« 「迷走する瞑想集781」 2017/08/05 | トップページ | 「迷走する瞑想集783」 2017/08/08 »

「迷走する瞑想集782」 2017/08/05

水が豊富である間は、水利権関係者同士の争いは起きない。  問題は、干ばつにより超渇水状態になった時
である。  水瓶あるいは河川の水そのものが少なくなってきた時、誰の取水量をまず制限するか・・・これが
重要になってくる。  工業用水や農業用水はもちろんのこと、上水道の取水(つまり飲み水)の制限が始まる。
しかしこれは、河川管理者(国土交通省)がエイヤッと裁定はできない。  権利者同士の合意の上である。


ここで発電用の水利権は、最後まで保護されるはずだ。  取水量を半分に減らす、なんてことはできない。
水力発電には常に一定の水量が必要だから。  しかし水力発電所といえども、水がカラになればアウトである。
発電機は回らず、電気は起こせない。  風力や太陽光発電と同じく、水力発電もやはり 「気象頼み」なのだ。
それが頻繁に起こらないだけのことで、原子力発電のように一度燃料を入れれば一年間ぐらいは黙って
発電し続けてくれるものとは違うということを忘れている。  もちろん取り扱いは慎重を要するが・・・。


石炭火力発電が煤煙の問題で、水力発電が適地の問題で、頭打ちなのはご承知の通りである。
しかも電力の需要は、産業の発展のため減ることはなかった。  電力は供給不足により「停電」となった場合
現在は、一時的に照明が消える程度の被害では収まらないことが問題なのだ。  多くの精密機器が
電気によって作動している。  突然の停電などは問題外なのだ。  だからして、水力発電所も優遇される。


コンピュータなどの最先端機器が、「お天気頼み」 の発電で動いているとは考えたくないであろう。 だから
大きな工場などは、自前の発電設備を用意している。  工作機械を突然ストップさせたくはないだろうから。
「安上がりだから」 だけが、設置の理由ではないと思う。  維持管理に要する負担は、容易ではないはずだ。
各電力会社が、複数箇所の発電所と二、三種類の発電方法を併用しているのは、突然の停電を防止するためも
あるのではないか?  安上がりだけなら、一カ所の超巨大発電所から一系統の送電線で送るのが一番だ。


停電の経験が全くなくなった今は、停電を回避するのに 「需要を抑制」 すれば事足りると考えるが
供給側の突然の事故(原発以外でも事故は起きる)、あるいは発電不能(無風、日照不足、日照り)により
供給不足に陥った場合も、電力不足により停電は起きうる。  その点も考慮して、発電方法は選択しなければ
ならない。  たんに好き嫌いの問題ではないと思う。  なくても絶対に停電の危険性がない・・と言うなら
廃止しても一向に構わないが。

« 「迷走する瞑想集781」 2017/08/05 | トップページ | 「迷走する瞑想集783」 2017/08/08 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2193577/71343235

この記事へのトラックバック一覧です: 「迷走する瞑想集782」 2017/08/05:

« 「迷走する瞑想集781」 2017/08/05 | トップページ | 「迷走する瞑想集783」 2017/08/08 »