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「続・迷走する瞑想集120」 2018/08/23

「福島県から自主避難をして行った方が、戻ろうかどうしようか未だにしゅん巡してるとしたら
それは ”住み慣れたふるさと” と ”放射能の不安” を天秤にかけてのこと、ではないと思う」
「じゃあ、なんだと思うんだい?」
「”住み慣れたふるさと” と  ”生活に便利な都会” とを、秤にかけているんだと思う。  ただ
それを言うのははばかれるから、”放射能の不安がまだ・・” と言わざるを得ない」
「本音と建て前ってことか?  じゃあ今まで、建前でお互いに議論していたって言うのか?」


「だって考えてもみたまえ。  子どもや老人と一緒に避難した先が、各種施設や交通機関に恵まれていたら
”こっちの方がいいや” となるだろう。  子どもの通う学校も、老人の介護施設も近くにふんだんにあれば
”なんでまた、不便な生活に戻らなけりゃいけないんだ” と考えるのは当然のことだ」
「そんなら住民票を、さっさと移せばいいだけじゃないか。  何でその事を、言わないんだ?」
「それでは、故郷に後足で泥をかけたことになる。  つまり、故郷を二度と訪れることはできない」


「だから永遠に、迷っているふりをしなくちゃならないのか。  自分たちは新しい土地のほうが
はるかにいいと、思っているにもかかわらず・・。  そんなの不幸だろう」
「だから、避難した時点では確かに ”これはヤバいんじゃないか?” と慌てただろうが、もはや
7年間も県内に住み続けている人だっていたんだ。  自分の放射能の恐怖が過剰だったことは、薄々
気がついているはずだ。  本当ならそこで、頭を掻き掻き戻っ来てもおかしくはない」


「しかし戻らない。  そのうえ、”放射能の恐怖” がなくなってはいないから・・と言い張る」
「初めは情報が錯綜していて、どれが本当だかが分からなかった。  だから慌てたのは無理もない。
しかし、いま現在においても戻ろうとしないのは、別の理由があるから・・と勘ぐらざるを得ない」


「それが ”生活の便利さ” だったと、お前は言うのだな」
「そうだ。  しかし解せないのは、確かに強制避難を食らった地域は、大都会よりは不便なのは分かる。
しかし郡山からも ”自主避難” した人はいる。  そういった人たちは、みな戻ってきたのだろうか?」
「郡山よりはるかに便利な都会なら、いくらでもあると思うが・・。  特に、公共交通機関などにおいて」
「確かに郡山は車が運転できなくなったら、不便なバスしかなくなる。  先を考えれば不安だろう」


「普段の買い物に、バスは使えない。  残るは徒歩か自転車だけだ。  歩行が困難になった時を考えると
ある意味恐怖だろう。  放射能どころの話ではない」
「だから、本心では戻る気はない・・。  しかしそれを言うのは、裏切り者になるような気がして・・・」
「だから、”放射能の恐怖” には、いつまでもあって貰わなければならない」
「はた迷惑な話だが、”こっちに決ーめた” って言えないところが、なにか不憫だな」


「自分の都合のために、県内に住んでいる人たちに嫌な思いをさせている・・これに気付いて欲しいね」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「”いやー、ごめんごめん。  僕って気まぐれなんだ” って言っちまえばよい」
「それ、確かモリアティが言った言葉じゃ?」


「もと郡山市民が、今更善人ぶってみてもしようがないだろ」

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