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「迷走する瞑想集785」 2017/08/09

今朝、新聞の投稿欄 『みんなのひろば』 に、11歳の小学生の投書が載った。
題は 「人件費削減にはセルフレジ賛成」 である。  小学生もいろいろ考えているのである。
さて、それを読んで準老人からの返答。  どうせ投書しても載りはしないから、ここに書く。


論点は二つ、「人件費削減」 と 「レジ待ちの時間の問題」 である。
まず 「レジ待ちの時間の問題」 からいってみよう。  確かに、少ない買い物でレジに並ぶのは
時間の無駄遣いである。  セルフレジを通り抜けた方が、早いように思える。  実際、若い人は
待ちきれずに、セルフレジの方に行く場合が多い。


しかし、単純にレジのスピードを比べると、店員さんの方がはるかに手際が良い。
私でも、一度か二度はセルフレジにダメ出しされる。  それでも今はセルフレジに行く人が限られているから
流れが良いように見えるが、同じ混み具合で比較したら、断然店員さんのレジの方が流れがスムーズなはずだ。
だからセルフレジは、一概に 「レジ待ちの時間の短縮」 になるとは言えない。  混雑時には
レジの店員を増やす方がはるかに合理的だと思う。


しかしそうなると、もう一つの論点の 「人件費削減」 に逆行する。
「人件費削減」 の目的は、商品価格の低下を狙っての発言だろう。  使う人が少なければ人件費が浮き
結果的に価格を安く設定できる。  これは経済学を知らなくても分かる。  しかし視野を広くしてみると
削減されたレジ係の店員さんはどうなるのだろう?  収入の当てが途絶えるのも、また事実だ。


レジ係の店員さんのほとんどは、その地域から出勤しているはずだ。  図らずも、彼女らの収入途絶に
手を貸してしまうことにならないか?  販売店側は大いに喜ぶだろうが。  それでもストレートに
販売価格が安くなる保証はない。  それは店側の判断だから。  ここが教科書とは違う。


客がより安い物を求めて移動したがために、地方都市では家の周りの個人商店が軒並み廃業となった。
それでも自動車を使える人ならば困りはしないだろう。  問題は、取り残された老人の場合である。
彼らは、徒歩か自転車か交通機関を使ってしか買い物に行けない。  家の周りに商店がない・・・と嘆いても
あとの祭りである。  自分たちが、個人商店を捨てたのだから。


だから少なくとも私は、多少高いとしても歩いて行ける店を利用し続けている。  どうしても遠くの店にしか
品物がない場合は、迷わず車を出すが。  これは将来の、保険料の振り込みである、と割り切って。
この視点が、残念ながら小学生にはない。  無理からぬことだが。


「人件費削減」 が店側を喜ばせはしても、そこに働く地域からのレジ係の何人かが失職するとしたら
それでも貴方は 「セルフレジは安上がりだ」 と言い切れるだろうか?  自分には関係ないか?
もちろん、セルフレジをレジ係と併設するのは一向に構わない。  急いでいるお客は、そちらに行けばよい。
後ろに並ばれてイライラしているお客ほど、不快なものはない。  老人ほど、先を急がないものだ。

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