆえに、僕以外の人たちには
生と死の世界は分けられてはいない。

そう信じている僕が
無にならない限り・・・。

「郷愁2」2018/12/24

思い出はワインに似ている
長い年月が香ばしくしてくれるから
ブドウを搾ったばかりの時は
ただの果物ジュースなのである。

だからその時分に帰ってみても
体験できるのはありふれたことだけ
黄金色の輝きなど放ってはいない
ただ現実の日常を再体験するだけだ。

行ってみたとしても失望するのがおち
子供の自分の言動の浅はかさに
愕然とすることだろう。  思い出は
貯蔵化に眠らせておけばよいのだ。

そして酩酊するために
思い出を賞味すればよい
思い出は腹の足しにはならないから。

「郷愁」2018/10/21

あるのになかなか帰れない故郷と
もうそこにはなくなった故郷
ありながら帰れない故郷は恋しいが
訪れても今はない故郷もまた寂しいものだ。

思い出には焼き付けられているのに
いま残るのは背景の山と川だけ
すれ違う人は知らない人ばかり
住んでいた町並みも人も消えてしまった。

思い出の土地も変化し続けているのは分かっている
変わらないのは思い出自身のほうだけだ
脱ぎ捨てた古い衣装を探してみても
見つかりはしないのは、分かっている。

「四季の歌」 2018/05/06

春は一年で見れば一瞬だ
心地よい時などほとんどない
桜など一週間で終わってしまうし
ただの幕開け過ぎない。

夏は長いようで、せいぜい二ヶ月だ
半袖の期間は思ったほど長くはない
寝苦しい夜など二週間がいいとこだ
夏休みでもないと夏は長くはない。

秋はどうだ?
それこそあっという間だ
涼しくなって、それで留まればいいが
すぐにスタッドタイヤを引っ張り出さねば。

冬は最長の季節だ
少なくとも東北の民の心にとっては
次の四月に入るまでは間違いなく
冬は明けない。

春の喜びも
夏のカンカン照りも
秋の騒動が終わった感も
すべて冬の序章に過ぎない。

冬を歓迎してはいないが
冬のない一年は考えられない
この季節の偏った比率が
南の民には理解できないのだろう。

「鈍足」 2017/12/10

私は足が遅かった。  だから
逃げ出したとしても、すぐに追いつかれる。  それで
かなわないと分かっていながら
泣きながらも向かっていった。  それだけのことで
べつに、勇猛果敢な子供であったわけではない。

私には、相手に背を向けるという対処法は
選択すべき一覧に入ってなかった。  だからこそ
物理的にも、精神的にも足の速い奴の
どちらも羨ましいことは、未だに変わりない。

しかし鈍足な人間が私だと、覚悟ができてしまえば
あとは、それに合わせた戦術を構築するだけ。
パッとは逃げ出せないから、その代わり
遠目に危険を察知する能力とか
貧乏クジを引き当てても動じない精神力とか。

幸いにして、貧乏クジだと分かるのは
いつもそれが解決した後だったという
頭の回転の鈍足さも、併せ持っていた。
亀には亀の生き方がある、のだと知った。

そして、私はまだ生きている。

「作用と反作用3」 2017/07/15

仕掛けられた戦いを 受け流すこともできず
つい応戦してしまう自身に対して
「それはおかしい」 という自分もいるとは
いったい 「私」 は 何人いるのか?

高いところから見下ろしているようだが
いったい何階層になっているのか?
最終的に私は どうなればいいというのか?
そもそも人間性が 全く変わることなどあり得るのか?

変わらないのであれば 永遠のイチャモン漫才である
実際は終了時間は 間違いなくあるのだが・・・
他人と話している時だけは この複合性から解放される
二人で考えていたのでは 受け答えに時間がかかってしょうがない。

しかし今度はそれが 新たな危険性を生み出すとしたら
他人に関わらなければ 精神の安定は得られようが
今度は 生存の危機にさらされる。  より直接的な脅威に。
とすれば自動車と同じように 要はバランスの問題なのかも。

バランスの結晶の自動車を 人は何の苦もなく運転している。
時々 「力がないんだよねえ こいつは」 と不満を述べながらも。

「作用と反作用2」 2017/07/15

いや間違いなくあいつは 俺のことを憎んでいる・・・
他人の心の中が判るのか?  行動でそう判断するのか?
貴方から見れば 唯一の仇敵ではあっても
相手から見れば 貴方は多くの他人の中の一人に過ぎない
それを考えてみたことがあるか?

考えたことがない?  考えたくない?
考えたくないとしたらそれは 対象物の消失を嫌がるからだ
と アドラー先生なら言うかもしれない。

憎しみは自分を補強する いわばつっかい棒である
それがなくなれば 自身が倒壊するかもしれない
だから仇敵の消失を 素直には喜べない。

貴方はもしかすると ひょろ長い不安定なビルなのかもしれない
だから常に 支えを必要とする。  だったら
上階部分を取り払って 平屋に改築すればいいのだ
自身で立っていられるように。

ここで言う貴方とは 私自身のことである。

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