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2017年6月

「迷走する瞑想集741」 2017/06/26

腕時計というものは、普段は袖の中にある。  実際、時刻を確認するに要する時間はせいぜい
一日で合計一分にも満たないだろう。  そして腕から外せば、置きっぱなしで時刻など確認はしない。
しかし無用の時にも時計は動き続けているから、電池は消耗し続ける。  ならば


袖の中と外した時には時計を止めて、電池の消耗を遅らせるのはいい方法だろう・・・が
アナログ表示の腕時計でやっているものを見たことがない。  掛け時計なら、暗闇で停止するものはある。
では、デジタル腕時計なら可能か?  可能である、液晶表示を止めてしまえばよいのだから。


袖で隠れたかどうかを判断するのは難しかろうが、タイマーで表示を消すことならできる。
私のデジタル腕時計は、一段階で時刻以外の表示をやめ、二段階で全表示をやめる。
これは、ストップウォッチやアラーム・タイマーなどの機能より、はるかに重宝している(私は)。


「なにも、見ない時だろうが表示していて構わんだろう」 しかし、不要な時にも機能が働いているというのは
はなはだ気分が良くない。  テレビの電源は、就寝時はリモコンではなく、テレビ側のスイッチで消すべきだ。
待機電源ランプの赤く点きっぱなしが許せない。  節電思考はあくまで二の次であっても・・・それがために
一年中スイッチを切ることができない冷蔵庫は、悩ましい存在である。


さて、自分のデジタル腕時計の自慢をしたが、話はそこで終わらない。
デジタル腕時計にはボタンが四つある。  そいつが知らぬ間に押されて、表示がラップ・タイムとかに
変わっているときが、一回の外出で最低一回はある。  この悩みは、デジタル・カメラと同様である。
デジタル・カメラには、「誤操作防止(ホールド)ボタン」 が付いているのがあるが、腕時計にはない。


左右どちらの腕にはめるか分からないから、片側に寄せることができないのだろう。
ボタンを一つ押せば復帰するのだが、はっきりいってよけいな手間である。  他の点では驚くほど軽いし
申し分ないのだが。  「そういうことはお前、お買い物のレビュー欄に投稿しろよ」 いや声を荒げて
言うほどのことではないかと・・・値段も安かったし。  ただ何か、話題がないかなと見回しただけで。


さて突然ですが本題に入ります。  「なんだ今までのはマクラかよ」・・・序曲と言ってほしい。
あるいは、前奏曲とか・・・。  「要するに、本題を思案中だっただけだろ。  あるいは突然
気が変わったとか・・」  推測は自由だが、答えは私の頭の中にある。  私以外、閲覧不可。


ボタンがいっぱいあれば、設定を変えるとき楽である。  ただし、すべてのボタンの用途を憶えているならば。
ボタンを少なくして画面上で設定を切り替える方式。  これなら誤操作の危険性は少なくなる。
過去のキャノンT‐90のように、開閉扉の中にボタンがあれば完璧だ。  画面上で設定を切り替える方式が
厄介なのは、撮影中に切り替えたいときである。  ボタンを何回も押さねばならない。


私の場合は、撮影の前に予測で設定を行い、撮影中はシャッター以外は触らない主義なので
T‐90方式が望ましいのだが、そんなデジタル・カメラは見当たらない。  それで 「ホールドボタン」が
必要になる。  あまりの多機能が生んだ副作用である。  一台のカメラにすべてを盛り込むから、しかも
即座に切り替えたいから、カメラはボタンのハリネズミになる。


おそらくT‐90方式のデジタル・カメラを作るのは簡単だろう。  しかしその良さを、すべての利用者が
理解するかどうかは別である。  せいぜい十枚か二十枚ぐらいしか、一回の撮影で撮らないカメラマンには
この方式のありがたみは理解されまい。  初心者なら、ボタンが多い方が凄みを感じるだろうし・・・。
で、その折衷案が 「ホールドボタン」 なのである。  それでも、やっと付け始まっただけだが。


何を撮るか分からずに撮影に行くカメラマンには、「ホールドボタン」 はかえってない方がいい。
オンになってると、いざという時カメラが反応しないから。  「余計なものを付けやがって」 が落ちだろう。
誤操作を防ぐためにボタンを押しづらくすれば、「操作しにくい」 と言われるのは目に見えているし。
テープレコーダーからビデオカメラの機能まである最近のデジタル・カメラは、「カメラ」 としては過剰だ。


だからフィルム・カメラが、未だに絶滅しないのだ。  あれだけ冷遇されていても・・・・。

「迷走する瞑想集740」 2017/06/25

ドラマ・シャーロックの 『ピンク色の研究』 と、ドイルの原作 『緋色の研究』 を比べてみると
いろいろな反転があって面白い。  ここでは 「RACHE」 の文字その他について考えてみよう。


① 一方は被害者が今際の際に書いたもの。  もう一方は、明らかに殺害者が書いたもの。
② 「RACHE」 の表わす意味が、片方は 「レーチェル」 と書くつもりだったと言い
  もう片方では、「それはドイツ語の復讐の意味だ」 と断言している。
③ 殺害者が一方ではタクシー運転手なのに対して、原作は辻馬車の御者となっている。
④ 毒薬を選ばせて殺すのは同じだが、片方は無差別殺人であり、もう一方は復讐のためである。


少しずつ変えながら、新たな推理ドラマを作っている。  しかもこれは、相当のマニアが脚本を書いている。
原作をすでに読んでいた者なら、ニヤニヤしながら見ていたはずだ。  しかしこういうのも
パロディーに含まれるのだろうか?  シャーロック・ホームズの探偵談は、原作者がいなくなっても
あちこちで書かれている。  原作者に対する礼儀として、どこかしら変えるようだが。


同じことは 「007」 にもいえる。  原作が尽きても映画が作られ、俳優も次々に変わっていく。
それでもジェームス・ボンドは、やはりボンドなのだ。  先頃、何代目かのボンド役の俳優が亡くなったが
依然として映画は作られ続けられるようだ。  ファンがいて儲かるから・・・なのだろうが、ファンも
なんというか鷹揚である。  日本でも、金田一耕助や明智小五郎の最新作を出せばいいのに・・・・。


著作権か何かの関係で、誰でもが書くわけにいかないのだろうか?  その点、イアン・フレミングや
コナン・ドイルは囲い込みをしなかった・・・ということだろうか?  なんでもシャーロック・ホームズ物は
その内容を審査する団体があると聞いたが、審査基準は前もって公開されているのだろうか?


類似商品が生まれるのを激しく規制する場合がある一方で、裾野が広がるのを歓迎するメーカーもある。
パソコンはほぼ勝負がついたが、まだとどめは刺せていない。  しかしビデオ・テープは
完全に勝負がついた。  そのビデオ・テープさえ、消え去ろうとしている。  世界標準を狙うなら
技術の出し惜しみは結局は製品の寿命を早めるだけだから、特許でがんじがらめにするのも考えものだ。


確かに、IBMはパソコンの製造を売り渡さざるを得なかったが、その規格は今も生きている。
今これを書いているパソコンも、元をたどればIBM規格なのだ。  性能こそ格段に良くなってはいるが。
同じような鷹揚さが、シャーロック・ホームズを未だに生きながらえさせているといえないだろうか?
原作者はどちらかというと、シャーロック・ホームズにあまり愛着を抱いていなかった、ようだが・・・・。

「迷走する瞑想集739」 2017/06/24

最近は物騒な世の中のせいか、他人に心を開かないのが流行だそうである。  防御は、誰にとっても必要だ。
しかし、周りの人すべてに心を閉ざしてしまうと、周りの方でも何を考えているか分からず、結果的に
アクセス数が極端に少なくなる。  よく会津人が無口だと言われるが、あれは相手の判断の基準が分からない
場合の対処法であって、「こいつは、こうゆー考えなのか」 と分かってしまえば、会津人もけっこうお喋りだ。


話題が極端に少ないせいか、過去の記憶が鮮明に残されている・・・これにも驚くはずだ。  これ以上は
口を慎む・・・会津には、まだ知っている人が大勢いるから、どこかで絡まれると嫌だ。  会津人の酒飲みは
「アッサリ」 とは終わらない。  さて話題を替えて、私が高校生の時興味を持った人物が一人だけいた。
それは吉川英治の 「三国志」 の中に出てくる。


「臥龍(がりょう)」 と呼ばれた諸葛孔明は有名だが、同じ軍師に 「鳳雛(ほうすう)」 と呼ばれた
ほう統(ほうとう) がいたことが書かれている。  スターの要素がある諸葛孔明に対して、ほう統は
風采はパッとしなかったようだ。  ただそれは外見上のこと。  頭とハートは、立派に臥龍に並び立つ。
分かりやすく言えば、シャーロックとマイクロフトの関係だと思ってもらえば近いだろう。


で、最後は 「落鳳坡」 という所で討ち死にするのだが、あまりにも光が当たらないが故に
この 「ほう統」 はかえって私の印象に残った。  「へそ曲がり」 と言いたくば言え。
それから後かなりの間、彼の生き様は私の 「鋳型」 になっていたことは事実だ。
「関羽じゃないのか?」 もちろん尊敬はするが、彼のような超人的体力とは縁がなかったもので・・・・。


ほう統は、あまりに優秀であったがために、かえって楽すぎる仕事はサボタージュした、と書かれていた。
そこだけは真似をしないよう注意した。  「じゃお前は、あまりに優秀だったと言うのか?」 いや
そう厳密に考えずに読んでもらいたい。  ピッタリと一致させるのは、誰であれ不可能なのだから・・。
全三巻にもなる大著を読み通したのは、高校時代が最後だった気がする。  以後は文庫本に移っていった。


やはり、夏休みと冬休みがないのが原因だろうか?  「大学時代にも、ちゃんとあったはずだが・・・」
四畳半の下宿では、読んだ本を置くスペースが限られてしまう。  だから、小さい文庫本に替えたのだ・・・
この理由でどうだろう?  「なにか場当たり的な匂いがする。 要するに、金がなかったんだろう?」 鋭い。
私が行った所は物価は安いがその反面、アルバイトの口が皆無だった。  パチンコ屋も近くにはない。


今後、学生になる諸君はこの点をよく検討されたし。  付け加えれば私の所は、勉学にいそしむには
なんといっても最高だった・・・まるで島流しのようで。  あれで休みごとに家に帰ってきてなかったら
浦島太郎になっていたのは確実だ(言い過ぎとは思っていない)。

「迷走する瞑想集738」 2017/06/24

今後どのような人間になっていきたいか、と問われたら(誰も問わないが)
笠智衆(りゅう ちしゅう)のようになれたらいいなあ、と答えることにしている。  しかし
まだ機会はない。  彼は、言わずと知れた、映画 『男はつらいよ』 の御前様である。


あのように深刻な顔をせず、為すがままに生きていられたら(といっても寅さんは怒られていたが)
最高だと思う今日この頃である。  それでなくても、私のように人混みで写真を撮るのが好きな人種には
「老け役」 はまことに都合が良い。  被写体に警戒されないから。


それで、かなり前から髪を染めるのをやめたし、歩行するときも後ろに手を組む機会が多い。
立ち上がるときは、意識してサッと背筋を伸ばさない。  まことに都合のいいことに、私は腰痛持ちだ。
出店をブラブラのぞきながら大判焼きを買って、しばらくしてからカメラを取り出す・・・完璧な演技だ。
男優助演賞を受賞されてもいいぐらいだ。


ところで笠智衆は、何か標準語ではないなと思っていたら、熊本出身だそうである。
しかも熊本訛りを逆手にとって、自分の俳優像にしてしまった。  取れないものを無理に直すよりは・・・と
いうことだろう。  これも私の戦術に合致する。


体の変化を表に出さないことに傾注するのは、悪いことではない。  しかし、あえてそれを強調するのも
社交術のひとつだと考えてはいかがか?  隠し事をしていると、どうしても表情が暗くなる気がする。
内ポケットに大枚を入れた財布を入れていたりすると、どうしても胸襟を開けない・・・あれに似ている。


人は誰でも 「仮面」 を被っている。  これは他人との関係上、必要なことだ。  会社内での仮面
同僚との飲み会での仮面、夫としての仮面、親としての仮面、そして一人でいるときも仮面を着用している。
貴方が 「自分だと思っている仮面」 を外し忘れている。  それらの仮面の造作は、周りからの無言の
要請で決められている・・・残念ながら。  だから時々、息苦しくなる。


一つぐらい自分でデザインした 「マイ仮面」 を所持していてもいいのではないだろうか?
なにも洋服だけが、他人に自分を主張するアイテムではない。  ちなみに私は
若いときに、その模範となる 「鋳型」 を持たなかった。  だからなんとなく、フワフワしていた・・・・。

「迷走する瞑想集737」 2017/06/23

プロ棋士にも不敗だった将棋ソフトを、パソコン用に売り出したら爆発的ヒットになるだろうか?
物珍しさで買うのはいるかもしれない。  将棋の勉強用に買うのもいるかもしれない。  しかし
初めのうちこそ粘れても、やがて癖を覚えられて一勝もできなくなる。  つまり、絶対に勝てなくなる。


アマチュアの将棋愛好家は、自分より弱い相手と指すのを無意識に好む。  10回対戦して1回しか勝たない
そんな相手と楽しみで将棋を指すだろうか?  あまりに能力に差がある場合人間なら、手加減をすることも
考えられようが、最強将棋ソフトは機械である。  情け容赦もないに違いない。  おそらく起動アイコンを
クリックすることさえ最後にはしなくなる・・・と思われる。  だから、製品寿命も短くなる恐れがある。


それなら、中級の将棋ソフトなら売れるのか?  「貴方には、ちょうど良い相手ですよ」 の売り込みで。
これもおそらく売れないだろう。  自分の相手が、中級クラスの能力までしかないと分かっていて、あえて
その製品を買うとは思えない。  頭の中では自分は、無限大に強くなるはずだ・・・と思っているから。
あえて手を出すなら、最強のソフトを選ぶはずだ。  しかし、おそらく


人間は、「うっかり」 の介入する人間相手に将棋を指している方が、いちばんスリルがあるのだ。
神のごとく絶対に負けない指し手には、プロ棋士ならなりたいと願うだろうが、アマチュア愛好家にとって
そんな姿になったら、相手の方で敬遠するのはほぼ間違いない。  つまり、将棋が指せなくなる。
だって、やる前から勝敗がはっきりしているのだから。  結局、別の趣味を探すしかなくなるだろう。


将棋ソフトでさえその相手に叶わなくなった暁には、ソフトとも指せなくなる。  これはミダス王の悲しみだ。
触るものすべてが金に変わるのはいいが、食物を口にすることさえ叶わなくなってしまった・・・。
この裏返しが、最強将棋ソフトの運命である。  予言しよう。  最強将棋ソフトが売り出された後は
将棋ソフトの運命そのものが潰える。  最強も、そうでないのも。  将棋とは、最強の手を探り出すよりは
人間相手のゲームなのだから、そこら辺を分からないと商売としてはやっていけない。


機械には 「うっかり」 を演出することができない。  だから、人間相手の臨機応変さを学習するには
役不足なのだ。  将棋は一人で指すものではないから、パズルを解くのとは勝手が違う。
最強ソフトは別の最強ソフトと、対戦させておけば良い。

「迷走する瞑想集736」 2017/06/23

映画 『八十日間世界一周』 は原作に忠実に作られた。  なぜ主人公は英国人なのだろう?
なぜロンドンから出発し、ロンドンがゴールだったのだろう?  作者のジュール・ヴェルヌは
フランス人である。  最も英国に対抗意識を抱いていたはずの・・・・。  やはり
「日の沈まない帝国」 が、舞台として必要不可欠だったのか?


この映画はアメリカ製作である。  鼻息の荒いアメリカ人なら、主人公をアメリカ発に替えることぐらい
朝飯前だろう。  原作のフランス国に敬意を表したのか?  英国は虫が好かなかったにも関わらず。
それは考えられる。  主人公のフォッグ氏の描き方が、皮肉に満ちている。  時間とカードに熱中し
人間関係に無頓着な資産家は、アメリカ人の見る英国人の典型なのではないか?


もう一人の英国人フィックス刑事も、規則には厳格である。  令状が届かない限り、主人公を引っ張れない。
だから延々とフォッグ氏を追いかける。  その執念たるや、レ・ミゼラブルのジャベール警部に匹敵する。
たぶんベルヌは、彼を念頭に置いている。  最後は自殺などせず、アッケラカンとしたものだったが・・・。
『レ・ミゼラブル』 の作者ヴィクトル・ユーゴーも、フランス人だ。  これは偶然だろうか?


フォッグ氏がアウダ姫を助けたのは、彼女がイギリス留学をしていたからというのも、現代から見れば
人道援助の精神に反している。  では、彼女がコテコテのインド人だったら、見過ごしていたというのか?
ここら辺にも、英国人の傲慢さを皮肉った点が垣間見えないだろうか?  フランス人やアメリカ人なら
美女なら迷わず助けにいくところだ。  「じゃあ、平凡だったら丸焼きか?」 う~む難しいところだ。


大陸横断鉄道で橋が落ちそうな場面で、酒をあおらせ 「一気に行け!」 と機関士を鼓舞するシーンがある。
あそこで飲まれるのはバーボン・ウィスキーなはずだ。  そうでなければならない。
スコッチ・ウィスキーやアイリッシュ・ウィスイキーであってはならない。  これはこだわりの問題だ。
マレーネ・ディートリッヒのホステスがフォッグ氏に、「人生は急ぐと損をするわよ」 と言う。  これは


この映画の肝だ。  人生も世界一周も、焦ってはいけない・・・と言ってるような気がする。
それを、アメリカが舞台の時に言わせたのだ。  いまやいちばん落ち着きのないように見えるアメリカ人に。
この映画は、やはり英国人を皮肉っている・・・としか思えない。  パスパトゥーはまだ、まともな方だ。
女の尻を追いかけてばかりいても、失敗を重ねても、忠実さは変わらないのだから。


旅行の最初で、気球がスペインに流される場面がある。  なぜドイツやオーストリア方面ではなかったのか?
風はたいてい西から東へ吹く。  流される方向が逆である。  リンドバーグも西から東へ飛んだ。
大西洋横断ならどちら方向でもいいはずなのに。  それに、ゴールをアメリカにした方が盛り上がるはずだ。
たぶん、燃料の節約ではなかったのか?  それともベルヌは、ゲルマン人が嫌いだったのか?


謎は深まるばかりだ。

「迷走する瞑想集735」 2017/06/22

「この国の列車はダメだな」 映画 『80日間世界一周』 の一場面である。
アメリカ大陸横断鉄道に乗った主人公フォッグ氏がつぶやく。  氏の国は時間にうるさい英国である。
しかも英国は鉄道発祥の国である。  だから距離にすれば何十倍もある鉄道に乗ったのに、こううそぶける。


この映画は、発想の転換が見所である。  まともに旅行していたのでは、80日間で戻ってはこれない。
いろいろな突発事故が起きるから。  また異国の習慣の違いを乗り越えるのも、また一苦労だ。
アメリカで選挙活動に遭遇したときフォッグ氏が言った、「私は外国人だ。 誰が勝とうと興味はない」。


これは内政不干渉の原則に合致している。  国際人としては当然の発言だ。  必ずしも
「賭に負けるかもしれないから、それどころではない」 のではないはずだ。(そう信じたい)
しかしパスパトゥがスー族に捕まり、汽車は行ってしまう。  その後の機転が、また素晴らしい。


英国行きの船にも遅れ、チャーター船で時間を追いかける。  燃料が尽きたとき、最後の機転が炸裂した。
「単刀直入に聞こう、いくらなら船を売る?」 と聞くのである。  あげく推進機関以外すべて燃やし尽くし
無事英国にたどり着く。  しかし期限は過ぎていた。  日付変更線はオマケのようなものだ。


長い映画だが、見応えは未だにある。  フォッグ氏のあくまで時間にこだわる姿勢には、全面賛成だ。
人間何か一つには拘らないと、生きている価値がない・・・と私は思う。  そういう意味で 「時間」 は
失った量を返還することは不可能なのだ。  他人に対しても、そして私に対しても。


これはアメリカ映画だが、英国人をよく観察していると思う。  皮肉とも取れないことはないが・・・・。
かつて戦った国だから、だろうか?  一方で、アメリカ人の描写もまた、皮肉に満ちている。
いったい誰が脚本を書いたのかと思ったら、原作はフランスのジュール・ヴェルヌだった。


結局フォッグ氏は賭に勝って財産は元通りだが、新たに得たものはアウダ姫だけだった。
これはそういう意味では、まさにアメリカ映画だ。  英国映画だったら最後は・・・・・。

「迷走する瞑想集734」 2017/06/22

いま私は、ATOKの 「NHK漢字表記辞書」 に 「今は、そんな難しい漢字は使いません」 と
調教されている最中である。  今までは自分が書くわけじゃないし、多少難しい漢字も気にしなかったが
いちいちダメ出しをされて、「じゃあ、平仮名をもっと使おうか」 と軌道修正しつつあるところなのだ。


文章の書き始めが 「詩形式」 の圧縮した文だったから、短い中に言葉を押し込めようとすれば
自然と漢字が多くなる。  次に長い間書かされたのが 「公文書」 だったから、漢字が減るわけがない。
要するに今までの文の記述に、読む人の視点がスッポリ抜けていたのだ。  自分が良ければ、良い。


だから今後は、徐々に平仮名の割合が増えていくと思う。  間の抜けた文章、と思わなくなるまでは。
さすがに文で生計を立てている人の文章は、読んで実になめらかだ。  次に来る文字が
読んでいて推測できるほどに。  だから目が、前後に往復しない。  哲学書の訳文と全然違う。


哲学書はあまりに分かりやすく翻訳してしまうと、著者に気がとがめるのだろうか?
それとも、内容把握に自信がないから、翻訳の翻訳が困難なのだろうか?
「翻訳書は、解説書ではない」 と言われればそれまでだが、では 「海潮音」 や 「月下の一群」 は
どうなのかな?


と、一渡り愚痴を述べたところで本題に入る。(おまえ、マクラが長いよ)
落語に 「小言幸兵衛」 という演目がある。  私は三遊亭圓生の話が好きだが
あの妄想がエスカレートしてゆく様がこたえられない。  「私はまだ、越してきてはいませんので」 と
押しとどめる客に、「今更娘を傷物にして、どうしてくれるんだ」 と幸兵衛のボルテージは上がる一方。


完全に幸兵衛は、妄想の世界に入ってしまっている。  「お前んところに、鮫鞘はあるか?」 との質問に
客は 「サーベルならあります」 と真面目にこたえる。  そこで妄想から覚めればいいものを
「仕方がない。 サーベルを挿して・・・」 と妄想はさらに続く。  いかな現実を示されようとも
妄想から逃れられない・・・滑稽だ。  圓生が、しまいには幸兵衛そのものに見えてくる。


昔はあんな頑固じいさんが、どこの町内にも一人か二人はいたものだ。
子供は怒られると怖いので、挨拶はちゃんとする・・・つまり社会的約束事を守り始めるきっかけだ。
私はほかに、春風亭柳橋の 「時そば」 と、三遊亭金馬の 「居酒屋」 が聞き飽きない。


柳橋の 「時そば」 を聞くと、熱いそばが食いたくなるし、金馬の 「居酒屋」 なら冷やの日本酒を
キューッとやりたくなる。  「それって、正当な評価なのか?」 ソバ屋組合と居酒屋共同組合の宣伝・・・
でもいいじゃないか。  柳家小さんだって 「うどんや」 で、うどんの宣伝をしているし。

「迷走する瞑想集733」 2017/06/22

いくつかの行動をつなげて一連の作業体系ができてしまえば、し忘れを防ぐことができる。
例えば朝の薬を飲む行動は、流しにご飯茶碗を持って行った後に必ず行なうから、飲み忘れは防げる。
ただしこれは、一連の作業がつつがなく行なえるときだけである。  突発的に違う作業が挟まったりすると
頭の中の作業体系が崩れ、何か作業のし忘れがほぼ必ず発生する。


例えば、朝早く外出しなければならないとき、薬を飲み忘れるとか・・・。  こういうことは
しばらくたってから気がつく。  だから私は予定にない行動をされることは、良いことであっても歓迎しない。
事前に予定に組み込まれていれば、どんな訪問者に対してもドアは開ける。  いや、アポなし訪問者は
閉め出すとか、そういうことではない。


それを踏まえて本題に入る。
床屋で予約が可能なところは割と普通にある。  そして、店で待っている客よりも予約者を優先する、これも
当然なことだ。  予約とは、約束なのだから。  私とて、無理に列に割り込むのは大嫌いだから
順番を守ることに不服を唱えるつもりはない。  先に待ってる客が一人二人いようと、時間があれば待つ。


しかし、前の客が終わりそうになったとき次の予約客が現われ 「すみません、この人が予約してましたので」
と言われたら、貴方ならどうする?  私の場合は、「この次の予約もあるんですか?」 と思わず聞いた。
目の前に透明な待ち人が、何人もいたのではたまらないから。  結局、散髪をせずに帰ってきたが・・・。
「なんとこらえ性のない・・」 確かに短気なところがあるのは否定しない。  しかしそうであれば


店に入ったときに、そう断わりをすべきだったのだ。  確かに予約者とはいえ、確実に店に来るまでは
お客とは呼べない。  もしそれで来店している客が帰り、予約者も来なかったら最悪だ・・・そう
判断したのかもしれない。  店主の判断としては頷けないこともない、あくまで店主としてはだが。
散髪をやめた私は、別の床屋を探して回った。  ある床屋には 「予約者を優先します」 と下げ札に
堂々と書いてあった。  これはこれで公明正大で好きだ・・・が、私は入らなかった。


次の床屋では 「うちでは予約は受け付けません」 とはっきり言われた。  これも潔い。  つまり
「店に入った順番で、髪を刈ります」 と言ってるに等しい。  私はそこで髪を刈ってもらった。
曖昧で中途半端が、結果的にいちばん悪い・・・との教訓を得た一日だった。(←非妥協的なオヤジめ!)
「完全予約制」 か 「予約お断わり」 のどちらかに、徹底すべきなのだ・・・床屋では無理だろうが。


しかし今は、床屋のくせして 「ヘアーサロン」 なんだわなあ。
はじめ私は、パーマ屋と間違ったぞ。(←化石的オヤジめ!)

「迷走する瞑想集732」 2017/06/21

古い歌になるが、安達明の歌った 「女学生」(作詞:北村公一 作曲:越部信義) の中に
♪赤いカバーのラケットを そっと小脇に抱えてた・・・そのラケットが、よもや
卓球のシェークハンド・ラケットや、バドミントン・ラケットだと考える者はいないはずだ。
それでは、楚々とした女学生のイメージにそぐわない。  いや、卓球やバドミントンがいけないと
いうわけではないので、くれぐれも誤解なきよう。  これはそもそもが、現代の女学生を歌った歌ではない。


やはり、当然テニスのラケットだろう。  しかしテニスにも二種類あるから、軟式と硬式のどちらか?
ラケットの形は、両方で微妙に違う。  では軟式テニスとしてみた場合、どうなるか?
軟式はボールが柔らかいが、その分ボールをひっぱたくイメージがある。  なんとなく攻撃的だ。
いやスポーツはみな攻撃的要素を持っているが、例えば卓球のカットマンなどはどうだろう?


とすれば、楚々とした女学生に似合うのは、硬式テニスの方だろう。  なにしろ美智子妃殿下までが
得意としたスポーツだから。  プレ-はどちらかというと、攻撃的だったとは言われているが・・・。
日本では、金持ちや政治家のゴルフよりも、ロイヤル・スポーツ的だと思われていた(たぶん)。
本当はスポーツに貴賤はないのだが、その当時のことだ許されよ。  しかし現代においては


テニスに、おとなしいイメージは完全に払拭されたから、カバーを掛けたブツを運んでいるとしたら
バイオリンの方がマッチしていると思う。  「バイオリンはケースだろうが」 それは厳密に言えば
そのとおりだが、ギターではなんとなく・・・・。  スポーツ用品では、弓道の弓という手もあるが
あの長い物を持って通学する様は、はたして歌になるだろうか?  日本的といえば日本的だが、それより


大体にして、「赤いカバー付き」 なんて見たこともない。  「ホッケーのスティックならあるかも・・」
女子高生が普通に持っているか?  探し出すのも大変だ。  「スケッチブックなんていいんじゃないか?」
スマホで即座に写真に撮れる時代にか?  それこそ 「過去の夢」 だろう。  しかし
女子テニス界で、優雅なイメージをぶち壊した主犯格は誰だろう?  唸りながらショットを打つあいつか?

「迷走する瞑想集731」 2017/06/21

『空の霊柩車』 にマイクロフトが、「弟よ、休暇は終わりだ」 と言う場面がある。
たった今まで拷問されていたのに、「それはねーだろう」 と思うのだが(シャーロックも思った)
マイクロフトの感情の発露に、重大な血栓があることがわかる場面だ。  とにかくこの兄弟同士は
お互いに素直ではない。  感情を見せるのをできるだけ控える英国人だ、と分かっていても・・・・。


それにしても、逃走の場面から拘束されている後ろ姿まで、『ランボー』 の主人公にそっくりだ。
あれは意識して制作しているのか?  シャーロックは、はたしてあんなに筋肉ムキムキだったろうか?
逆に考えれば、仕事が発生しなかったら助けには行かないということだ。  兄弟愛のかけらもない・・・。


「行っても、歓迎されないと思うぞ」 マイクロフトは、ワトソンの感情はちゃんと読めるのである。
それに対してシャーロックは、始終一緒にいたワトソンの感情を、見事に読み損ねている。
あげく 「感情? 分からない。 人間? 分からない」 に陥ってしまうのだ。
「二年間も、なぜ知らせてくれなかった?」 この一番のポイントを、シャーロックは見逃していた。


神のごとき観察眼を持っていながら、こうである。  シャーロックには、立証不可能な 「感情」 は
そもそも関心がないのだろう。  「緋色の研究」 をまた読み始めたが、シャーロックの得意分野は
かなり偏りがある、と作中でも述べられている。  深いものは極端に深いが、それ以外の分野はてんで無知だ。
「地動説も分かっていない」 と書かれている。  そういえばドラマでも、誰かが言ってたな・・・。


「天文学を知ってたとて、現実生活に何ほどの恩恵があるのか?」 が言い分である。
こういう点は現実主義者である・・・感心するほど。  ワトソンから見れば 「視野狭さく」 に過ぎないが。
ワトソンとシャーロックはお互いの専門分野以外を、内心で馬鹿にしていたから関係が続いたのだ。
音楽家と画家の友達同士は喧嘩をしない・・・の前に、友人関係が築けるかどうかが最重要課題だが・・・・。


ところで昨日、日本語変換をATOKに替えたのだが、相変わらずのお節介焼きだ。
むかし一度使ったことがあるのだが、あまりのうるささにMSーIMEに戻した経験がある。
まず、推測変換は切ってある。  先回りして 「こう書きたいんでしょう?」 は、ある意味馬鹿にしている。
せっかくマンネリにならないように頭を痛めているのに・・・・。  しかし逆に、連想変換は重宝している。


これは類語辞典を飲み込んでいるようなものだ。  あと、同音異義語の使い分け説明もありがたい。
というか、これらを使いたいがために、長年使い慣れた変換ソフトを交換したのだ・・・操作感が変わっても。
日本語変換ソフトは、意識して使うべきものではない。  どちらかというと、空気のようなものだ。  そして
ATOKは、過去に私が書いた文章すべてに目を通し学習したようで、つまり 「癖」 を飲み込んでいる。


だから導入して二日目だが、もはや書き手にストレスはない。  文字候補のウィンドウが開くことさえない。
私は将棋や碁はやらないが、過去の対戦すべてを頭に入れて対戦されたら、さぞやりにくかろうと思う。
逆に 「使いよい」 ということは、私の文章がはや 「マンネリ」 になっている、ということでもある。
マシンの持つ軽蔑感がジワジワと漂ってくる・・・ってワープロにはない警戒感だ。

「迷走する瞑想集730」 2017/06/20

前に日本酒は、強制的な香りがして自宅では飲まないと書いた記憶がある。
飲み会でさんざん熱燗を飲ませられた反動である。  しかし最近、冷やの日本酒がうまい、とも書いた。
熱燗が冷えてしまったただの冷や酒とは違う、まるで別物のお酒なのだ・・・同じ日本酒なのに。


「値段の差かもしれない?」  確かにそれはあるだろう。  大勢で飲む酒と、独りで飲む酒とでは・・・。
しかし、1.8リットル入りや2リットル入りの紙パックでも結構うまいのだ。  しかも千円そこそこで
買えてしまう。  それは大吟醸とか、いくらでも値の張る日本酒はある。  品評会で金賞を取るのはみな
そのクラスの酒だ。  しかし自分で無理して買っても、チビチビとしか飲めない。  もっと飲みたいのに。


これは、お財布にも精神衛生上にもよくない。  日本酒の最大の消費者は、酒飲みたちである。
昔のご進物用の高級洋酒のような飲み方を強制されたら、ストレスが溜まるばかりではないか。
酒を飲んでストレスが溜まるのでは、まさに本末転倒である。  「じゃ、やめたらいいじゃないか」
またそういう極論を言う・・・。  せっかく豊富な種類があるのだから、安い酒を探す楽しみだって・・・。


それで最近気づいたのだが、私のアパートに近い酒の販売店はあまたあるが、どこでも同じ酒を
置いているとは限らないのだ。  たとえば 『奥の松』 の2リットル紙パック入りは
1店しかなかった。  また 『ほまれ』 の2リットル紙パック入りは、これまた1店しか置いてなかった。
つまり 「あの酒が気に入った」 となった場合、店を覚えておかねばならないから油断できない。


店を忘れると、また一軒ずつ探し回らなくてはならない。  醸造元も、すべての店に置けるほどは
生産していないということだろう。  だから、購買層を見て製品を配置している。
どこでも間違いなくあるのは、灘や伏見の酒の紙パック入りだ。  さすがに生産量が桁違いなのだろう。
「日本酒で儲ける」 とは、このような事をいうのだ。  少量生産の高級酒だけでは、到底太刀打ちできない。


贈答用の豪華瓶入りなどは、酒飲みにはどうでもいいことである。  どうせ飲み終われば、紙パックが
一番手間がかからないのだから。  福島県の酒造家は、「名を捨てて実を取る」 の前の
「名」 を得ようとしている段階なのではないか?  もし将来、生産を拡大する意思がないのなら
「名」 を得ても猫に小判である。  せいぜい 「幻の銘酒」 と呼ばれるのが関の山だ。

「迷走する瞑想集729」 2017/06/18

『空の霊柩車』 にメアリーという、Dr.ワトソンのフィアンセが登場する。
これは 『四つの署名』 に登場していたメアリー・モースタン嬢だと思う。  原作でもいずれ結婚する。
原作の方は子供心に、テムズ川での船の追跡シーンばかりが頭に残り、女性登場人物は記憶に残っていない。
しかし 「シャーロック」 の方では、アイリーンといいメアリーといい女性の切れ者が目立っている。


メアリーはメールで送られてきた暗号を即座に解き、シャーロックに助けを求めている。
あれが逆に、メールを受け取ったのがワトソンだとしたら、誘拐されたであろうメアリーは黒焦げにされている。
インスピレーションに縁がないのが、ワトソンの特徴である。  しかし、マイクロフトやシャーロックに
徹底的に馬鹿にされてもメゲない。  他の面で兄弟を、心底馬鹿だと思っているから。


「人間的感情の欠如」 これが、ワトソンが兄弟に優位に立てている切り札である。
シャーロックは興味で事件を解決し、マイクロフトは業務で事件を解決する。  しかしワトソンは違う。
「たいへんだ!」 の感情移入から、事件の解決を望む。  しかし自分自身だけでは、解決はできない。
そのイライラが、ブログを書かせるのだろう。  シャーロックの 「研究発表」 とはまた別の。


モリーがシャーロックの助手をやっていた時は、メモもあまりとらずブログも書かなかった。
あくまでも一時的な雇用だと、分かっていたからだろう。  本業は検死官である。
決して助手業にのめり込むことはなかったのは、ワトソンが戻ると確信していたのかも知れない。
この 「決してのめり込まない」 態度こそ、変人相手には必要なのだ。  そうしても感謝はされないし・・。


その点からみれば、見返りを求めない態度も重要であろう。  それがないから、シャーロックも頼みやすい。
無理にお返しをしてみても、トンチンカンなことしかできないし。  「ど~も、感謝してるようだ」 で
充分なのであろう。  レスポンスの悪さに腹を立ててみても仕方がない・・・なんとも覚悟ができている。
こういう全然交わらない感情同士が、たまに接触すると無上の喜びが湧いてくるのかもしれない。


モリーはシャーロックに二番目に近い女性(一番目はハドソン夫人) なのに、ひどい事を平気で口にされる。
もしかすると彼は、内心は興味津々なのかもしれない。  こういう反転した子供が、現実にいないことはない。

「迷走する瞑想集728」 2017/06/18

「他人の気持ちが分からない」 の中には、「時々分からなくなる」 のと、シャーロックのように
「まったく意思疎通が不可能」 の二タイプがある。  前者の性格が一般的だが、シャーロックにように
他人の心中にまったく興味が持てない人間なら、後者の場合もありうる。


なぜシャーロックは、他人の心に関心がないのか?  それは、検証が不可能だからである。
「君の言う通りだ」 と相手が答えただけでは、それがはたして真相なのかの証明にはならないのだ。
人は嘘をつける。  しかも、他人の心の中は覗き見ることができない。  だから決定的証拠にはなり得ない。


シャーロックが事実を繋ぎ合わせるという古典的手法で、推理するのはそのためだ。
その副作用として、「他人の気持ちが分からない」 が起きてしまう。  無駄な労力は使いたくないのだろう。
逆に言えば他人の心の中は、百人百通りの解釈が可能なのであって、そのどれもが間違いとは断定できない。
しかし、正しいとも言い切れない。  だからポワロのような捜査手法は、ある意味危険なのだ。


推理小説の中だから許されるが現実世界では、心情で判断することは厳に慎むべきなのだ。
たとえ 「血が通っていない」 と言われようとも。  これは役人の判断とも相通じるものがある。
心情に流されると、収拾がつかなくなる恐れがある。  一件の温情的措置が、多数の追随者を招き寄せる。
予算が無尽蔵にあるなら、この規範を無視しても構わない。  誰にも後ろ指を、絶対に指されないなら。


だから私はシャーロックの冷たい態度に、あまり違和感は持っていない。
それに輪をかけて冷たい兄のマイクロフトに対しても。  『空の霊柩車』 の冒頭に
兄が弟を助け出す場面がある。  兄弟愛を感じる視聴者もいるであろうが、私は違う。
地の果てまでも弟を探し出す兄の情報網に、「ほっといてくれよ」 と言いたくなるのだ。


弟が可哀そうだから助けに行ったのではない。  弟の探偵能力がまた必要になったから、救出しただけだ。
そういう態度が、シャーロックをイラつかせるのだと思う。  ほんとは弟思いなのであろうが
それをストレートに表に出せない兄マイクロフトもまた、相当に屈折している。  もしシャーロックが
名探偵ではなく大悪党になっていたら兄は、地方の平官吏に留まっていたろうことは想像に難くない。


下手をすれば、依願退職を迫られていたかもしれない事を考えると、弟にあんな冷たい態度は取れないはずだ。
考えてみれば弟の気まぐれのお陰で、あそこまで登用されたのかもしれない。  補助ブースターが効いたのだ。
マイクロフトも、内心ではその事を分かっている。  だからなおさら、表の行動が歪むのだ。
男の二人兄弟では、こういう葛藤はざらである・・・と私は強弁しよう。  三人以上だとバランスが微妙に
なるであろう、ということも・・・・。

「迷走する瞑想集727」 2017/06/18

BS・シャーロックの 『空の霊柩車』 を見ての感想。
みんなに嫌がられていたワトソンの髭は、あって当然だ。  歴代の俳優が皆、髭を蓄えていたのだから。
私のイメージでも、シャーロックに髭はなくてよいが、ワトソンには必須の扮装だ。
ワトソンが女でないように、当然の約束事である。  たとえフィアンセにまで嫌がられたとしても。


ところでシャーロックがモリーの婚約指輪に気が付いて、「おめでとう」 と言った後に
「皆が皆、社会不適応者ではないだろう」 と続け、二人が別れた直後に 「でも、そういう人が好きかも」
と、モリーがつぶやいた。  これははっきり言って、「あたしは変人が好きだ」 と言ったに等しい。
もっと言えば、「あたしは、いかもの食いだ。 文句あるか」 と宣言しているようなものだ。


だからシャーロックとは、決定的な破局には至らないで続いてきたのだ。
「最初から意思の疎通が困難なのを分かっていて、結婚したとてうまくいく訳がない」 が一般的評価だが
はたして、そうであろうか?  「人はみな分かり合える」 とか 「何時かは、きっと分かってもらえる」
のほうが幻想ではないだろうか?  男と女で発想の原点からして、すでに違うのだ。


「みな同じ人間」 を思考の中心に据えると、いずれ痛い目に合う・・・は間違いではない。
それよりは、「こいつは変人だが好き」 の方が、常に距離が保たれていて安全に思える。
いちいち相手の行動に腹が立たない。  というか長く続いた夫婦は、皆こうなってゆくのではないか?
その事をモリーは、最初から自覚していた。  よほど自分の両親を、よく観察していたのだろう。


この 「人は違って当たり前」 を知識で持っているか、行動規範として持っているかの違いもある。
「違って当たり前」 と言いながらハドソンさんのように、シャーロックに腹を立てる人もあるし
かと思えばドノヴァン巡査部長のように、はっきりと壁を作ってしまう人もある。  人さまざまだ。
だからモリーは、筋立てに必ずしも必要な存在ではないのにも関わらず、なぜか外せないのだと思う。


それにしても、シャーロックを諦めない粘り強さには敬服する。  ワトソンなどには目もくれずに・・・・。
「あとでコーヒーでもどう?」 「砂糖は二つ、ミルクは入れない」 の地雷原のような会話にも(第一話)
「オーケー」 と、一瞬の間をおいて即答してしまうタフさにも・・・・。

「迷走する瞑想集726」 2017/06/17

「不動の大地」 が仮想現実のフレームとするなら、その中心は 「人間が進化の頂点」 であろう。
誰でも自分のことは良く思いたいものだ。  しかし詳細に調べてみると、人間が特殊化させたのは
「頭」 と 「手」 だけであって他の部分なら、もっと優れた器官を持つ生き物が幾らでもいる。
腕力なら、チンパンジーにさえ敵わない。  猫は人間より夜目が効く・・・お判りの通り。


人間が豪語する 「木登りの進化」 などというものは、たぶんないはずだ。
すべての生き物は、その環境に応じて機能をバージョンアップさせてきた、それだけのことだ。
人間が地球上の生物を滅ぼしうる力を持っていたとしても、その武器は 「一人では」 作れない。
ライオンと一対一で対峙してみるとき、とても 「王者」 の雰囲気に浸る気にはなれまい。


などと大層な文の開始だったが、私は専門家ではないので、ここいらで席を立つ。
私は小学生の時に、一度だけ犬を飼ったことがある。  借家の前が小さな原っぱになっていて
学校から帰ると、その端っこで口笛を吹く。  すると、愛犬が飛んでくるのだ。  しかしある時
口笛をミスって音が出なかった。  にもかかわらず、犬は飛んできた。


「テレパシーか?」 と一瞬思ったが、犬は超音波が聞こえるらしい。  つまり私は、自分で
自分の口笛の音が聞こえなかっただけなのだ。  「こんな雑種の小型犬がねえ」 と、しげしげと
眺め降ろした記憶がある。  しかも、犬は自慢をしない。  そこが人間と違う。  また
犬を、かくれんぼの仲間に入れてはならない。  目は悪いくせに、異常に鼻が利くから。


なんでもいいから動物を飼ってみると、人間の能力などたかが知れていると気が付かされる。
そして、能力で劣っているのを痛感したから、技術で補ったのだ。  つまり自然界では、人間は
「虚弱児童」 に過ぎなかったということである。  たからあまり大きな顔をしてはいけない。
謙虚に生きないと、ほかの生物に返り討ちに合う恐れがある。  これはつい先日のことだが


道を歩いていると、カラスがギャーギャーと鳴いて頭の後ろでバサバサと羽音がする。  上を見ると
二羽のカラスが(たぶん夫婦だ) 私の頭上で急上昇して電線にとまり、またギャーギャーと・・・。
私を威嚇しているのか?  と思ったが、カラスに恨まれることは別にしていない。  で、無視して行くと
鳴き声がしなくなった。  「諦めたか?」 とさらに2キロぐらい歩くと、また二羽の鳴き声がする。


「てめえら、付けてきたな」 と、電線にとまってこちらに噛みつかんばかりのカラスの顔を逆に睨むと
パッと威嚇が止んでどこかに行ってしまった。  どうやら人違いだったようだ。
後ろから威嚇していたから、私の顔の確認ができなかったようだ。  見上げて睨んでようやく顔が合い
間違いに気づいた。  カラスは人間の顔を識別するというが、どうやら本当らしい。  であれば


「すんません、間違いでした」 ぐらい言ってけよな。  冷静になってから省みてみるに
どうも、私の被っていた帽子に反応したのではあるまいか?  若向きのキャップも考えものだ、と
私は素直に反省した。  しかしこの帽子は気に入っているし、夏向きで色もいい。
カラスに威嚇などされたぐらいで、むざむざお蔵入りにしてたまるか。  しかし


あのカラスども、一回も私にタッチしなかった。  遠巻きにして嫌がる態度は、私としては好かんのだが。

「迷走する瞑想集725」 2017/06/17

「陽が沈む」 という言い方は、科学的な表現ではない。  「地球が自転した」 と・・・・。
科学的表現が絶対なのか?  それは宇宙ステーションにいる飛行士なら、それでも違和感はないだろうが
生涯地上を離れられない住民たちまで、同様の表現を使わなければならないのか?


「我々科学時代に生きる者としては・・」  原理を知っていることは、悪い事ではない。  しかし
原理に沿った生活をするとなれば、「月が欠ける」 とは言えなくなる。  月はいつも球形のままである。
「冬が来た」 も間違いである。  太陽の照射角度が、若干変わっただけである。


しかし 「陽の角度が、少し減少してきたねえ」 などとため息をつく奴には、周りから人が離れる。
彼の思考は地上にはなく、宇宙空間を漂っている・・・と判断されるからだ。  もっとあからさまに言えば
「彼は、現実世界には生きていない」 と取られてしまう。  「彼は、仙人だ」 でも当たっているだろう。


挙句彼は、社会からはみ出てしまう。  いわば 「追放者」 だ。  彼の言う 「俺は一匹狼さ」 は
強がりでしかない。  本当に荒野で一匹だけになれば、狼といえども生きては行けない。
彼らは群れで狩りをするから。  だから 「一匹狼」 は、本来は死のイメージなのだと思う。


大地を不動のものと仮定すれば、おのずと太陽は沈むの表現にならざるを得ない。
我々が空中を漂うボールの表面に張り付いていると、日々考えること・・・は、はなはだ気分が悪い。
我々は、「大地を不動のものと仮定」 した仮想現実に住んでいる。  不動のものなど宇宙に存在しない。
あの太陽でさえ、銀河の周辺部を猛スピードで回っているのだ。  その銀河さえもが・・・・。


不動のものがただ一つあるとしたら、それは 「貴方の世界の中心である自分」 だけだ・・・って言うと
なんだかデカルト染みてくるが、自分からはどうあっても離れることはできない。  意識がある限り。

「迷走する瞑想集724」 2017/06/16

農業土木技術者の密かな楽しみ(あるいは苦しみ) に
掘削した土量と盛土に要した土量をツーペーにさせる、つまりその差を限りなくゼロにさせるというのがある。
農道工事でもこの考えは貫かれるのだがそれが崩れると、残土量が増える(運び出しに金がかかる) あるいは
盛土量が増える(搬入に金がかかる、さらに土代も) が起きてしまい、会計検査院にビクビクする羽目になる。


しかし農道工事などよりはるかに大掛かりなのが、農地造成工事である。  これには原則
「不足土」 あるいは 「残土」 という概念がないようなものだ。  切り出した土は、すべて盛土に
消化しなくてはならない。  盛土に足りないといって、ほかから持ってくるのも認められない。
「そんなことが可能なのか?」 計算上は可能である。  出来上がり予定の地盤高を調節すれば。


現況の地盤高を測量し、升目を切って切土・盛土量を推定する。  そこで必要なのが出来上がり地盤高である。
これを上げ下げして、ツーペーになる地盤高を求める。  しかしここまでは机上の作業だ。  ということは
実際の作業では、こういかない場合が出てくるということ。  「アレ?  切土量が減っちゃった」
必要な範囲を必要な高さまで掘削したのに、盛土してみたら 「高さが足りない~」 のことである。


しかも計算の誤差をはるかに超えて。  考えられるのは、現況測量の高さ間違いである。
何百ヘクタールの土地だから、航空測量で等高線を引く。  そこに2~3m読み違いをしていたら・・・・。
樹木が生い茂っていれば、充分考えられる。  地面ではなく、樹木の天辺を測ったら・・・・。  しかし
現場技術者とすれば、原因追求より 「出来高不足」 の方が頭が痛い。  まさに出来「高」不足なのだ。


そこで出来高に合わせて 「計画高」 を修正するしかなくなる。  「土取り場」 なんてないのだから。
農地造成事業は今はもうやっていないだろうが、これ以上の作業の説明は企業秘密とする。  結果として
余分な土量移動は発生していないのだから、会計検査院も 「金を返せ!」 とまでは言わないはずだ。
「計画が甘い!」 ぐらいは平気で言うだろうが・・・・。  変更理由書を書き上げた後も


後ろめたい気持ちは造成担当者なら、少なからず持っていたはずだ・・・ほかの担当者には打ち明けないだけで。
「農地造成事業は今はもうやっていないだろう」 は考えてみれば当然だ。  福島県は耕作放棄地の面積が
全国でもトップクラスだ。  そんな所で、「新たな農地を造成しよう」 なんて言ったら正気を疑われる。
造成後の 「作付け率」 は頭の痛いところであろう。  土壌改良までやったのに・・・・。


原因は、水田と畑の作付けの手間の違いを、よく判っていなかったのと、あとは農産物価格の変動の怖さである。
「農業振興地域」 から外せば利用価値も生まれるのだろうが、そうなると土地の税金が高くなある。
まず農林水産省は、絶対に認めまい。  「無駄金を使った」 と言われるのが嫌だから。

「迷走する瞑想集723」 2017/06/16

「しかし新茶でなくなっても、その銘柄は一年中販売し続けるのでは?」  う~む、いい一手だ。
私の舌は、新茶とそうでない物との違いを感じ取れない。  ならば、そのお茶は一年中あることになる。
そうであれば、慌てて二袋買い求める必要はない。  「お前は、店員さんにまんまとやられたのだ」。


そう考えれば悔しい気もするが、二袋買い求めたということは、あと二か月間はお茶屋を訪れないことになる。
私のペースは、一か月で一袋だ・・・なぜなら、コーヒーも愛飲しているから。  つまり店からすれば
ひと月の来店者数が、一名減になる。  そこまで考えた上での、店員さんの発言だったのだろうか?


「二か月先のお客より、目先の売上じゃないか?」 あるいは、売れ残りを処分してしまいたいとの
算段だったかもしれない。  いずれにしろ、今となっては永遠の謎だ。
「そんな大袈裟に考えんでも・・・」  いいや、謎はそこいらじゅうに幾らでも転がっているというのが
私の信条なのであって、だからしつこく思い悩むのが快感なのだ。  ボケ防止にもなるし。  だから


新しいソフトウェア導入で七転八倒するのは、無上の快楽だ。  あくまで自虐的感想ではあるが。
最近は、WINDOWS10までが自動的にお膳立てをしてくれる。  何ともいい世界になったものだ(涙)。
昔は指令を打ち込まない限り、コンピュータは静かに待っていたのに、最近は何もしなくっても
通信回線を勝手に使って、陰でゴソゴソ動いている。  はなはだ気分が悪い。


いまやパソコンは、独立した思考物体になりつつある。  道具ではなく、相棒に・・・・。
ワープロの時代が懐かしい。  指令書(プログラム)を自分で打ち込んだマイコンの時代が
懐かしい・・・って博物館の化石状態になりつつあるのか?  文章を書くのは一緒なんだがなあ。

「迷走する瞑想集722」 2017/06/16

現実離れしたことを空想していると、気が紛れる・・・と書いたとすれば、おそらく
「紛らわしたいほどの現実が、お前にあるのか?」 と、ツッコミが入るだろう。  もし
紛らしたいほどの現実・・・っていう言い草がなんなら、それでは 「紛らわしい現実」 と
言葉を言い換えてもよい。  はたして


どこまでが現実で、どこまでが空想・思い込み・幻なんだか、貴方はパッと線を引けますか?
あのデカルトですら、この現実が夢ではないと証明はできない・・・とまで言い切ったんですぞ。  いかに
五感だけで正確に認識してもその外側が、知識・伝聞で構築しているに過ぎないとしたら・・・。  つまり
想像と大差はないことになる。  だから精緻な描写などは、むろん無理である。


ただ 「確信している」 と唱えるだけで、自分で確かめたものは意外に少ない。
「確かだ」 と錯覚しているだけで、しかもどこからが錯覚なのかが朧気という始末の悪いものだ。
しかしものは考えようである。  「確かだと思う心」 が、他人から見たら錯覚かもしれない・・・としたら
疑いもほどほどにしなくてはいけなくなる。  なにか仏教の話に近くなってきている・・・これはいかん。


私はどちらかというとSFを書きたいのであって、哲学や仏教の話をしたいのではない。  だから
もっと具体的な話に方向転換する。  先日お茶屋に、お茶の葉っぱを買いに行った。
前に買った新茶が美味かったので、「それをくれ」 と言ったがあくまで一袋の意味である。
すると、「あと残り二袋になりました」 と言ったので、本来なら 「一袋でよい」 と返すべきなのだが


「じゃあ、二つくれ」 と思わず言ってしまった。  この反応は、買い占めの論理なのだろうか?
店員さんは、「こいつは二つ買いそうだ」 と踏んでの発言だろう。  もちろん、二つでも買える。
これは震災直後のスーパーの棚が、ガラ空きになった現象に似てないだろうか?  切迫感がお客に
普段より多くの量を購入させたのだ。  一週間もすれば、また品物は入ってくるにも拘わらず・・・・。


しかしちょっと待て。  新茶は売り切れれば、来年までその製品は入ってこない。  それまでは
ほかのお茶に代えていなくてはならない。  その我慢の期間をできるだけ短縮しようとするには
より多く買うしかない・・・と判断して、「じゃあ、二つくれ」 と言ったのかもしれない。
「お前は、自分で発言の真意が判らないのか?」  残念ながらそうだ。  理屈は、あくまでも後付けだ。


人間は論理的に考えた末に、行動するとは限らない。  だから、オレオレ詐欺に引っかかり続けるのだ。
もう一人の 「冷静な自分」 が、そこにはなぜかいない。

「迷走する瞑想集721」 2017/06/14

「エニグマ」 とは、先の大戦でナチスドイツが用いた暗号機の名称である。
難攻不落の暗号であったが、これでさえ敵方に解読されてしまった。  とすれば
究極の暗号とは、受信者以外は暗号と気付かないものであろうから、そんなものは絶対に存在しない
とは誰も断言できない。  まだ暗号と認識できていない、だけかもしれないから。


「これは暗号だ」 と認識できれば、その暗号は半分解けたようなものである。  「答」 があるのを
解っているからである。  厄介なのは表面上の意味とは別に、隠れた意味があるのかどうなのかが
はっきりしない場合である。  「秋の日のヴィオロンの~」 が、たんなる詩の朗読なのか、あるいはまた
何かの 「指令」 なのかは、これを暗号と知って聞くかどうかが鍵になる。


さらに敵をかく乱するため、一見暗号のようで 「解」 のまったく存在しない無意味な文字列を
あえて流すことだって充分考えられる。  実はタイプライターの試し打ちだった・・・なんてことも。
いかに複雑な暗号でも、操作するのは人間である。  敵方の 「知ってる技術者」 を買収すれば
解くために最高の頭脳などは必要ない。


しかし暗号の性質を云々するのが、今回の本題ではない。  世に 「謎」 は多いが
いずれ解明されるのを前提として 「謎」 と呼ばれるのだ。  まったくのランダムな事象に
法則性を求めるのは、そもそも間違っている。  乱数に規則性を期待するようなものだ。
「規則性がまったくない」 のが乱数なのだから、両立する方がおかしい。


では、「乱数状態」 と 「法則性のあるもの」 とは、いかにして見分けるか?  これが
今回の主題である。  「ゴミ」 と 「残すべきもの」 とを隔てる基準とは?  でもいい。
「法則性があるらしい」 と解っていれば、あとは試行錯誤の力技だ。  いずれ誰かが解明するだろう。
どちらであるか判明しない時、どうするかが問題なのである。  「すべてに法則性はある」 と割り切るか?


そういう人は幸せである。  何事にも、その 「原因」 が存在すると信じられるのだから。
この考えは科学者に顕著である。  もっとも、そうでなければ探求者の役目など引き受けまい。
最初の直感が大当たりすればノーベル賞も夢ではないだろうが、見事に外して無名のまま消えてゆく科学者も
少なくないはずだ。  最初の見極めは、「直感」 と 「思い込み」 で始まる。


だから考えようによっては、科学者は一番スリルがある職業かもしれない。
我々一般人のように、勝手に 「理屈をつけて済ます」 という解決法が取れないから。
「科学者の発見」 は、支持を得なければただのゴミだ。  「将来は分からない」 と思いながら死んでゆく。
見事返り咲いても、自分の目でそれを見ることはできない。  ギャンブラー以下の人生のような気がする。


幸いにして科学者の多くは教育職も兼務しているから、食いっぱぐれはないだろう。
これで自分で仮説を立てなかったら、たんなる 「技術者」 である。  技術者は、仮説を立てない。
条件をクリアして当たり前の職業なのだ。  そのかわり、「この条件では不可能です」 とはっきり言える。
技術者に 「見込み違い」 は許されない。  そもそも科学者とは、期待される役目がぜんぜん違うのだ。


だから質問する時は、科学者に対してなのか技術者に対してなのかを、はっきり認識しておかねばならない。

「迷走する瞑想集720」 2017/06/08

ホームズは何で生計を立てているのだろう?
「探偵業に決まってるじゃないか」  では、探偵料を請求している場面を見たことがあるか?
「警察から貰ってるんじゃ?」  なら、レストレードにあんな横柄な態度は取れないはずだ。
なぜなら、スポンサーなのだから。


「王族の依頼を解決した時に頂けるのでは?」 王族ならそれは気前が良いだろうが、年に何件あるのか?
それに、王族は自前の警察組織を持っている。  無料でこき使える組織を。
「それなら、やはり依頼人から・・」  依頼人から貰うためには、事前に掛かる費用の見積もりを
提示していなければならない。  その場面を目撃したことがあるか?


「じゃあ、ワトソンの出版収入か医者の収入かも?」  それではホームズは、ワトソンのヒモか?
いくら非労働者階級が存在した英国といえども、それは侮辱だろう。  なにか定期収入があったはずだ。
ホームズはロンドンの地理にめっぽう明るかったらしいから、馬車かタクシーの運転手か?
職業柄、明るくならざるを得なかった。  「しかしそれでは、自分の部屋にほとんど居られないのでは?」。


なるほど、一理ある。  では、郵便配達人ならどうだ?  彼らなら、終日勤務ではなかろう。
「そして、個人の秘密を漁っていたとでも?」  う~む、これもまずいか。
乗り物の発着時刻にも詳しかったから、駅の切符売りはどうだ?  あるいは時刻表作成担当とか・・・。
「そんな単純作業でホームズが満足するか?」  だからどうしても、趣味の探偵が必要だった。


「探偵業って、酒の代わりだったのかよ」  酒に酔っぱらったホームズを見たことがあるか?
たぶんホームズは下戸なんだと思う。  だからコカインにも手を出した。  それにヘビースモーカーだし。
「カンバーバッチのホームズは、腕にニコチン・パッチを貼っていたぜ」  英国人やオランダ人が
タバコを吸えなくなってどうする。  あの場面は禁煙団体への抗議だ、絶対に。


パイプを燻らせないホームズなんて、ホームズじゃない。
あの設定では 『唇の曲がった男』 の作成は不可能になる。  一晩中タバコを吸って解明したんだから。
同様に麻薬を禁止されていては、阿片窟での潜入捜査が不可能だ。

「迷走する瞑想集719」 2017/06/08

名探偵が、事実を繋ぎ合わせて秀逸な推理を披露しても、「それだけが正しい」 とは限らない。
ある意味名探偵とは、「ハッタリ屋」 でなくてはならない。  彼は、他の可能性をすべて否定してしまう。
本当に自分の推理を 「これ以外には有り得ない」 と豪語するなら、他の可能性がみな間違っていると
完全に証明しなくてはならない。  しかし、それをやっているだろうか?


幸いにして犯人が自白をし、自説の正しさを証明してくれるからまだいいようなものの
あくまでしらを切り通されたら、一体どうするんだ?  しょうがなく警察の 「落とし屋」 に任せるのか?
名探偵が馬鹿にする 「警察の一般的な見立て」 が、場合によっては正しいこともあるだろう。
そうした際、「くだらん事件だった」 と後も見ずに去ってゆくのか?  まるで照れ隠しじゃないか。


犯人と間違って名指しされた容疑者は怒り心頭だろう。  ツイッターで探偵を罵倒することは想像に難くない。
だからポワロは、最後の最後まで自説を明かさないのだ。  足をすくわれるのが、よっぽど怖いのだろう。
しかし彼は自分でも、自分を名探偵だと思っている。  ホームズだって五十歩百歩であろう。
ワトソンやレストレードの説なんて、頭ごなしに否定してるじゃないか。


しかし、美しい理論が必ずしも正解とは限らない。  この世界は、理論物理学者が頭に描く整然とした世界
・・・とは程遠いのだから。  ある意味、名探偵は現実を半分しか見ていない。
あとの半分は、美しい理論の世界である。  それを現実の世界に引き留めておくのが、ワトソンの役目だ。


ホームズが事件をえり好みするのは、自分の名推理に答えてくれる犯人を捜しているのだ。
しかしえり好みは、警察が行うことは不可能だ。  事件を解決することで、給料をもらっているのだから。
「趣味」 の捜査をやっている訳ではない。  ホームズはいわば趣味だから、報酬を要求できない。
そのかわり、ミスっても責任は取らされない。  そこがモリアーティの 「犯罪コンサルティング」 とは違う。


「俺は、働いているんだぞ」 と心の中で言ってるかもしれない。  良い悪いは別として・・・・。

「迷走する瞑想集718」 2017/06/07

悪人が魅力的に見えるのは、私が魚座生まれだからではない。
彼らは常に 「瀬戸際外交」 を展開している。  背水の陣に立った軍隊は美しく強い、と原理は一緒だ。
そもそもスーパー悪人がいなければ、スーパーマンの能力は宝の持ち腐れである・・・そういうことだ。


「シャーロックは小さい頃、海賊になりたかったようだ」 と、マイクロフトが言っていたが
上述の理論を裏付けるものである。  いかに才能に恵まれていたとしても、庭園に咲く花では
しょせん規格が求められるから、無限の追及(成長)は許されない。  しかし悪人なら、規格など存在しない。


だから、海賊になりたかったのでは?  それが途中から、探偵になることにした。  なぜか?
誰とは判らぬ(若きモリアーティだったのだが) 見事な犯行を目の当たりにして、「じゃあスーパーマンの方で」
と変化したのではないか?  あれでモリアーティいなかったら、彼は稀代の大悪党になっていたかもしれない。


もしかすると、「犯罪者用の名探偵」 とか・・・・。

「迷走する瞑想集717」 2017/06/07

「犯罪コンサルタント」 という職業が成り立つなら、「犯罪者用の探偵」 がいてもおかしくない。
なぜ、どの探偵も 「正義の味方」 でなければならないのか?  ひとりぐらい
組織内に入り込んだ敵方(警察も含む) のスパイを探り出すのを職業としても、いいではないか。


たとえば官憲のスパイなら、バックに強力な組織が控えているのは分かる。  それによりビビル気持ちも。
しかし一方で犯罪組織には、強力なゴロツキがウヨウヨしている。  彼らを手足のように使うなら
二、三人間違って指摘しても、そう苦にすることではない。  独裁者の粛清も、似たようなものだ。
要するに最終的にボスが 「ごくろう」 と言ってくれさえすればいいのだから。


しかしやり過ぎて、犯罪組織に忌み嫌われては元も子もない。  「あの探偵、どう見てもやり過ぎだよなあ」
と、陰で囁かれない程度に名推理を披露すればよい。  「なるほど、じゃあ仕方がねえ」 となるように。
スパイを見つけ出すことは、犯罪組織の死活問題であるから、「迷宮入り」 は原則として認められない。


「結局、解りませんでした」 では、探偵自身が消される恐れが出てくる。  引き受けた以上は必ず
「組織にとっての犯罪者」 を指摘しなければならない。  ホームズの 「コンサルタント探偵」 とは
そもそも心構えが違うのだ。  そのためには、解決が可能か否かをオファーがあった時点で
即断しなければならない。  無理ならば 「ちょっと別の組織の仕事を抱えていて・・」 と近寄らない。


正義の味方の探偵の 「頭脳」 にプラスして、「ずるさ」 がなければ務まらないと思う。
失敗すれば報酬がふいになるだけでなく、知り過ぎたから間違いなく、消される。
が、それよりも前に 「信用」 を得られるかどうかが、開業の重要なポイントとなろう。
それから言えば・・・モリアーティは偉大だった。

「迷走する瞑想集716」 2017/06/06

ポワロは 「犯人の心理」 を根幹に据えて推理したが、シャーロック・ホームズは
もっぱら 「事実を繋ぎ合わせる」 推理をした。  作者が女性か男性かの違いなのだろうか?
それとも、事実が真実とイコールでなくなった新しい時代の、仕方のない選択だったのだろうか?


ホームズの時代は、証拠物件とは 「仕方なく現場に残る物」 だったが、ポワロの時代は
「捜査の目を欺くために残す物」 に変わってきた。  だから目の前の事実も、疑ってかからねばならない。
犯人が高度になったというか、確かなものが何もない時代に入ったのだろう。  そうなると最後は
「犯人の自供」 を引き出すしかなくなる。  コロンボの 「引っ掛け」 は、方法としてはひどい。


しかし、尻尾を抑える確かな物証がないのだから、ああでもするしか手がないのだろう。
あれで他人を逮捕しているからまだ見ていられるが、自分に仕掛けられたとしたら・・・・。
私が最近 「安楽椅子探偵物」 を好むのは、純粋推理だけで物語が進められるからだ。
真犯人を逮捕する瞬間なんて、はっきり言ってどうでもいい。  解けない謎が解けた・・・これだけで。


ただし探偵に事件を語って聞かせる 「レストレード警部役」 は、嘘を混ぜてはいけない。
そんな探偵小説になったら、私は読むのをやめる。  「お約束」 を守らない実験小説は好きではない。

「迷走する瞑想集715」 2017/06/06

シャーロックの推論には犯人を逮捕する関係上、常に事実の裏付けが要求されるが
モリアーティの推論には、そういった制約は課せられない。  そこで 「人間心理」 のような土俵では
差がついてしまうと考えられる。  つまり、大胆な予測ができるか、できないかである。


アイリーンの自分への恋心を知るのにシャーロックは、脈と瞳孔の開き具合で推理したが
モリアーティに言わせれば、「何やってんだか」 段階だろう。  だからアイリーンに
「坊やじゃなくて、お兄さんと・・」 などと軽くあしらわれるのだ。  普通、こんな言い方をされたら
三日ぐらい寝込むぞ。  鈍感な名探偵さんだから、屁とも思わないだろうが。


「シャーロック、大人になれ」 とバッキンガム宮殿でシーツ一枚でいた時に、マイクロフトに言われたが
探偵の百分の一の推理力があれば、「これはまずい」 と判断できるはずだ。  やはり常人とは思えない。


ところで、アイリーンに 「坊や」 と言われたシャーロックだが、どちらが年上なのだろう?
ドイルの原作にも、登場人物の年齢の記述は少ないように思う。  シャーロックになら、どちらかというと
姉さん女房が似合いそうな気がするが・・・・。  だからモリーには、ほとんど気が乗らないのか?


一方でワトソンは、次々に女性にアタックする。  まるで、同性愛者だと言われるのが嫌だ、とばかりに。
実質的なシャーロックの女房役は、実はワトソンがやっているのにも拘らず、女性を遠慮なく連れてくる。
しかし女性は、事件の相談には混ぜてもらえない。  シャーロックは、まるで意地になっているようだ。


もっとも、事件についての相談なんて、誰ともしているのを見たことがないが。
シャーロックは、仕事を分担して総合的に仕上げる統率者タイプではなく、一匹狼的なところがある。
それも 「シャーロック、大人になれ」 と言われる所以なのだろう。  本人は全然解ってはいまいが・・・。
まさに玩具で一人遊ぶ 「子ども」 である・・・しかも常人は歯が立たない、かなり危ない男の子。

「迷走する瞑想集714」 2017/06/06

「モリアーティにも、暗号は完全には解けなかったのかも。」   実際見せられても
解けなかったのだ。  マイクロフトの電話を盗み聞いていなかったから。  「ボンドエアーの・・・
コベントリーチームの・・・」 という話を聞いていなければ、この暗号を 「完全に」 解くことはできない。
やはりシャーロックに暗号を解かせたのは、正解だったのだ。


政府の中枢に近く、それでいて政府の言いなりにならない 「シャーロック」 が最適任だった。
モリアーティの読みは、ことごとく当たっていた。  最後に携帯の暗証番号を、あと一回間違えてくれれば。
「だから女と組むのは嫌なんだ」 と落胆していたのではあるまいか?
しかしあそこで、シャーロックが最後のトライで間違えていれば、携帯は爆発し大金は得られないはずだ。


モリアーティは、シャーロックが最後のトライをやらないで、そのまま携帯をマイクロフトに渡す・・・と
ふんでいたのか?  その可能性は高い。  普通はそうするだろう、何かひらめいたとしても。  しかし
最後は自信過剰なシャーロックの性質を読み間違えた・・・これが敗北の原因である、と私は考える。

「迷走する瞑想集713」 2017/06/06

「もしもし、そろそろ時間だと思わない?」 とアイリーンが電話するところから、犯行は始まるのだが
その最終目的がはっきりしない。  自分の命を守るためなのか、大金をせしめるためなのかが。
殺し屋に狙われているという言葉は、最初からそうだったのか?  あるいは、途中からそうなったのか?
冒頭から付け狙われていたのなら、シャーロックに近づくよりも、警察に駆け込めばよいのだ。
「あたしを逮捕してください」 と。  「いけない仕事」 をしてきたぐらいだ、罪状は幾らでも挙げられる。


では殺し屋の件は、途中から降って湧いたのか?  そうだとすれば、金の話とリンクできる。
モリアーティへの 「コンサルタント料」 支払いのために大金が必要だった。  しかしそれが
ふいになったので、今度はモリアーティに殺される羽目に陥った。  するとまた一つ疑問がわく。
「コンサルタント料」 とは、何を依頼した成功報酬なのか?  うまくいったから、金を払うのだろう。


コンサルティングに従って、英国王室に脅しをかけた。  しかし強請るつもりはない、と言っても
取り返しに来るのは目に見えている。  モリアーティの読みは 「シャーロックが来る」 だった。
そして、その通りになった。  シャーロックは写真を奪い返しに来たのであって、携帯の中に
他の重要機密があることについてはまったく知らなかった、来た当時は。  しかしそこにCIAが現れた。


CIAと鉢合わせすることは、いくらモリアーティでも予測は困難だったろう。  しかしなぜCIAは
アイリーンの所に、重要な機密がある事を知ったのだろう?  「お客」 が漏らしたことを白状したか?
しかし 「お客」 が職場で自主的に話さない限り、情報流出は政府の知るところとはなりえない。
では、モリアーティがチクったか?  それは考えられる。  では、何のために?


「シャーロックに他の重要機密の存在を知らせるため」 CIAが現れれば、嫌でも気が付く・・・と
モリアーティは考えた。  しかしその場で、携帯がCIAに奪われれば一巻の終わりである。
しかしそうはならない・・・と、モリアーティは考えた。  なぜなら、シャーロックが相手だから。
その場でCIAと協力したら?  それはない、アイリーンの方に味方するはずだ。  そして


そうなった。  金庫の銃の仕掛けは、おそらくモリアーティが教えたのだろう。  女性の発案ではない。
アイリーンはシャーロックに、どちらかというと金庫を開けてもらいたかった。  だからヒントまで出した。
金庫が空けば携帯はシャーロックが手にする、これも想定済みだった。  しかし結果は、アイリーンが
持って逃げた。  この一連の出来事は、結局何を狙ったものなのか?


残ったのは 「携帯には、なにか重要な機密が含まれている」 という、シャーロックの確信だけだった。
それこそが、モリアーティの作戦だったのだろう。  暗号を解かせる布石だったかもしれない。
ではなぜ、モリアーティ自身が暗号を解かなかったのか?  アイリーンが見せることを拒んだから?
暗号が解けたら、すぐにメールで知らせたのに?  モリアーティにも、暗号は完全には解けなかったのかも。


自分の商売に関わることだから早く知りたいが、最も早く解けるのはシャーロックしかいない。
「よし、危険だがシャーロックを引きずり込もう」 と決断したのだろう。
一度は死んだふりをして途中退場を図ったアイリーンだったが、それはモリアーティが許さない。
「結果を出せ!」 と野球監督まがいの事を言ったかも。  それでアイリーンは復活せざるを得なかった。


結果として暗号が解ければ、あとは 「コンサルタント料」 を貰うだけだ。  それを含めた額で
マイクロフトに請求書を回してやった。  あの場でシャーロックが携帯の鍵さえ開けなければ・・・・。
それではアイリーン自身は、この一連の作戦でなにを得たのだろう?  シャーロックの愛? まさか。
「国庫に穴をあけるほどの大金(コンサルタント料を除く)」 を、せしめる予定だった。


が・・・結果として失敗に終わった。  あれだけの金を欲しがるということは
海外に逃亡するつもりだったのか?  モリアーティの前に、すでに殺し屋に狙われていたみたいだ。
やはり、失脚させてしまった政治家の恨みが怖かったのか?

「迷走する瞑想集712」 2017/06/06

あの暗号の座席番号が 「爆弾をセットした座席」 ではなく、「テロリストたちが乗り込む座席」 だったら
どうだろう?  発見されるのを考慮して、あれだけ沢山の座席下に爆弾をセットしたとしても
一個が発見されれば、捜索は機内すべてに及ぶ。  結局、爆弾はすべて発見されてしまうだろう。
だからテロリストは、遠隔操作を信用しない。


では、「テロリストたちが乗り込む座席番号」 だったらどうなるか?  あれだけ爆弾を持ち込めば
それは確実に墜落させることはできるだろう。  しかし飛行機には、過剰であるといわねばならない。
エンジンの付いた主翼の付け根か、運転室を爆破してしまえば、飛行機は飛ぶことができない。
機体に穴が開いただけでも、無事に不時着できるかは分からない。  一方で多い爆弾の持ち込みは、同時に
発見される可能性も増す。


とすれば、あれだけ多数のテロリストが乗り込むということは、「ハイジャック」 の可能性の方が高い。
英国政府は、「ハイジャック」 を 「テロリストによる爆破・墜落」 と偽ったのか?
しかし当然、墜落現場の映像は流されるであろうから、そこには壊れた飛行機と死体がなければならない。
だから・・・・・。  最近(といっても昔になるが) 似たような飛行機消失事故が起きなかっただろうか?


墜落したらしい・・・だが、一方ではハイジャック説も囁かれていた、そのような事例を。
『ベルグレービアの醜聞』 は、あれを下敷きにしているのではあるまいか?
ハイジャックされる情報を掴んでいる。  その飛行機も特定されている。  しかし
その 「情報を掴んでいる」 ことを、テロ組織には知られたくない。  だから警備も厳重に行えない。
事前に逮捕してしまえば、そこで情報源は絶たれる。  「よし、爆破に偽装しよう」 と決断したら。


しかしこれでもハイジャック犯は、おかしいと気が付くはずだ。  手回しが良すぎる、と。
最近涼しいせいか、妄想が止まらない。  今日も18度Cだ。

「迷走する瞑想集711」 2017/06/06

マイクロフトはシャーロックに、墜落したベルリン発の旅客機に乗っていたのは最初から
全員死体だったと語っている。  そして偽装がバレた今回のジャンボ機も全員死体で飛ぶ予定だったと。
着想は見事だが、はたしてこの方法でテロリストが爆破できるだろうか?  が今回のテーマである。
当然テロリストは搭乗せず、爆薬を無線で爆破する方法を取るのであろうが。  しかし


予め爆弾がセットしてあるなら、フライト前の点検で発見される恐れが十分ある。  異常が見つかれば
出発などいくらでも遅らせられる、だからテロリストはたぶんこの方法を採用しない。  爆弾を身に着けて
テロリストが自分でスイッチを押すのが、一番確実に墜落させられる。  チェック・ゲートさえ
通り抜けられれば、ほぼ成功したようなものである。  それが最初から 「死人の乗客」 では無理である。


シャーロックが 「じゃあ操縦はどうするんだ?」 と聞いた時に、マイクロフトは言葉を濁した。
本当に 「全員死体の旅客機」 が飛ぼうとしていたのだろうか?  必ずしも操縦士の問題ではなく
先に言った 「爆破成功の可能性」 の点で。  まさかシャーロックを騙すためだけに、こんな大掛かりな
偽装工作をするとは思えない。  しかし作戦担当以外に見せたのは、シャーロックが最初で最後であろう。
そして、死人だらけのジャンボ機に乗り込んできたアイリーンも、なぜか驚かなかった。


まさか翌日のフライトには、普通のジャンボ機に生きた乗客を乗せて飛ぶつもりだった・・・としたら、まさに
「コベントリーの悲劇」 そのままである。  それこそ必死で、その事実だけは隠すだろう。
「全員死体の旅客機」 などでは爆破は不可能と知っていたから、モリアーティはマイクロフトに
『ジャンボ機か ミスター・ホームズなんとまあ(当日は死人がいっぱい出るねえ)』 とメールしたのかも。


「爆破されることが確実なのに、普通に乗客を乗せて飛ぶ気かい?」 と皮肉を込めて言ったとしたら・・・・。
本当に死人ばかりののジャンボ機を飛ばす気なら、生きた乗客は乗り込めない。  当然
テロリストも乗り込めない、となれば、爆破は起こらない。  そしてテロ組織には
情報が洩れていることが判ってしまう。  情報提供者の命は風前の灯火になろう。
そして情報はプツリと途絶えてしまう。


本当に 「死人偽装の旅客機」 を飛ばしていたのなら、搭乗券を持った死人をなにもせず放置しておく
はずがない。  なにかチグハグな計画だ。  脚本のせいだろうか?

「迷走する瞑想集710」 2017/06/05

どうしてアイリーンは、米国の 「証人保護プログラム」 の御厄介になる前に
テロリストに拉致されて殺されそうになったのか?  考えてみれば、これも不可解である。
身の危険はアイリーン自身が、一番強く感じていたはずだ。  だから
米国に搬送されるまではジッと身を潜めるはずだし、英国政府も護衛を付けて守るはずなのである。


では、「証人保護プログラム」 が始動しなかったということか?  それも考え難い。
マイクロフトなら、裏交渉で頼み込むことは容易なはずだ。  できるから、保護を承諾したのだろう。
広大で人種のるつぼの米国なら、別人になれば見つけ出すのは不可能である。  だから、拉致は
英国で起きたとしか考えられない。  アイリーン自身が、外国を出歩くとはとても考えられないから。


なぜ、そんなずさんな警備をやっていたのか?  軍事基地内にかくまえば、テロリストたちは
手出しをできないはずなのに。  あまりにも簡単に拉致させてしまったことに、逆に疑念が湧く。
やはり 「迷走する瞑想集704」 で述べたように、英国版 「証人保護プログラム」 を始動させたのでは?
保護すべき人物が死んだことが確認できれば、この世から完全に消滅できる。


アメリカ映画の 『イレイザー』 でも、最初に証人を事故で死んだことにする。  そののち新しく
生まれ変わるのだ。  死亡の証明がないと、追跡は終わらない。  記録を替えただけでは安心できないのだ。
追跡をそのものを諦めさせなければ。


実際、テロリストたちはアイリーンを追いかけてはいなかったと思う。  なぜなら、犯人側の機密漏洩を
途中で阻止してくれたのだから。  テロリストたちはモリアーティに、「手出しをするな」 と言われたかも。
モリアーティもアイリーンに、多大のおかげを被っている。  計画の筒抜けが、防げたのだから。
だから、カラチでアイリーンが首を着られようとする場面は、マイクロフトの創作に違いないと思う。


実際にあの話を聞かされたのは 「ワトソン一人」 しかいない。  国内ニュースには、もちろん出ない。
政府内の報告書には 「アイリーン死亡」 と記されだろうが、それはアイリーンを恨んでいる
失脚した政治家たちに対するものであろう。  ただの人に落とされれば、殺人も厭わないかもしれない。
あるいは、殺し屋を頼んでくるかもしれない。  政府内には、かつての部下が今なお大勢いるし・・・・。


偽の情報は、完璧に仕上げないといけない。  マイクロフトなら、そういう事は得意だろう。
シャーロックは暴くことは大好きだが、陰謀を実行する方は不得手であろう。  そこが、
兄弟の差といえそうだ。  陰謀には多くの人を使わなければならない。  それも信用のおける人物を。
「僕には友達はいない。 ひとりを除いて」 などと言ってるようでは、だめなのだ。

「迷走する瞑想集709」 2017/06/05

「僕には友達はいない。 ひとりを除いて」 とシャーロックが言ったと記憶しているが
レストレード警部は、友達に入らないのだろうか?  「この変人!」 と言う女性巡査部長はどうなのか?
少なくとも二人は、シャーロックを抹殺しようとはしていないし、監視役も仰せつかっていないようだ。


ドノヴァン巡査部長は、確かにシャーロックを好いてはいない。  しかし、殺してやりたいとも思っていない。
一二発ぶん殴ってやりたい・・・とは、考えているかもしれないが。  むしろ
「いずれシャーロックは、人を殺すだろう」 と、心配している節がある。  ベタベタするのだけが
友達付き合いでないことは、ちょっと長く大人を経験すれば、容易に想像できるはずだ。


アンダーソン鑑識官との浮気をシャーロックに見抜かれて、面白いはずがないであろうが、しかし
悪口は、ドノヴァン巡査部長のシャーロックへの 「挨拶」 のようなものだとすれば・・・・。
興味ある女の子に限って意地悪を仕掛ける・・・この心理に心当たりはないだろうか?
女性にも、同様の心理がないとは言えない。  「なにを偉そうに・・」  いいじゃないか。


登場人物はみな、自分を物語の脇役だとは考えないものだ。  同様に私も自らを
ブログの脇役だとは考えていない。  私を中心にブログの世界は回っている、と私は酔いしれている。
ワトソンが書いてるブログだって同じこと。  勿論、シャーロックの書いている犯罪者にしか読まれない
全然面白みのないブログも。


しかし、モリーに 「あとでコーヒ-でもどう?」 と聞かれて、「砂糖は二つ、ミルクは入れないで」 って
どんだけシャーロックは鈍感なんだと呆れたが、同様の男は現実にも存在する。  女性職員が
青白い炎を上げて怒り狂っているのに、それにまったく気付かず平然と話をしている男が・・・・。


ああいう男が、意外と長生きするんだろうなあ・・・と、私は向かい側で固唾を呑んでいた記憶がある。
女性が突然、改まった口調に替えて話し出したら危険なんだって・・・言ったって、どうせ判らないだろうし。

「迷走する瞑想集708」 2017/06/05

それではシャーロックは、自分の周りの監視網を知らないのだろうか?
ワトソンはすでにバレている。  ハドソンさんにも、シャーロックは一目置いている。
「君、ハドソンさんをベーカー街から追い出したら・・」 と言っているぐらいだ。(四話)


モリーにも、マイクロフトとの関係には気付いていることだろう。  知っていながら、とぼけているのだ。
だから、モリーの誘いにも乗ってはこない。  裏に誰がいるか知っているから。  むしろ絶対安全なのは
追われているアイリーンの方だろう。  だからアイリーンには、心を許した。


強大な兄の監視網から逃れるのは、もう諦めたシャーロックであった・・・と言ったら、深読みし過ぎか?
だから事件がないと、監視圧力に押しつぶされそうになる。  薬やタバコに逃れることまで禁止されている。
追い詰められたネズミ、のように感じられる時さえある。  やはりバイオリンではなくエレキギターで
ロックを趣味とすべきだったのだ。  それでも拳銃をぶっぱなすよりは、音は静かだ。


しかし、誰にも読まれないブログをせっせと書いているという行為は・・・他人事ではない。
ところで、なぜマイクロフトはハドソンさんに目を付けたか?
旦那が裁判沙汰を起こしたのなら、当然そのファイルはマイクロフトが得ているはずである。
さらに弟が弁論をしたのなら猶更。  そこで 「補助をするから安く弟を入れてやれ」 と持ち掛けたか?


ロンドンの中心部でそうそう安い下宿があるわけがない。  それはシャーロックも言っていた。
そしてシャーロックがそこに入った。  しかし一人では家賃が払えず、同居人を探し始めた。
「ふ~ん、ジョン・H・ワトソン大尉か」 マイクロフトは考えた。  こいつも監視員にしよう、と。
「ボディーガードにもなりそうだ、よし」 下宿名はすでにエージェント・ハドソンから聞いている。


スパイ活動なら、兄にかなうわけがない。

「迷走する瞑想集707」 2017/06/05

ハドソンさんは常々 「あたしは使用人ではないのよ」 とシャーロックに言っているが、実は
マイクロフトから差し向けられた 「執事、兼ボディーガード」 ではあるまいか?  というのが
私の推測である。  その第一の理由が、「家賃をちゃんと払ってね」 と収入が不確かな下宿人たちに
一度も言わない事である。  シャーロックに過去の恩義があるにしても(第一回放送)。


次に、冷蔵庫を開けて腐ったもの(あるいは毒物) をチェックしていることである。
壁に銃弾を撃ち込まれても、修理費を要求はするが 「出て行け!」 とは言わない。  これも不思議だ。
普通の下宿では考えられない。  それは、シャーロックを監視するため、と考えれば納得できる。


マイクロフトがワトソンに初めて会った時に、「君の下宿は221のBだね」 と判っていたことも
不思議といえば不思議だ。  ワトソンまで抱き込もうとするマイクロフトだ、その前に常駐の監視員を
すでに置いていたとしても、考えられない事ではない。  であれば、隣の夫婦も政府の職員かもしれない。
下宿の隣にあるカフェだって、エージェントの連絡場所・・・と、言えなくはない。


まさに場所としては最適である。  現にワトソンまで、そこでマイクロフトと会っているのだから。(四話)
それに検死病院のモリーだって怪しい。  なんであのウザったいホームズに、ホの字なのか?
「絶対に、離れるな!」 との指令を受けているのではないか?  「ジョーダンじゃないわよ」 と陰で
言ってるかどうか怪しいもんだ。  実験器具をシャーロックに自由に使わせているのが理解できない。
そんな権限が、大体にしてモリーにあるのか?  マイクロフトは病院を 「家に様なものだ」 と言っていた。


この様にして 「シャーロック監視網」 は着々と整備されてゆく。  シャーロックはもはや
お釈迦様の手の内にある孫悟空的な存在なのだ。  あれでは、マイクロフトを大嫌いになるわけだ。

「迷走する瞑想集706」 2017/06/05

ハドソンさんの心の動きを追ってみよう。  (この言い方、何かに似ている)


① シャーロックとワトソンの留守中に、強盗3人組が押し入ってきた。
② 何かを探しているようである。  ということは、留守中の二人のどちらかの持ち物である。
③ ワトソンは重要なものは置いていないから、シャーロックのものと推測される。
④ 最近に関わっている事件とは何だろう?  そういえば、シャーロックの携帯の着信音が
  最近変な音に変わっていた。  シャーロックが自分でやる訳がない。


⑤ しかしシャーロックの携帯は持って出ているはずである。  ならここにないことは、強盗も知っているはずだ。
⑥ なにか書類だろうか?  であれば、書類を引っ掻き回すはずだが、それもしていない。
⑦ では他の物件か?  パソコンか何かだろうか?  しかしパソコンなら、ずっとこの部屋にあった。
⑧ そういえば、このところシャーロックは携帯をよく手にしている。
⑨ 携帯にも、画像を保存することはできる。  もう一つ携帯があるのか?  どうもそのようだ。
⑩ では、その携帯はどこにあるか。  ポーの手紙の隠し方を参考にすれば、ありふれた場所だ。


⑪ ガウンのポケットが、やや膨らんでいる。  この中か?  あった、ゲット!!
と、こういう具合ではなかったろうか。  この思考を、暴行を受けながら瞬時に行ったのだ。
ハドソンさんは、並みのエージェントではない。  こんな凄腕が、シャーロックの傍に堂々といたのだ。


シャーロックが、ますますマイクロフトが嫌いになったであろうことは、想像に難くない。
・・・だが、別の展開も考えられる。  強盗が、「携帯はどこにある?」 とハドソンさんを拷問した場合だ。
しかしこれではつまらない。  充分考えられる展開だが・・・・。

「迷走する瞑想集705」 2017/06/03

しかしワトソンの言っていた 「他人の言葉にツッコミをやめない人間は、神様より長生きする」
というのは本当なのだろうか?  もし本当であれば、私も考えを改めねばならない。
神様より長生きさせられては迷惑である。  今後はもっと謙虚になることにしよう。


ところで、ハドソンさんは暴漢に襲われた時に、なぜ咄嗟に携帯電話(アイリーンのもの) が
ホームズの一番大切なものと判ったのだろう?  しかも二番目のガウンのポケットに入っていたものを?
ホームズのガウンだから、当然二階にあったものだろう。  ということは、無理やり二階のホームズの部屋に
上げられた後に、胸元に隠したのだろう。  恐るべき反射神経である。  ワトソンなど足元にも及ばない。


「何を考えてるかなんて、判るわけないわよ」 と言いながら、一番大事なものがどこにあるか知っていた。
あの中に重要な画像がしこたま入っているなんて、教えられていないないくせに。  こうなると
ハドソンさんまで、マイクロフトの回し者のように思えてくる。  監視役として、ワトソンの先輩にあたる。
言い過ぎてホームズとワトソンに睨まれる場面があるが、つい部下のつもりで言ってしまったのでは・・・・。


紳士のマイクロフトにしては、明らかな失言である。  英国には、老女でもミス・マープルのように
切れ者がいないではないから油断できない。

「迷走する瞑想集704」 2017/06/03

最後でアイリーンがテロ組織に殺されそうになるのも、合点がいかない。  むしろアイリーンは
テロ組織にとって 「功労者」 である。  アイリーンが、犯行を潰したのではなく
犯行がバレているのを、犯人側に分からせてくれたのだから感謝すべきなのだ。


だからテロ組織が殺すべきは、情報を漏らしたスパイの方である。  故にこの場面は
英国政府の創作である可能性が高い。  つまり英国の 「証人保護プログラム」 の一環である。
当然、シャーロックも一枚噛んでいるだろう。  騙されるワトソンが、いい面の皮である。  もっとも
そうしないと、ブログに書かれる恐れがある。  やはりホームズ兄弟は 「狐と狸」 なのだ。


また、一度顔を潰されて死んだことになっているアイリーンが、またノコノコ現れるのも合点がいかない。
携帯を取り戻したいとのことだったが、だったら最初からシャーロックに送り付けるな、と言いたい。
それにしてもアイリーンは、なぜ殺されると事前に判ったか?・・・をよく考えてみると、この死亡事故が
偽装ではないかと疑われても不思議ではない。  本当に殺されるのなら、携帯も壊すはずである。


やはりモリアーティに 「どの飛行機か特定してくれ」 と頼まれたのかどうか?  死んだ人間に
「お守り」 は必要ないはずだ。  アイリーンにも 「飛行機の座席番号のようだ」 までは分かるにしても
その先が解けない。  モリアーティに 「国防省が飛行機の暗号を・・」 と知らせたが、それでは
モリアーティは納得しない。  「どの飛行機だ?」 と、さらに質問するはずだ。


そこでまた話はふりだしに戻るのだが、なぜ 「暗号の画像」 だけをモリアーティに送信しなかったのか?
本当はそうする予定だったのが、シャーロックが携帯を返してくれない。  しかたなく
シャーロックにその場で解かせて、結果だけをモリアーティに送信した。  これなら合点がいく。
モリアーティにしてみれば、ジャンボ機に死体だけが乗っていようと、そんなことはどうでもいい。


ただ、計画が筒抜けになるのが恐ろしかったのだろう。  そして飛行機が特定されて
計画が漏洩している確証を得た。  これで 「依頼者」 の損害を最小に食い止めることができる。
そういうことだったと・・・私は考える。  気温が19度で、ますます頭が冴える。

「迷走する瞑想集703」 2017/06/03

「いずれにしても、モリアーティは現在進行中の何かに関係しているとは感づいていた。」 と
前回書いた。  それは、プールサイドで携帯電話をしている態度で分かる。
あれはアイリーンからの電話だが、皇室の醜聞の話ではないと思う。  なぜならモリアーティは
自分で強請りや恐喝をやったりはしない。  あれは、被害者に顔を晒す危険な犯行だから。


あの電話は、国防省の重要機密についての連絡だったように思う。  モリアーティのコンサルティングに
影響するらしい内容だから、激昂したのだろう。  ではアイリーンはすでに、あの暗号を解いていたのか?
それは充分考えられる。  「お客さん」 に解かせたかもしれないし。  ただ、何日の
どこ発のフライトかまでは、分からなかったのだろう。  「飛行機の暗号」 らしきことまでは掴んでいた。


それを餌に、モリアーティに近づいた。  別に悪人の助力がなくても、金も頭脳もあったはずなのになぜ?
英国政府には、「皇室の醜聞」 で、すでに釘をさしてある。  下手に手出しはできないだろう。
それでは、アイリーンは何を恐れたのか?  かつての 「お客さん」 からの仕返しではないだろうか?
「何人かの政治家の醜聞」 に関係していたと、マイクロフトは言っている。


強請りはしなかっただろうが、図らずも名前が表に出てしまった・・・が真相ではなかろうか?
その結果、身の危険を感じ始めた。  それでモリアーティに近づいた。  でなければ
わざわざ極悪人に電話する意味が分からない。  「国防省の飛行機の暗号」 が、モリアーティを儲けさせる
可能性は低い。  なぜなら英国政府には、それはすでに届いているのだから。  むしろ


モリアーティの損を、最小限にする意味合いの方が大きと思う。  犯罪コンサルティングでは
計画のまずさが命取りである。  下手をすると、犯罪者に逆恨みされかねない。  だから
自分の立てた計画を邪魔する要素は、極力排除しなければならない。  だから焦ったのだろう。


シャーロックのおかげで、飛行機が特定できてモリアーティは安堵したろう。  マイクロフトへのメールは
その安堵感を示している。  「ジャンボ機では、頭数を揃えるのに大変だったろうねえ」 と。
その前の、「墜落したジェット機の搭乗券を持っていた死体」 のニュースを見た時点で、モリアーティには
その意味することに気付いていたかもしれないのだ。  ただ、裏で誰が糸を引いているかを除いて。


しかし勝手な深読みは、ことのほか楽しい。

「迷走する瞑想集702」 2017/06/02

BS 「シャーロック」 の 『ベルグレービアの醜聞』 の中で、モリアーティがマイクロフト・ホームズに
メールを送信する場面がある。 『ジャンボ機か ミスター・ホームズなんとまあ』 だが。
なぜ悪人(モリアーティ) が官憲側(マイクロフト) に、わざわざメールを送るのかが分からなかった。
何かをモリアーティが知ったとしても、知ったことを報告する義務などないのだから。


爆破テロがバレていたのに気が付いたなのら、実行を取りやめればいいだけだ。  だから
最初はたんに、モリアーティの自己顕示欲かと思った。  しかしこの男は、そんな軽い思考では動かない。
ここで名乗りを上げることには、なにか目的があったはずだ。  「犯行が事前にバレていることを
いま察知しました」 と。  


「国防省の知り合い」 があの暗号を持っていたということは、すでに解読されていると見て間違いない。
しかしその暗号自体を、モリアーティは見ていない。  なぜなら、アイリーンが誰にも見せないから。
もしモリアーティに見せていたら、秘密裏に実行は取りやめになっただろう。  モリアーティも瞬時に
暗号を解くはずだ。  しかし実際は見ていないから、確証が得られない。


アイリーンからモリアーティへのメールによって、国防省が爆破予定を掴んでいると、やっと確信したのだ。
それでもマイクロフトに知らせてやる必要はない。  あれでは暗号を解読されていることを知っている、と
宣言している。  ちょっと考えれば軽率である。  しかし軽率な行動とは程遠い男だ。


整理してみよう。  モリアーティはテロ行為をすべて知っているが、漏れたのがどの飛行機かは判らない。
はたして飛行機爆破のテロ計画かも、確証はつかめていない。  その物件はアイリーンの携帯の中。
次にアイリーンは、怪しい物件は特定したが、中身が皆目分からない。  暗号が解けないから。
マイクロフトは、情報により秘密裏に準備をしているが、それがバレたとはまだ思っていない。


そこにシャーロックが、見せられた暗号を解いてしまった。  これで連絡がいかなければ、犯行は行われた。
しかしモリアーティは連絡を受けて、官憲側が察知している確証を得てしまった。  しかも
これをマイクロフトに知らせることで、長期の準備をオジャンにさせた責任を、シャーロックの負わせられる。
いずれテロが実行されなければ、バレたことはマイクロフトにも分かるのは確実だ。  いわば 「おまけ」だ。


実の弟に負い目を負わせられれば、官憲側の保護が期待できるとアイリーンはふんだのだろうか?
しかしそれはない。  なぜならアイリーンは、飛行機の偽装工作をまだ知らないのだから。
モリアーティなら瞬時に、「これは、何か裏工作をしてくるだろう」 と読むはずだ。  しかし
犯罪組織にとっては一つの計画の失敗より、内部のスパイの発見の方が重要であるはずだ。


目論みを露見させることによって、「スパイの存在に気が付いた」 とメッセージを送ろうとしたら?
マイクロフト宛に。  すでに飛行機整備士の何人かはいなくなっているだろう、爆弾を仕掛けた。
事前に彼らを逮捕すれば、バレていることを犯行グループに知らせることになる。  だから、それはできない。
と同時に、犯行グループ内のスパイも逃げ出すはずだ。  誰かがスパイしていることが露見したのだから。


こう推測すれば、不可解なマイクロフト宛のメールも納得できる。  あれは
ネズミを追い出すための 「駆除作戦」 だったのだ。  ただ残る疑問はアイリーンが
なぜあの暗号メールの画像を、直接モリアーティに見せなかったかだ。  モリアーティなら
暗号を解くまでもない。  「座席番号」 を見ただけでピンときたろう。


本当に 「英国国民」 を思ってではなかろう。  なぜならあれは、「英国政府の暗号」 なのだから。
その重要な暗号の解読結果を、わざわざ悪人には知らせるのは矛盾している。
「現物を見せられないんだったら、シャーロックに解かせて報告しろ」 と、モリアーティが言ったか?
あるいは前回同様、モリアーティがシャーロックの頭を試したのか?


いずれにしても、モリアーティは現在進行中の何かに関係しているとは感づいていた。

「迷走する瞑想集701」 2017/06/02

私にもかつて仕事帰りに、一人でスナックに行きカウンターの端で、カクテルを飲んでた時代があった。
しかし、うらぶれた風情は漂わせてはいない、まだ若かったから。  カクテルはジントニック
つまみは主に塩辛・・・ここでギョッとしてはいけない。  塩辛はママさんの手作りで
柚子(ゆず)入り絶品である。  誰からも話すことを強制されないこの場所は、私が最高に気に入っていた。
孤独ではない。  私は頭の中で自分と、幾らでも会話することが可能だったから。


この場所で、誰かに事件の解決を依頼されたら、私は 「安楽椅子探偵」 になっていただろう。
私ならシャーロック・ホームズのように 「くだらん」 と追い返すことは、たぶんしないだろう。
そういう探偵に限って、解決の依頼は来ぬものだ。  「ここの代金は私が・・」 を期待してたのに。


私は、失せものの探索が意外と得意なのだ。  自分自身が、よくものを無くすから。
几帳面な私は、使ったものは在った所に正確に戻すようにしている。  しかしたまに
当然在るはずの所に、なぜか見当たらない時がある。  部屋から持ち出したとは考えられない。
私は、それまでの行動を逆にたどって捜索が始め、いずれ見つかる。  私は突飛な行動はしない主義だ。


「それは一日が単調・・・ということじゃないのか?」  違う、自分の行動を以後にトレースできることは
社会人、特に技術者としては必要な資質なのだ。  工事が完成してモノが出来上がれば終わり・・・ではなく
それまでの途中経過がすべて検査の対象になる。  「施工管理書類」 といわれるものがそれだ。
結果良ければ、すべて良し・・・とはいかない因果な世界なのだ。


話をスナックのカウンターに戻すが、なぜ私に 「あたしの話を聞いて・・」 の相談が皆無だったのか?
若く人生経験が不足していたのが、関係しているかもしれない。  さらに、他人に容易に同調しないところが
話をされない原因だったかもしれない。  話をして共感されないんじゃあ、するだけ無駄・・・と。
あるいは、1対1のひそひそ話が危険な行為だと判断し・・・それは幾らなんでも有り得ないか。


「だいたいお前、スナックに行くとき他人を誘ったのか?」  考えてみれば、してない。
しかし事件の依頼人は、向こうから来るものだろう。  なんで探偵から誘わなくちゃいけないんだ。
「それじゃお前の周りには、事件を抱えた者がいなかったんだろう」  それは当たっているかもしれない。
なにせ当時の喜多方は静かな田園都市だったし、市街地の周りすべてが、ほ場整備工事の施工中だったのだ。


気温が21度に下がった。  ますます頭は快調に冴えてくる。

「迷走する瞑想集700」 2017/06/02

かつて日本酒は私の中で、「否応なく飲み会に出席させられ、否応なく飲まされるモノ」 というイメージが
出来上がっていた。  「ビールなんて高い酒を飲んでいる奴は誰だ?」 と言われた時代である。
だから一人で飲む時には、絶対に日本酒は飲まなかった。  燗を付ける手間が、そもそも嫌だったし。


そうだ、あの熱燗のお銚子から注がれる日本酒のムワーッとした飲み口が、すでに拒否反応を誘発していた。
「仕事の延長では飲むが、プライベートでは絶対に飲んでやるか」 と、いつも考えていたくらいだ。
ところがである。  近年、外で日本酒の冷や酒を飲んだ時に、「こりゃあワイン並みの飲み口だわ」 と
驚いたのだ。  日本酒臭さがほとんどしない。  酒造会社の努力の結果でもあるのだが・・・・。


「本当は、日本酒はこういう味だったのか」 私は今まで、誤解していたのかもしれない。
飲み会の攻撃的な日本酒とまるで違う、まさに手酌でやるべき洋酒のような日本酒だった。
当然、ウィスキーとはアルコールの度数が違うから、酔いは穏やかである。  スーッと酔って
スーッと醒めてしまう。  晩酌にはまことに都合がよい。  というわけで


我が家のウィスキーはその仕事を終え、今は日本酒が晩酌の任を担っている。
ただ困るのは、冷やで飲む場合ウィスキーならオンザロック飲める。  つまりウィスキー本体は
冷やしておく必要がない。  しかし日本酒の場合は、そうはいかない。  どうしても
酒本体を冷蔵庫で冷やさねばならない。  しかし一升瓶は、冷蔵庫に入らない。


紙パックなら入るだろうが、私の好む酒はみな一升瓶入りである。  どうするか?
720mLの小瓶に移し替えて、冷蔵庫で冷やしている。  当然、漏斗は必需品だ。
ここのところを、酒造家は考えてみるべきだ。  せっかく手酌用のうまい冷や酒を開発したのなら。


「720mLの小瓶を買えばいいじゃないか」  小瓶では、私の場合3日で空になってしまう。
それに小瓶は経済的にも割高である。  容器の値段が一升瓶とあまり違わない・・・のかもしれない。
ちなみにタバコは、普通サイズとロングサイズの値段が一緒である。  葉の量は明らかに違うのに。


720mL瓶は、どちらかというと贈答用と考えているのかもしれない。
私も貰えるならば、720mL瓶で一向に構わない。  いくら高くても大歓迎だ。
しかし自分で買うとなると、どうしても 「経済性」 を考えてしまう。  酒飲みとは、そういうものだ。


今日もまた冷静な思考ができている。  気温は今のところ23度である。

「迷走する瞑想集699」 2017/06/01

前回 「手の届かぬほど酒の値段を高くしても、酒造業者も消費者もそれに国税庁も、誰も喜ばない。」
と書いたが、税金を上げられて酒造業者と消費者が困るのは分かるが、なんで
国税庁まで困るんだ?  と疑問に思った方には、次の話がしやすい。


タバコは今まで何度も税率をアップさせられてきたが、それで税収が上昇はしなかった。
国税庁の間接税の推移をグラフ(エクセルだぜ) にしてみると、一貫して税収(国税)は減少傾向にある。
増税をしても、焼け石に水だった。  一時的に高くはなるにしても、また減少に転じる。  つまり


増税は、減少傾向を一時的に緩和する以上の効果を示していない。  はっきり言えば、税収が減るのが
分かっているからから増税したに過ぎない。  平成8年から平成27年の間に、タバコの売上本数は
3億5千万本から1億8千万本に減っている。  約半分にまで落ちているのだ。


これで同額の税収を確保しようと思ったら、税率を上げるしか手はないだろう。  しかしそんな思惑は
所詮絵に描いた餅だ。  昭和61年の9,346億円を頂点に、平成27年には6,427億円に落ちている。
だから国は悔し紛れに 「タバコに対する懲罰的増税」 とかほざいたのだ。  「懲罰的」 を被ったのは
国税庁の方だった。


さてこれで 「なんで国税庁まで困るんだ?」 の答えが出たと思う。
嗜好品を増税すれば税収が上がるどころか、消費者は逃げ出すのだ。  だって無くても死にはしないし
むしろ出費が抑えられるんだから。  いっそ 「タバコは国内販売を全面禁止します」 と言ってみたら。
6,427億円の国税は、誰かが肩代わりしてくれるだろうからさ。


タバコを無くすことによって国民が健康になるはずだから、医療費補助から回すのは理にかなっている。
その際、「健康保険制度を悪化させたのは、元喫煙者のせいだ!」 とか言わないでよね。
「勤勉な納税奴隷」 から解放してくれたのは、貴方たちなんだから。

「迷走する瞑想集698」 2017/06/01

日本は麻薬・覚醒剤が禁止されているにも拘らず、薬物依存者はゼロにはなっていない。
違法なことを承知でこれらに手を出すということは、値段が高い云々で根絶することは不可能と考える。
たとえ日本で密輸を完全に防いだとしても、逆に依存者が外国に出てしまえばどうしようもない。
拳銃は国内では実物を見ることも難しいが、外国では観光地で撃たせてくれる所さえあるそうな。


酒に話を移せば、酒をたしなむ人がすべてアル中ではないし、いくらでも購入できる高所得者が
それにより全員アル中患者でないことは、一般的な常識だ。  では 「安い酒」 を造ることは
はたして、アル中患者を増加させるのか否か?


なにか深みに落ちてゆくアル中予備軍とは、ふんだんに酒を飲める裕福な人というよりも
精神的に悩みのある人、もっと言うと 「依存症」 という病が発症した人に限られるように思える。
少なくとも、酒そのものが原因というよりは、飲酒をコントロールできなくなってしまうことが問題なのだ。


喫煙者が全員肺ガンで亡くなることがないように、飲酒者が全員アル中で病院送りになるわけでもない。
リスク頻度の高さを考えたら、車の運転の方がはるかに危険であろう。  しかし運転を放棄する人はない。
最初から免許を取らない臆病な人ならいるだろうが。  「運転者」 という新たなリスクを背負い込むのに
喜々として自動車学校に通う。  陸にいれば安全なのに、海に乗り出してゆく船乗り・・・の心境なのだろう。


それは 「便利」 と秤にかけての決断である。  それでリスクが減少する、わけではないのに。
「酒」 は確かにリスクをもたらすが、反対の効用があるからこそ今まで生き残ってきた、のだと私は思う。
それを 「安い酒は、アル中を増やす」 としか考えられぬ人は、免許を取りたがらない人と同じだ。
手の届かぬほど酒の値段を高くしても、酒造業者も消費者もそれに国税庁も、誰も喜ばない。


まともな職業についている社会人なら、朝は這ってでも勤めに行くから心配ない。
「酩酊の幸福感」 と 「義務感」 を秤にかけた結果だし、「酩酊の幸福感」 は収入が途絶えれば
その時点で打ち止めである。  酒飲みは、もはや否応言える立場にはないのだ。


だから 「安くて美味い酒」 を提供するのは、悪ではない・・・酒飲みの論理の展開なんてこんなものだ
という予想は、最初から付いていたであろう。  酔っ払いは、アル中患者とイコールではない。

「迷走する瞑想集697」 2017/06/01

「よくもまあ、書くことがあるもんだ」 と言われそうだが、小学校の夏休みの宿題日記じゃあるまいし。
成人にもなって、他人に面と向かって話せないことが全然ない・・・ことの方がよっぽど驚異だ、と思わんか?
「守秘義務」 とまでは言わなくても、広言してはまずい案件をかなり貯め込んではいまいか?
「それをネットで言ったら、もっと悪いだろうが」  ひとつには匿名性、二つ目に具体的記述を極力避ける。


「それって役人の、尻尾を掴ませないアレか?」・・・それについては、言及を控える。
「つまり、分かったようで分からない文章の書き方か?」・・・えー、ほかに質問はありますか?
では以上で質疑は終了します。  「という態度で、真相が見え見えじゃないか」 想像するのは自由ですから。


さて、前回(「迷走する瞑想集689」) に縁がなかったとして買うのを諦めた日本酒
本醸造 『あさかの里 疏水紀行(720mL)』、なんとも郡山銘菓と思ってしまいそうな名前だが
れっきとした郡山市西田町・渡辺酒造の、空色のボトルに入ったさわやかな清酒である。


値段も、この手のものとしては最低ランクだ。  だから今日で二本目を冷蔵庫に入れた。
しかし酒飲みの私から言わせれば、これでもまだ高い。  ボトルは正確に三日で空になる。
そしてこの値段で、別の一升瓶(1800mL) が同じ店に陳列してあるのだ。  どう思う?


「どう思う? って、飲めるなら安い方を買えよ」  私は、純米酒とか本醸造とかラベルには拘らない。
「ラベルには、って造り方がそもそも違うだろうに」  それであっても、私の舌は安い酒を排除しない。
むしろ、酒米を精米段階でほとんど削ってしまう 「もったいない造り方」 に違和感を覚えているほうだ。


逆に言えば、同量の酒を造るのに酒米がより沢山いるということになる。  いかに
コンクールで金賞を狙うには必要な技術であっても、酒飲みからすれば 「資源の浪費」 と言わざるを得ない。
味見することで至福に至る程度の人は720mL瓶で充分だろうが、酒飲みは酔っぱらうことが最終目標である。
三日目ごとに空瓶が一本ずつ溜まるのでは、だいたいにして近所への外聞が悪い。


「だったら、紙パック入りの一升酒を買ったらいいじゃないか」  うむ、正論だ。
紙パックなら、燃えるゴミの日に袋にまとめて入れて出せる。  それに安い。  だから私も一時考えた。
しかし紙パック入りの一升酒は、メジャーな酒造会社でしか出していない。  私はマイナーな酒を好む。
「たんに、へそ曲がりなだけじゃ?」  そうであっても、少量生産であろうと、酒は酒だ!


「なに力んでいるんだか。  じゃあ一升瓶をぶら下げて帰ればいい」  やはりそこに落ち着くか・・・・。
ペットボトル入りのウィスキーはあるのに、なぜ日本酒はないのであろうか?
「探せばあるんじゃないか」  瓶入りに拘るのは、リサイクルを考えての事なのだろうか?
紙パック入りのビールが不可能なのは分かる・・・あれは圧力がかかっているから。


日本酒低迷の原因は意外と、高級志向と容器の問題があるのではないだろうか?
最大の消費者である大酒飲みの意向を、完全に無視しているような気が・・・・。
「アル中を増やす気か・・・と言ったら?」  それとは問題が違うだろう。  それともなにか?
日本酒の高級化は、タバコの重税と同じ効果を期待しているとでも・・・酒造家が怒りだすんじゃないか。

「迷走する瞑想集696」 2017/06/01

ツイッターを見ていたらこんなのがあった。
「石黒亜矢子 @ishiguroayako
  わかります。目玉焼きの周りの白身を黄身ギリギリまでたべて、黄身を丸ごと口に入れるのが好きです。」
女性でもこういう食べ方をする人がいるんだ・・・と安堵した私。


ちなみに私の月見そばの食べ方は、そばを全部食べ終わった後に、玉子をグイと飲み込む方式だ。
タンメンの食べ方は、上から順に野菜を食べていって、しかる後に麺に取り掛かる。
「お前、かけそばにして食べてるのか?」 と言われたことがあったが、私の食べ方はこうだ。
他人にとやかく言われる筋合いではない・・・と、一向に気にならなかった。  さらに


カレーを含めてご飯の上に載っているものを、ご飯とグチャグチャに混ぜて食べるという行為が
私には金輪際できない。  カレーでさえスプーン上で、ご飯との境界がはっきりしている。
こういう態度を 「融通が利かない」 と評する向きもあろう。  私はそうは思わない。


融通無碍な行為は、時により他人の中に不信感を招く恐れがある。  自分は、一向に構わないだろうが
一方で、異邦人は他人の目を強く意識するものだ。  不信感を持たれたら、輪に入ってはいけない。
集団から除外されるということは、孤立以上の危険性が生じる。  情報が遮断されてしまうから。


そんな理由もあってか、私は堅苦しいほどの行動規範を採用してきた。
列に割り込みなどの抜け駆け行為は、他人であっても絶対に容認できない。  もちろん私はしたくない。
しかしこれは 「性格」 とは別物だ。  私の性格は、意外とミーハーな部分がある。  しかし


生のままの性格を全面開放していては、いずれ社会内で孤立する・・・とは、子どもの時にすでに学んだ。
今なら 「抑圧」 とか言われそうだが、甲冑を付ければ動きを制限される・・・これも仕方がないことだ。
だから逆に、生のままの性格で許してもらえる 「永住者」 が羨ましかったのも事実だ。


月見そばの食べ方から話がだいぶ逸れたが、今日は雨が降っていて気温は23度である。
わりと舞い上がらない運びで文章を終われそうだ。  気温が5度違うと、こんなにも変わるものかと
自分の変温動物性に愕然とした。

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