« 2017年3月 | トップページ | 2017年5月 »

2017年4月

「迷走する瞑想集669」 2017/04/26

今日、久留米でツバメを見た。  先々週には、三春町で飛び回っていたのに・・・って去年も書いたよなあ。
なぜ三春は早いんだろう?  まさか、咲き誇る桜に引かれて・・・じゃあるまいな?  ところで
私はアパート住まいで動物が飼えないが(飼えたとしても、飼わないだろうが)、外に出れば
動物はどこかには必ずいる。  まず朝は、スズメがうるさい。  まさかアパートが
ねぐらになってるんじゃあるまいな。  山鳩やカラスなら、ウェストがつっかえるところだろう。


ところで確か今日から、猫の写真展が郡山に移ってきたはずだ。  私は猫が、好きでも嫌いでもない。
たぶん猫の方も、同様に考えているのであろう。  道で会っても 「フン」 だもんね。
だから犬の写真は撮れても、猫の写真は皆無だ。  カルガモの写真もかつてだいぶ撮った。
麓山(はやま)公園での時間つぶしだったが。  バスの着く時間帯が早すぎたのだ。


猫の写真家は、ビデオも撮るらしい。  NHKで放送されているが、ほとんど手を伸ばせば届く距離で
撮影している。  あんな事は私には、マタタビでも使わない限り絶対に不可能だ。
女性モデルの撮影と 「おだて」 の手法は一緒なのだろうか?  そうか、おだてが口を突いて出ないから
私には猫と女性が寄り付かないのか。  「何事に対しても正直であれ」 は時と場合に寄るのだな。


それともあれか、自分の感情を言い表す語彙をほとんど持たないから、たとえ好意を持っていたとしても
「お前(猫) には興味ない」 と取られてしまうのか?  それは大いにありうる。
なぜなら仕事上では、「感情の語彙」 は不要だし、使ってはならないのだ。  その 「仕事」 を
何十年も続けてくれば、それは収録語彙数だって増えないわな。  しかし待て。


私よりもはるかに口下手な奴らが、早々と結婚している。  あれは何なんだ?
奴らは少ない語彙数しか持たず、それでいて命中率の高いスナイパーだったのか?  そこで言われるのが
「要は態度なのよ」 の理解不能な言葉だ。  態度が、言葉よりも先を走っていたら、それはもう
まるっきり原始人じゃないか。  言われてみれば、原始人の語彙数は確かに少ない。


男女の仲は原始的な感情だから、より原始人に近いほど成功する確率は高まる・・・と、こういう結論で
意義はないんだな?  しかし、いきなりとっ捕まえて喉をくすぐったって、猫に引っかかれるのは
目に見えているぞ。  やはり、「甘い言葉」 が猫にも女性にも効果的だと、私は考えたい。


聞くところによると、猫がウジャウジャいるカフェーがあるそうだが、なにか女性の男性専用接客業を
連想して、入ってみたいとは思わない。  「素直じゃない」 と言われたとしても・・・・。
猫も、たんに仕事で愛想がいいだけだろうし。  もし入ってみて、それでも猫が寄り付かなかったら。
猫がすり寄ってきたのは生涯に一度だけ。  寝ている足のあいだにサワサワッと潜り込んできて・・・・。

「迷走する瞑想集668」 2017/04/25

ガツンと酔うのがウィスキーなら、フワーッと酔うのが日本酒だと気が付いた。
かつての飲み会の何としても相手を酔わせる日本酒とは、攻撃性がぜんぜん違う。
今の日本酒は、自分で注いで飲む酒だ。  日本酒臭さもほとんどしない。


「ウィスキーとは、アルコール度数がそもそも違うだろう」  確かに・・・ただウィスキーは
「アルコール分〇〇%」 の表示だが。  しかし私は日本酒を、ウィスキーの二倍も三杯も
ガブ飲みはしない。  従って、酔ってもさわやかである。


「それはいい心がけだが、要するに購入費の制約が大きいのではないだろうか?」  なるはど、そう来たか。
確かに酒飲みの飲酒は、利き酒行為ではない。  飲酒の目的は、舌鼓を打つことよりも先に
まず酔っぱらうことである。  この優先順位を忘れてはならない。


従って、酔わずして瓶が空になってしまうような飲み物は、そもそも 「酒」 とは言えない。
強い酒なら、量を減らせば済むことであるが、晩酌の途中でで空瓶になったら
達成感のないまま眠りにつくはめになる。  「あしたまた、酒屋に行かねば」 などと夢うつつで考えながら。


かといって酒屋に、「あいつ、また来た」 と思われるのも恥ずかしい。  大酒飲みの烙印を押されるのは
何としても避けたい。  「酒なら、コンビニでもスーパーでも売ってるじゃないか・・・」
そこまで落ちぶれたくはない。  酒は酒屋で買うべきだ。  たとえ同じ酒を毎回買うにしても・・・・。


酒屋にズラリと並んだ酒瓶を眺めるのは、「酒飲みの世界が広まる」 と感じないだろうか?  無理か。
とにかく、決まりきった酒しか置いてないコンビニやスーパーでは、「発見」 がないのだ。
先に述べた 『ボクの街 郡山』 は、駅のお土産品売り場の日本酒コーナーで見つけた。


発見のない趣味は、ただの習慣となる・・・私の格言だ。

「迷走する瞑想集667」 2017/04/24

手造り純米酒 『ボクの街 郡山』(若関酒造) はとっくに空瓶になり、棚に飾られておる。
本醸造 『三春駒』(佐藤酒造) も空になり、棚に飾ろうかどうしようか迷っている。
どちらもあっさりしていて、飲み口はよかった。  それ以上の批評は、私の口からは無理だ。
違いが分かるほど沢山の日本酒を飲んでいないし、所詮私は飲兵衛に過ぎない。


しかしこれで、郡山市久留米と三春町中町の酒を飲んだことになる。  次はたぶん
郡山市笹川の笹の川酒造か、郡山市田村町の仁井田本家酒造の酒であろう。
「お前は、どんな基準で酒を選んでいるんだ?」  少なくとも、他人の評判ではないことは確かだ。
根がへそ曲がりにできているし、他人が美味いと言っても、私にとって何の保証にもならないから。


それに他人の褒める酒は、概して高い。  上記の720mLのボトルは、三日で空いてしまった。
今や日本酒も、ワイン並みに高額だ。  酔い口は、やはりワイン並みにマイルドだが、たまったものではない。
あのボトルは、味見程度で満足できる人限定であろう。  それで選定の基準の話に戻るが
私は、居住地に近い所からだんだん遠く・・・という選び方でいきたいと思う。


「それが通の言いぐさか」  残念ながら、私は通ではない。  ただの酒飲みだ。
ああそれから、ネーミングやボトルのラベルでも選んでいきたい。  『ボクの街 郡山』 は
かつての赤玉ポートワインのような、でっかい太陽が描かれていた。  『三春駒』 は名前で選んだ。
味についての迷いは一切ない。  かつての飲み会の熱燗の安酒を思えば、もはやぜんぜん別物だ。


しかしソフトなのはいいが、杯が進み過ぎる。  これは酒飲みにとっては、よろしくない。
だから、いまはペットボトル入りのウィスキーに戻っている。  燃えないゴミの日に(月一回)
酒瓶を何本も出すのは気が引ける。  ペットボトルなら、毎週持って行ってくれる。
世間様にどちらが外聞がいいかは、考えるまでもない。  酒飲みでも、いちおう気にはするのだ。


朝ゴミを出す時、不思議と人とすれ違うものだ。  その時、ガチャガチャと酒瓶を抱えていたら・・・・。
だから私は、ガラスボトル入りのウィスキーを諦めたのだ(それだけが理由ではない)。
しかし冷やの日本酒にも利点がある。  それは、氷を冷蔵庫から出す手間がいらないということ。
製氷皿から角氷を剥がすのは、意外と手間取る。  それで晩酌の開始が遅れるのは、飲兵衛がもっとも嫌う。


だから飲み会では、「とりあえずビール」 なのだ。  いきなり 「熱燗で!」 などと頼むと
間違いなく白い目が向けられるだろう。  ルールを知らない奴だ、そんな言葉を吐けるのは。
かえって酒が早く出すぎて、つまみが追い付かない場合も無きにしも非ずである。  私はそういう店を
一軒は知っている。  ビールの味は最高だが、ジョッキ二杯目でつまみがやっと追い付く店を。


「うちは一応レストランだから」  「だったら、美味いビールなど置くな」。

「迷走する瞑想集666」 2017/04/24

今回のナンバーは、私の宗教では関係ないのだが、なんとなく嫌な番号だ。
無性格な 「数字」 に何かの意味を感じてしまうのは人間の仕業だが、それから言えば
数字が一つ二つ動いても、支障は出ないのではないか。  たとえば


「三春」 ではなく、他の春の花を足して 「五春」 と改名しても反対はできない。
「二本松」 が、なんで二本でなければならないのか?  現に 「一本松(三春地内)」 の地名は存在する。
「八」 が末広がりで縁起がいいと考えるのも、漢字で見ているからに過ぎない。


円周率が表示しきれない数字であっても、円とその直径を作図で示すことは可能である。
ある数字を3で割り切れなくとも、その長さの紐を三等分することはできる。
数字は必ずしも自然界に必要なものではない。  ただ人間が、その 「眼鏡」 でものを見ているだけだ。


「自然は数字で表せる」 とは、人間が言っているに過ぎない。
しかし我々は人間を出られないから、それを否定することはできない・・・が、あくまで独りよがりだという
認識を忘れてはならないと思う。  自然界には 「限界値」 という概念はないに等しい。


人間が高さ10mの津波を想定していても、12mの津波が襲ってこない保証はどこにもない。
地震がほとんど起こったことがない地があっても、永劫起こらないという保証はない。
だから自分が今生きているということは、先祖が生き残ったことの証でもあるから、奇跡的なのだ。


・・・という有難みを、人は往々にして忘れる。  「自分がいなくても、なにも変わらない」  確かに
自信喪失時はそう感じるだろう。  しかし貴方も私も、過去の歴史の勝者であることに変わりはない。
でなければ、貴方の系統樹はとっくに途切れていたであろう。  先祖が生き抜いたおかげなのだ。


「それは、たまたまだろう」  しかし、たまたまが何百代にもわたり運良く起こることはゼロに等しい。
たとえ平凡な人間であっても現代において、数々の淘汰に生き抜いた特等席の優待券を持っている・・・と
私は考えることにしている。  我々は、みな勝者の末裔であると・・・・。


その入場券でどう生きるかは、個人それぞれの選択だ。

「迷走する瞑想集665」 2017/04/23

いつでも設計変更に応じる用意のある柔軟な技術者は、一方で常に理由を説明できる備えがなくてはならない。
その能力に欠けていると、頭の固い技術者が出来上がる。  なぜ変えたかを説明するのが不得手なため。
また利用者には、「なぜ変えてはいけないか」 も説明できなくてはならない。  利用者は
いろいろ勝手な案を持ち寄る傾向にあるから。


「なぜ変えてはいけないか」 を説明するためには、「なぜ他の方法が、この方法より劣るのか」 を
併せて説明できなければならない。  ということは、視野がかなり広くないと説明は空念仏に終わるだろう。
念仏では、利用者の不満は解消できない。  解消できないと、いつか邪魔が入る恐れがある。


説明したとおりの事を 「確実に遂行している」 ことを見せるのも必要だ。  いったん信頼関係が
崩れた後のやりにくさは、原発事故でようく判ったはずだ。  「なにか嘘をついている」 と思われたら
一切の説明が信頼できないものに変わってしまう恐れがある。  間違えていたら 「間違えていました」 と
素直に頭を下げた方がなんぼかよい。  少なくとも、嘘つきの烙印を押されることは避けられるだろう。


騙そうという意思がないことを確認し合うのが、まず話し合いの第一歩だと思う。
説明会は外交交渉とは違う。  騙しても有利な結果を得るのを肯定されるのが外交交渉だが
説明会に 「騙し」 は、いい結果をもたらさない。 利用者がひどい目を見るか、補助金を返せと言われるか
二つに一つである。  どちらがどちらを騙しても、幸福な結果は訪れない。


技術者はむかしは作業場に籠もり、正確な設計を行っていれば良かったが、昨今は
説明会で住民への詳細な説明を求められることが、少なからず業務に入ってきている。
工事内容の質疑応答に関しては、事務屋も政治家も無力である。  だから技術屋は、一般向けの 「言語」を
専門用語以外に装備しなければならない。  それは、学校では教えてくれない。


・・・と、このようなことは今時の技術者なら、多かれ少なかれ身に染みているはずである。
「技術屋は事務屋に転身できるが、事務屋が技術屋に転身することは不可能である」 とは
先輩から言われた言葉である。  技術屋まがいの事はできるだろうが、責任は取れない。
技術屋はどちらかと言うと割の合わない職種だが、自分の設計したものが形になって残るのが救いだ。

「迷走する瞑想集664」 2017/04/22

とかく技術者は 「残業を沢山しなければならないほど、重要で事業量も多い仕事を任せられている」 と
誇りたがるものだが、そんな不均衡な仕事配分を割り振る上司が無能だとは、なぜか考えない。
だから技術者は、シジフォスのことを笑えない。  両方とも、不満を言ってみたところで
どうにもならないのは一緒だ。


その場合本当に、自分が他人の二倍の仕事量を担わされていると判断するなら
上司に増員を直訴するはずだ。  あるいは、給料を二倍くれと掛け合うとか・・・・。
その気配もない場合、単に他人の二倍の精度で仕事をやっているに過ぎない、という可能性がある。


そこで上司が、「もっと精度を落とせよ」 とも諫められないだろうし
半分の精度で仕事をしている他人を見て 「奴らは、手を抜いてやっている」 と馬鹿にしきっている状態
だろうから、もはや何を言っても無駄だ。  たとえ他人から見て 「あいつは、やり過ぎだ」 と
陰口が囁かれたとしても・・・・。  なんせ


「より精度を上げる」 ことは、技術者にとっては 「正義」 である。
だからやり過ぎに対しても、間違いを犯さない限り、技術上は責めることができない。  それに
技術者はいわば 「一国一城の主」 に近い状態だから、たとえ周りから浮いていようとさほど気に留めない。


そして、そういう技術者は押しなべて体が頑強だから、入院してしまうことも期待できない。
ただ一つ叱責を食らうとすれば、期限内に仕事を仕上げられなかった時だけであろう。
しかし周りのみんなは、本人の仕事の仕方にこそ問題があると思っているから、誰もあえて手を差し伸べない。
「てめーら、手を抜いているだろう」 と腹の中で思われていて、なんで手伝ったりしますかいな。


かくして、本人の悲壮感は一層の輝きを放つこととなり、上司だけがアタフタする。
・・・というフィクションを紹介したが、実在の人物とは関係ありません。
精度だけを重視して工期を軽視する技術者は、研究者にでもなったほうがましだ・・・と私は考えている。


技術者の仕事は一人で完結するものではない、という意識がこの人らには決定的に欠けている。
調査会社、設計コンサルタント、施工業者、それに最終的な利用者、これらが寄り集まって
優良な成果品が作り出される、という事実を無視している。  お山の大将一人では、所詮無理なのだ。


無理なのをあえて押し通そうとするから、おかしなことになる。
彼の過度に緻密な設計図面が、施工業者に喜ばれ、すべての利用者に大歓迎されるものなら、すでに
多くの技術者が真似をしたはずだ。  しかし現実には、そういった差は現れていない。


かえって、現地にあまり赴かず作業室に閉じこもる技術者の成果品は、現実から遊離したものになる恐れが
多分にある。  誰の言葉にも耳を貸さなければ、間違いなくそうなる。
柔軟な技術者は、優秀な技術者とは言い難い・・・という固定観念は間違いであると気が付くべきだ。


成果品を我々が利用しなければならないという点で、すでに芸術家とは違うのだ。

「迷走する瞑想集663」 2017/04/22

前にも書いたことがあると思うが、就職して最初に先輩に教えられたのが 「時間に合わせて仕事をしろ」
という言葉だった。  これを具体的に言うと、「国から緊急の調査物が飛び込んだ場合に
相手(国の方) も百パーセントの精度など求めてやしないんだから、いつまでも書類を引っ掻き回さないで
期限内にちゃんと報告してやれ」 ということなのだ。


確かに調査物の精度は、参照する簿冊の数と出先とのやり取りの度合いに関係してくる。
しかしそれに手間取って提出に遅刻してしまうと、相手様の本省への報告にも遅れが生じてしまう。  つまり
集計ができない(当時は電卓か算盤だ)。  さらに、時間内に提出した他県に対しても申し訳が立たない。


だから、何を差し置いても 「遅れるな!」 と言ったのだろう。
「そうか、役所も所詮人間が運営してるんだ」 と思った瞬間である。
その後現場に出て、先輩方のソツがなくしかも早い仕事ぶりに感心したものだ。


中には 「仕事の虫」 もいたにせよ、それはそれで尊敬はしたが、ああはなりたくない、とは感じた。
彼らは言っちゃ悪いが 「自己満足の世界」 に浸っているような気がして、いま一歩同調できなかったのだ。
一応公平に事務分担が割り振られているはずなのに、ああも残業しなければ仕事が終わらないのか・・・と
不思議だったのもあるし。  かといって、自分には手を抜くべき箇所がどこか分からない。


手を抜くとは精度を落としてもいいというだけの事なのだが、新米にはそれが見当つかない。
経験者はトータルの工事費を見ただけで、設計書内のどこかに違算をしていると分かるらしいのだが
そのデータベースがそもそもできていない新米は、結局何度も何度も検算を繰り返す。
心がけとしては良い事なのだが、効率としては最悪だ。  それで、間違いがなくなるわけでもないし。


経験者でもミスが皆無というわけではない。  単純な計算間違いは、私も見つけてあげたことがある。
しかし、最終的にみて経験者はソツがないのだ。  なぜだろうと考えたことがある。
経験者は、ミスの後処理が迅速且つ適格で、それでソツがなく見えるのだという結論に達した。


とかく新米は、ミスをした途端途方に暮れてしまう。  あるいは、どれが効くか判らないから
滅多やたらに処方してみる。  結局直りが遅くなり、事が表に出てしまう。
個人のミスの対処法なんて、マニュアルに詳しく出ているはずもないのだし・・・・。

「迷走する瞑想集662」 2017/04/22

お役所は縦割りだとか、仕事が遅いとか、他人の職務には指一本動かさないとかまで言われている。
それは、年度当初の事務分担表に、事細かに明記してあるのが原因している。
この硬直化した作業体系ではいけないというわけで、「フラットで柔軟な」 組織体系に作り替えようとした。


つまり 「業務」 を、特定の個人に固定させないという方式で、「作業させる」 側から見れば
まことに都合がよい。  しかし、「作業させられる」 方からすれば、そうとばかりも言えない。
なぜなら、作業のスピードには個人差があるからだ。  成果の出来栄えが、たとえ一緒だとしても。


すべてに100パーセントの精度を求める者は、精度を柔軟に配分して短時間で仕上げる者より
仕事が遅いのは容易に想像がつくだろう。  そして 「精度の配分」 は、まさに経験の賜物である。
しかし上司は成果を待つ身だから、いつまでも仕上がらないと 「君、手伝ってやってくれ」 となる。


これが 「フラットな組織」 の良い所ではあるが、最初の事務分担表では公平に割り振られていたはずである。
それが壊されて、なし崩し的に仕事が回ってくるとしたら、たとえ超過勤務手当を貰えたとしても
はたして割り切れるものだろうか?  「あのグズのせいで」 とならないだろうか?


「フラットな組織」 とは 「職員善人説」 で成り立つものである。  誰でもが喜んで他人を手伝う。
しかし実際は、「できる者」 に仕事が集中してしまうのが実状だろうし、スローペースの者は逆に
仕事を取り上げられてしまったと感じるだろう。  この二者が机を並べているとしたら・・・・。


だから安易に、仕事を移動してはならないのだ。  スローペースの者の仕事量を減らしたかったなら
最初の事務分担の段階で調整しておかねばならない。  でないと、係内はギクシャクしたものになり
結局は、係長が自ら仕事の肩代わりをする羽目になる。  これは、微笑ましいという問題ではなく
明らかに職階の職務分担を壊す行為である。  たとえ上司が暇であっても・・・・。


マニュアルを作るときに、次々に例外規定を見つけ出す者と、よりシンプルに作っておいて
あとはその場で考えようとする者との違いともいえよう。  例外規定で分厚くなってしまったマニュアルなど
結果として誰も目を通しはしなくなるのに、目先のことだけで、あとの結末まで思いを馳せられないのだ。


結局は、すべての職員が期限ギリギリに仕事を仕上げるようになる。  これは断言できる。
そうすれば、少なくとも職務の移動は行われないから。  たとえもっと早く、仕上げることが可能だとしても。
早く仕上げることが、本人にとってのデメリットにしかならないとしたら、誰が好き好んで・・・となるだろう。
「職務のフラット化」 は、こういう危険性をはらんでいる。  必ずしも効率化へと向かわない恐れが。

「迷走する瞑想集661」 2017/04/21

確かに郡山の一大構造物は、天守閣ではなく 「安積疏水関連施設」 になるであろう。
会津若松市には 「鶴ヶ城」 があり、白河市には 「小峰城」 があり、二本松市には 「霞ケ城」 があり
三春町にさえ 「舞鶴城のあった城山」 があり、いわき市には 「平城跡」 が常磐線いわき駅の裏に
そびえている。  しかるに郡山には、城山どころか石垣やお堀の跡さえ存在しない。


なにも、市の教育委員会の調査がダメだと言っているのではない。  それ関係の本を見ると
郡山周辺にも小さな城塞がかなりあったことが判る。  しかし 「ここがそうだ」 と言われない限り
素人には、自身で認識することは不可能なのも事実だ。  つまり、何を言いたいかというと
「郡山には、明治より前の心の拠り所がなにもない」 ということだ。


「大安場古墳群(おおやすばこふんぐん)があるじゃないか」  確かに郡山市田村町に、全長約83mの
前方後方墳(後円墳ではない) が存在する。  しかしあまりに古すぎるし、だいいち誰が祭られているかも
よく判らないんじゃ、親近感なんて湧くわけがないだろう。  そこがお城と決定的に違う。


巨大構造物には、それに関連して人名が絡んでこないと、宙に浮いたものになる。
だから安積疏水には、ファン・ドールンが必要だったのだ。  なんでも数日しか滞在しなかったようだが。
この構想(猪苗代湖から用水) を最初に抱いた人物は郡山ではなく、須賀川の人だったらしい。
羽鳥用水の構想者は、地元の人(矢吹町) だったのに・・・・。  ところで須賀川市は実は
安積疏水と羽鳥用水の両方の水が届いている、いわば中間地点にあたる地域である。  そして


悔しいことに須賀川にも、お城があった。  須賀川市諏訪町の二階堂神社が、その本丸跡だそうである。
お堀はすべて埋められたみたいだが、風説によると、その埋められた跡が今回の震災で、特に被害が
大きかったとか・・・しかし、真偽のほどは判らない。  なんせ私は建築士ではないもんで。
それに何といっても須賀川市には、福島空港がある。  ただし、南半分は玉川村の敷地だが。

「迷走する瞑想集660」 2017/04/20

田村市は、そのずっと以前から同じ田村郡内に 「田村町(現:郡山市田村町)」 というのがありながら
それでも 「田村市」 の名を選んだ。  これは 「伊達市」 が 「伊達」 の名に拘ったことと似ている。
伊達氏発祥の地だから、というのが言い分だがそれにしても、宮城県内でもないのによくもまあ・・・・。


同じ地名同士は友好協定を結びやすいかもしれないが、唯一無二の名前ではなくなるから
独自色を打ち出す際には、かえって邪魔になる・・・と私は考えている。
独自色を打ち出すということは、場合によっては他を蹴落とすことと表裏一体だ。


福島県民は、あまりそういった行為はしたがらないようだが、テレビタレントに登りつめるのでさえ
その行為と無縁では済まされない。  政治家や企業人のトップになるのも同じこと。
だから福島県人は、あまり目立たないのかもしれない。  補佐役には有能な人材が沢山いても・・・・。
言葉を替えれば、トップが危ういことを肌で知っているのかもしれない、とも言える。


危うい己の座を守るためには多少の無理をも・・・ということが、好きでないのだろう。
だから、かつての伊東正義衆議院議員(会津選出) のように、首相の座を惜しげもなく断れるのだ。
「潔い」 と言う人もあるであろうが、それだけではない県民性を感じる。  あれが山口県人だったら・・・。


おそらく西の人から見れば、「なんと愚かなことを」 と思えたであろう。  トップの座が
向こうから降って来てくれたのに・・・と。  到達性を重視するか、永続性を重視するかの差であろう。
残念だったが決断は立派なものであったと、私は思っている。


ところで故伊東正義氏とは、一度だけ握手をしたことがある。  私の会津若松時代に、選挙の折だったろうか
事務所を訪ねてこられた。  グローブのような分厚い手だったことを憶えている。
伊東正義氏は当時、同じ自民党の渡部恒三氏と会津地方で、トップ当選のつばぜり合いを演じていた。


当然、有権者は真っ二つに分かれる。  それは私の仕事相手である農家であっても、例外ではない。
さすがに玄関の外にポスターを張り出す家はなかったが、戸を開けると正面にどちらかのポスターが
掲示されてある。  「ああ、この家は〇〇側なんだ」 とすぐに解る仕掛けだ。


会津人はよく、心を開かないと言われるがそうではない。
飲んで、会津人ぐらいよくしゃべるのも稀だろう。  むっつりして酒を啜っていると思ったら大間違いだ。
では、なぜそう誤解されるのか?  私に推測だが、相手が何を考えているか判らないと口が重くなるようだ。
だから、たとえ敵方でも相手の真意が判明すれば、口は滑らかになりだす。  その話題を避ければよいから。


とにかく酒宴は、会津人の最高のもてなしである。  というか、冬はほかにすることがない。
つまみにはほとんど手を付けず、ひたすら酒と会話が続くのだ。  とにかく会津は、静かな所ではない。
戊辰戦争ではご存じの通りだし、喜多方市塩川町では自由民権運動の狼煙が上がった。
アルコール飲料(つまり日本酒) の製造元が集中しているのも、会津だ。  当然消費者も・・・・。

「迷走する瞑想集659」 2017/04/20

「郡山出身です」 と答えて、(大和)郡山と取られてしまうのが(特に西の方) 癪だ・・・と書いたが
「会津出身です」 とか 「いわき出身です」 とか 「福島(市)出身です」 と答えたとしても
誤認される恐れはない。  だから、今のままでも(郡山でも)いいじゃないか、とは全然考えていない。


人間だって、同姓同名の他人がウジャウジャいたら、自己同一性が薄まるじゃないか。
「郡山ラーメン」 がパッとしないのも、ひとつにはその地名のせいではないか?・・・と私は
常々疑念を抱いている。  もちろん、それだけではないと思うが・・・・。


ちなみに、JA郡山市が販売している米の名前は 「あさか舞」 である。  「郡山米」 ではない。
なぜか?  郡山の名を冠した途端、産地がどこか判らなくなる恐れが多分にある、からではないか?
「郡山ナンバー」 の車で関西を走っても、おそらく違和感はそれはど湧かないはずだ。


これでは産地間競争の激しくなった現代において、後れを取るのは必定。  地名は唯一のものが望ましい。
かといって、まったく新しい地名を考案しても 「E電」 の憂き目を見る。  であれば
三春町に強引に結婚を迫り、それを機会に市の名前を 「安積市」 に改名してしまう・・・これしか
方法はない。  私は 「いわき駅」 を、「いわき平駅」 に改名させたいと願っているから


ついでにもう一つ、「安積市誕生推進委員会」 なるものも立ち上げようかと、ここ数日考え始めた。
冗談のようだが、全部が冗談ではない。  申請書類や判子を作り直すのは大変だろうが
現に改名した地域は幾らでもある。  なにも法令違反を犯そうとしているのではない。


私は、「田村市」 の命名は、当然だろうなあとは思いながらも、秀逸だと感服している。
あの名前以外には、頭をひねっても考え付かない。  あの名前には、合併したすべての町村民が
表立って反対はできないだろう。  もっといい名を、心に秘めていたとしても・・・・・。


なんつったって、坂上田村麻呂の由来の地名なんだから。

「迷走する瞑想集658」 2017/04/19

だいたい市街地のど真ん中にある神社が 「安積国造神社」 なのだ。  市を改名しても困らない。
困るのは 「郡山高校」 「郡山北工」 「郡山商業」 「郡山東」 の高校ぐらいのもんだろう。
ちなみに私んとこは 「安積高校」 である。  「安積」 のほうが、昔は一般的だったのだ。  ほかにも
「帝京安積」 とか 「安積黎明」 とか 「あさか開成」 とか、高校の仲間はいっぱいいる。


ただ困ることが一つある。  それは郡山市の中に、安積町が既にあることである。
しかも、範囲がかなり広い。  改名した時には、「安積市 安積町」 になってしまうのだろうが
それでは、今は市街地の南のはずれにあるのに、まるで市の中心地のイメージを与えてしまう。
「それで支障があるのか?」 それは安積町の人は、それでもいいだろう。  勘違いさせておけばいいから。


しかし、本来の市街地の中心部に住む人たちは、そうは思ってくれないだろう。
「なんかおかしいよなあ」 感情を清算するには、長い年月が必要かもしれない。  あるいは
郡山の住民は、伝統に拘らないのも事実だから、意外と早く切り替える・・・かもしれない。

「迷走する瞑想集657」 2017/04/19

やはり他県に同じ、しかもよりビッグな地名があるのは、よくない。
たとえ 「大和郡山」 だとしても、一般人は 「郡山」 と発音しているはずだ。
かといって乗車券のように 「北郡山」 も癪だ。  ならいっそ 「安積市」 に改名しては?


埼玉県に朝霞市があるが、読みは同じでも文字が違う。  そして、知らない奴は間違いなく
「やすづみし」 と読むはずだ。  私は西で、高校名で散々経験している。  しかし
なかなか読めない地名はいったん覚えてしまうと、同名がまったくない利点に変わる。
ラジオの音声だけだと、「朝霞市」 と間違えられる恐れは多分にあるが。


なら 「安積野市」 のほうがもっとよいではないか?
「ゴチャゴチャ言ってるけどお前、自分とこの地名が気に食わないのか?」  そういう訳ではないが
なんとなく冷たいイメージが拭えなくてね。  その理由は二つある。  一つ目は
東北にある 「こおりのやま」 という呼び名がが、そもそも暖かくないだろう。  二つ目は


「郡(こおり)」 というのが、大化の改新時代に制定された行政の区割りだから、歴史は感じさせても
なにかお役所的な冷たさを感じる・・・以上だ。  「二本松」 や 「三春」 のほうが、まだ
地域性を感じる。  三春は寒い地方だから、梅・桃・桜がまとめて咲くという意味らしい。
私個人としては、「郡山」 の名称は、福島県一の官僚性を感じるのだ・・・住民とは関係ないが。


だいたい中央政府のあった付近の 「(大和)郡山」 の地名を、恥ずかしげもなく名乗ることは
尻尾を振っているようで恥ずかしい。  だからもし、また合併が行われるようなら、その時は
改名のいいチャンスだと思うのだがいかがか?  「それじゃ、郡山ナンバーはどうするんだよ?
もうかなり着けて走ってるぞ」  10年も経てばまた車を替えるから、それまでに順次・・・それに


プレミアが付くかもしれないし・・・・・。
「安積疏水」 を 「日本遺産」 で売り出したいのなら、地名を 「安積市」 に替えたとしても
なんら非難されるべきことではないのではないか?

「迷走する瞑想集656」 2017/04/19

郡山市には 「大きな逸話」 がほとんどない。  もっとも、それがために経済でのし上がってきたのだが。
隣の須賀川市の両円谷(円谷幸吉、円谷英二) や、三春町の愛姫(めごひめ) や、矢吹町の中畑氏のような
超有名人がいない。  映画「釣りバカ日誌」 のハマちゃん(西田敏行) がいるだろうに・・・ではあるが
「オレ郡山出身なのよ」 と言うと、「ああ、奈良県なのね」 となりそうで、なんかなあ・・・・。


確かに、脇目もふらず産業発展に尽くしてきた業績は評価するが、落ちぶれ貴族に 「成金め!」 と
陰口をたたかれる 「新興ブルジョアジー」 のようで、どうしても格式に憧れてしまうのが郡山市なのだ。
いま 「安積疏水」 を逸話にしようと目論んでいるみたいだが、あれはあくまで 「事業」 である。
いわば会社の業績みたいなものだから、親近感には欠ける。


もし、猪苗代町が郡山市と合併になれば、猪苗代湖のあと半分と野口英世が手に入るのだが・・・・
などという妄想はよくない。  郡山出身の歌謡曲の作曲家に、市川昭介氏がいたにもかかわらず
郡山市と関係づけて語られることが少なかった。  やはり前に述べた 「奈良県なのね」 が原因か?
久米正雄(久米正雄記念館がある) なんて作家の本など読んだことないし、だいいち彼は長野県生まれだ。


どうにか名前が知られだした 「うねめ祭り」 にしても元々は、市内片平町のローカルなお祭りだった。
それを郡山市が拝借して、大々的なお祭りに仕上げてしまった。  貧欲といえば貧欲だ・・・・。
アレは 「見せる」 お祭りと割り切って、郡山市民は 「安積国造神社の秋季例大祭」 を心待ちにしている。


郡山からは安達太良山が望めるが、それから連想される高村智恵子(高村光太郎の妻) はまことに残念ながら
郡山出身ではなく、二本松出身である。  芭蕉も奥の細道で須賀川には長逗留したが、郡山では
ウンでもスンでもない。  郡山は住むには便利だが、文化には不向きな土地なのかも・・・・。
ところで 「楽都・郡山」 は大丈夫なのか?  街角に歌声など聞こえないぞ。

「迷走する瞑想集655」 2017/04/19

三春町には大昔、映画館がなんと二つもあった。
私も、その一つで怪獣映画の三本立てを見た記憶がある。
その当時、まことしやかに囁かれていた伝説に 「三春で猫の映画を上映すると、火事が起きる」
というものがあった。  少なくとも子供同士では、かなり本気で言われていた。


現在猫などはどの映画にも登場するが、幸いにして三春町に映画館はなくなっている。
だから、真偽のほどを検証することは、今となっては不可能だ。  当時、三春町内で火事を目撃したことが
二度ほどあったが、その直前に 「猫の映画」 が上映されていたかどうかは憶えていない。


そのうち一度は、私の中学校から出火した。  校舎の半分ぐらいが焼け、原因は付け火だった。
次の日の朝校庭に集められた時に、「猫の一件」 を言い出す奴は一人もいなかった。
根拠のない伝説だったのか、あるいはショックが大きすぎたのかは定かではない。


その思い出の中学校も、統合のあおりで郊外に移転してしまった。
しかし三春町も、鉄筋コンクリートの立派な校舎を捨てて、郊外に新築してしまうとは
なんとも太っ腹である。  あるいは、耐震基準を満たさなかったのかもしれない・・・が
補強工事は郡山でもどこでもやっていることだ。  やはり三春町は変わっている。


どこかに資金源があるのだろう、通りの街並みはガラッとモダンに生まれ変わった。
ただし、裏町と町役場は別である。  三春町は、はっきりと農業から観光へと舵を切った・・・と思える。
街並みは新しくなったのにも関わらず、通りに面した三春小学校の古臭い校門には手を付けていない。
「堂徳明」(右から読む) の文字が掲げてあるその校門の前で、私は卒業記念写真を撮られた覚えがある。


しかし役場を立て直さないのはなぜだろう?  はっきり言って、内部も暗い。
統合中学校をポンと建て、街並みを一新し、「まほら」 というホールまで建てられる財力があるのに
なぜガタガタの庁舎建物を誇示しているのか?  下種の勘繰りだが、郡山市か田村市との合併もやむなしと
考えているのか?  と思えなくもない。  しかし財力と負債のある町だけは、なぜか合併しないのが事実だ。


もし仮に三春町が合併するとしたら、郡山市と田村市とのどちらであろうか?
気位の高い三春町だから、田村市とは難しかろう。  かつては、同じ田村郡だったにしても・・・・。
「市役所庁舎は三春に置くからな」 ぐらいは平気で言うだろう。  現在の力関係など一顧だにしないはずだ。
ことによったら、「三春市」 に名前を替えさせるかもしれない。  そのぐらい名前に誇りは持っているし。


では、郡山市とならどうか?  当然、飲み込まれることになる。  圧倒的力の差があるから。
すでにかつての田村郡の仲間の、田村町、中田町、西田町は郡山市との合併を果たしている。
郡山市としては 「おいしい」 合併だろう。  滝桜と桜湖(郡山市の水源ダム) が手に入る。
ことによったら、舞鶴城(三春町) の再建までやらかすのではないか?  郡山には、城がない。


これは白河市における、西郷村の位置付けに似ているといえるだろう。  喉から手が出るほどに欲しいのに
ぜったいに合併してくれない・・・メリットがないから。  実は
東北自動車道の 「白河インターチェンジ」 も、東北新幹線の 「新白河駅」 も、白河オリンパス工場も
みんな西郷村の敷地内にある。  それが悔しくて白河市は 「白河中央スマートIC」 を新設させた。
おそらく、東村や大信村や表郷村との合併よりも先に、西郷村との合併を望んでいたはずだ。


だから郡山市が三春町からの合併の打診があったなら、一も二もなく飛びつくはずだ。
安積疏水のほかにまた一つ、「歴史」 が我が物になるから。  郡山市はネームバリューに乏しいのだ。
郡山市は読売巨人軍に似ているともいえる。  なかなか自前の選手育成ができなく、他チームの主砲を・・・。

「迷走する瞑想集654」 2017/04/19

一回で回り切れないほどの歴史的遺産が一カ所に、というなら場所は限られてしまう。
東京と京都ぐらいしか、該当はしないのではないか?
たとえば長崎市内にしたって、朝早くに出発して市電で観光地点を巡ったなら
夕方には主だったポイントを見て回れて、仕上げは 「夜景見物」 となるであろう。


「そこに行った」 というだけなら、幾らでもスピードアップは可能である。
日本人がそれで事足れりとするなら、消費と満腹感に至るハードルは下がるばかりである。
すると 「観光とは、観光物件を見ることだけなのか?」 という根源的な問いにぶつかる。
「そうだ」 とすれば、目的地の数はだんだんに減りこそすれ、増えることは絶対にない。


彼は夢を実現すると言いながら、実は夢を食いつぶしている・・・とならないか?
観光はデータベースの作成とは違う。  訪問すればその地は消えてなくなる、というものではないはずだ。
そこで 「新たな発見」 が重要になってくる。  歴史的遺産の絶対数ではなく
そのつど再発見をさせてくれる遺産こそが、再訪問者を造り出す・・・ような気がする。


だから底の浅い歴史的遺産では、すぐに飽きられるのは必定だ。
底の深い歴史的遺産であったなら、たとえ柱の刀傷でも立派な観光物件になる。
一方で底の深い歴史的物件は、保存と研究に金がかかるのも事実だ。
要は、そこの首長と住民の覚悟のほどになるのだが・・・・。


ところでタクシーの運転手さんが、「三春は北の鎌倉でしょう」 と言っていたが、私は
本物の鎌倉を散策したことがないので、判断は保留にした・・・が
夜は死んだようにひっそりとなる古い小城下町が 「鎌倉」 だというなら、それは当たっている。
しかし 「本物の鎌倉」 と 「疑似鎌倉」 では、歴史の重みが全然違う。  本家に失礼だ。


三春町は鎌倉と同じように、市街地が山に囲まれ郊外に発展できない。
それが一種の閉鎖性を生み出す。  私が小学生の時、浜から引っ越してきて感じたものだ。
開放的ないわき地方や郡山とは、明らかに性格が違う。  「それが鎌倉だ」 と言うなら、当たっている。
また三春藩は、和算などの文化の中心地でもあったようで、安積疏水開発の技術者にも多数参加したらしい。


戊辰戦争の時にはさっさと西軍に寝返って、末代まで二本松藩に恨まれた歴史を持ち
「大郡山が三万石だったのに対して、三春藩は五万石だった」 と嘯く屈折した心情を持つ町
それが鎌倉に似ているというなら、その通りだと言わざるを得ない。
最近では、独自の判断でヨウ素剤を町民に配布してしまった町・・・憶えているだろう、それが三春町だ。


やんちゃぶりなら、矢祭町といい勝負だ。

「迷走する瞑想集653」 2017/04/18

本来なら今週が桜の満開となるはずなのだが、昨日の雨と風で無残な姿になってるかもしれない。
それはそれでいい事だ。  桜の時期は、人が異常に押し寄せるから。
また静かな時が訪れる・・・お土産屋さんには悪いが。


桜のピークはいいとこ1~2週間。  そしてそれが終われば、人混みは去ってしまう。
「桜」 は単発のイベントに似ている。  開催時期以外は、人は寄り付かない。
「自然」 を売り物にすると、押し並べてこうなる。  観光地は、歴史と伝統を売り物にしないと
一年を通して観光客が訪れてはくれない。


「食べ物」 をメインに据えても、「じゃあ、都会でもそれを売ってくれ」 でわざわざ出かけなくなる。
絶対にそこを動かせず、且つ時期に左右されない 「集客物」 は、やはり歴史と伝統しかない。
だから会津は強いのだ。  べつに裏磐梯(スキー場も) があるからではない。
「しかし歴史だけでは、一度訪れたら終わりだろう」 そこが頭が痛い。


一度の旅行で回り切れないほど歴史的遺産が沢山あるなら話は別だが、観光バス会社も必死で案内する。
だいたいは一回の旅行で見終わってしまうから、リピーターにはなりえない。
「それじゃ、地形あるいは温泉ならどうだ?」 なるほど見飽きることはないだろう。
しかし鍾乳洞がどこにでもあるわけではないし、温泉は全国に競争相手がひしめいている。


結局は 「複合型」 の観光地を創造するしかないのであろう。
それもこれも元はと言えば、日本人がセカセカし過ぎるのが原因なのだ。
これだけ発展したのだから、もっと鷹揚に構えていてもいいのに・・・・。

「迷走する瞑想集652」 2017/04/18

三春町内の桜は、ひとりのソロアーティストによる独奏の美しさではなく
名もない団員たちによるオーケストラの合奏に似ている。
混然一体となった満開の風景の前では、〇〇桜などという個別の名前などどうでもよくなる。


もちろん町内の桜にも、名前がついているのがなくはない。
しかしそれとて、周りの桜が同時に咲いているからこそ一層美しいのだ。
私個人とすれば、ポツンと一本だけ花を咲かせている巨大な桜の大木より
「春」 を感じさせてくれる桜のハーモニーのほうが好きだ。


と言うと、「へそ曲がり!」 の声がかかるのは当然承知している。
しかし 「桃源郷」 とは地域を指す言葉であって、一本の銘木を指すのではないことは理解できるはずだ。
もちろん一本の銘木の方が、感動するのに 「わかりやすい」 のは事実だろう。
荘厳な感じはするかもしれないが、包み込むような幸福感は得られない。


私はおもに、バスで郡山駅前(6番線)から三春に出かけることにしている。  すると
阿武隈川を渡って舞木あたりから、山の斜面に立っている桜が目に付くようになる。  つまり
オペラは序曲から始まるのだ。  高速道路を観光バスで出向いても、ハイライトしか見れない。
三春駅からは臨時バスも出ている。  こちらも滝桜に着くまでに、タップリ田舎を堪能できるだろう。


田舎ののんびりした空気は、実際に降りてみないと実感できない。
通行人になどめったに会わぬから、安心されたし。  ただし
背後からの車には気を付けられたい。  運転マナーは、都会とはまるで違うから。

「迷走する瞑想集651」 2017/04/18

三春町内の桜は(滝桜の話ではない)、至る所に名前もない古木が背後の斜面に植えられている。
いや、正確には植えられたかどうかも定かではないのだが・・・・。  とにかく
これらの桜が一斉に開花すると、お寺や神社の高台から見渡す景観は目を見張るものになる。


しかし不思議なことに、民家のある平場には大きな桜は一本もないのだ。
谷底の町だからスペースがなかったのかもしれないが、私はそうとばかりは考えない。
ここからは私の勝手な推論だから、真偽のほどは保証できないむね言っておく。


三春町を含む阿武隈山系はマサ土地帯である。  マサ土とは、土質区分の一種だが元は花崗岩である。
だから、切り出した当初は見事なほどに成型できるが、時間が経つと雨水によりボロボロになる。
実際過去に、造成した農道の一部が一夜にして崩落してしまった経験がある。


そんな地域の民家の背後の斜面である。  なんらかの土留め策は講じておかねばならないだろう。
現代なら、三春小学校校門の脇の法枠(のりわく)工が一般的だ。  しかし百年や二百年も前には
コンクリートを使ったかような工法があるわけがない。  それではどうするか?


植物を植えて安定させる、これしか方法はなかったろう。  しかし草花類では根が浅い。
大きな樹木の方が根が深くまで張るから、杭を打ったと同じ効果が得られる。  では、何を植えるか?
雑木類では伐採されてしまう恐れがある。  たとえば桜なら、毎年花を咲かせるし切られはしないだろう。


と誰かが考えたとしたら、現在のめったやたらに桜の古木があるのも頷ける。
タクシーの運転手さんが言ったように、「滝桜があったから、それに習ってみんなが・・・・」 という仮説は
残念ながら私は肯定できない。  私が小学生の時にさえ、滝桜は町はずれの畑の中に立つ一本の桜に過ぎなかった。
メジャーになりだしたのは、その後である。  古木の年齢とは一致しないだろう。


三春町内が崖崩れで埋め尽くされなかったのは、「桜の木が、土留めの役割を果たしたから」 と
私は桜に好意的に解釈したい。  いまでも民家の後ろに回ってみると、「急傾斜地崩壊危険区域」 の看板が
あちらこちらにあったりする。  三春町は、秀吉に攻められたら水攻めで一発で水の底になる地形なのだ。
舞鶴城だけは山の天辺で、涼しい顔をしていられるが・・・・。

「迷走する瞑想集650」 2017/04/17

小さな町に観光客が増えて、潤ってくるのはうれしいのだが
地元の者からすれば、たとえば町の食堂がテーブルや座敷を増設していくのを見ると
なぜか足が遠のく気がするのは、懐古趣味に過ぎないのだろうか?
そのいい例が、喜多方ラーメンの本拠地である喜多方市である。


もっとも、私のいた時の使用法が現在も継承されているなら
昼間は観光客に占領されていても、夜間は地元民の飲み屋回りのシメとしてラーメンを腹に入れるというふうに
時間帯で分かれるはずだから、あまり心配はしていない。  ただし、昼間の観光客相手で儲かり過ぎて
早めに店を閉めるようになったなら、酔っ払いにとっては悲劇でしかない。


だから私は環境を乱すのを嫌う観点から、地方の特色ある店を紹介する時でも、絶対に店名を出さない。
小さな店に観光客が押し寄せたら大変なことになるだろう。  もし、店の前に行列などできたなら
地元民はたまげて行かなくなってしまう。  だから、鮫川村の 「チョー無愛想なパン屋さん」 としか
言わないし、塙町の 「うちはカツ丼屋だ! の断り書きのある味噌ラーメンの美味い店」 としか書かない。


同様に、中島村の 「口の中を火傷した、あんかけラーメン(なかなか冷めない) の店」 や、三春町の
「アメリカンラーメンという奇天烈な(しかし私はいつもこれだ) 料理のある店」 としか紹介しない。
小野町の 「普通盛りのラーメンが、洗面器のようなでかい器で出てくる店」 なんてのもあったな。


それでも怖いもの見たさで食ってみたかったら、その町村に出向いて聞いてみるんだな、すぐ分かるから。
上記の条件でグーグル検索しても、おそらく絶対にヒットしないはずだ。
私は広告請負業ではないから、他県人に対して意外なほど冷たいのだ。

「迷走する瞑想集649」 2017/04/08

ドリス・デイの歌った 『ケセラセラ』 は、「どうせ、なるようにしかならないのよ」 と
しょぼくれた歌い方ではなく、「考えてたって、なるようにしかならないんだから」 と力強い歌い方が
非常に好感が持てた。  そうなのだ、すべてが計画通り運ぶとは限らないのだ。


考えようによっては、自分の人生とは最高にスリルのあるゲームなのかもしれない。  しかも
途中で場から降りることは絶対に許されず、リセット・ボタンも付いていない。
「平凡な人生だったなあ」 とため息をついていられるのも、賭場を追い出されずに現在まで
生きていられればこそである。  平凡な人生は、自分で考えるほどに平坦ではなかったはずなのに。


何かで読んだのだが、「貴方がいま生きているということは、遡る先祖たちがことごとく
勝ち抜いてきたからこそである」 というのがあった。  なるほど、系図が途切れないということは
そういう見方もできる。  いま生きている人間は、みな過去からの 「勝ち組」 と言えるのだ。
子孫を絶やさなかったという意味で・・・・。


歴史に名前を残せても子孫が絶えてしまったら、種としては 「負け組」 に入れられてしまう。
なぜなら 「名前」 というものは、生きている人間によっていかようにも解釈、あるいは無視されてしまうから。
百獣の王の死骸は、最後はバクテリアによって分解されてしまうように、現在生きていることが
その時点での勝者なのだ・・・と、時々自分に言い聞かせている。


正面突破を図るのも、面倒事を避けながら進むのも、それぞれの戦略である。
どちらが良い悪いの問題でなく、要はどちらが長距離を移動できるかである。  そして
より遠くへ行った者が、「平凡な人生だったな」 とうそぶけるのだ。  ちなみに
成吉思汗の遺伝子を一部に持つ者は、世界中にいるそうである・・・恐るべし。

「迷走する瞑想集648」 2017/04/08

本当に怖い犬は、うなり声もあげない。  幸いにして、そんな犬に出会ったことがないから
何ともコメントできない。  しかし 「テメーおもてに出やがれ」 という喧嘩の封切り宣言が、実は
本気で相手を殴り倒す意志までは持っていないのが大半である。  これは一種の 「恫喝」 でしかない。


万一 「よーし、やってやろうじゃねえか」 と相手も外に出てきたら、それはそれで
たぶん目算が狂うはずだ。  相手が強そうだったりしたら尚更、急いで次の手を考えねばならない。
もっとも相手が極めて凶暴なら、いきなりパンチが飛んで来るだろうから、考える暇などなくてもよい。


毒虫の派手な外観が相手の攻撃を思いとどまらせるように、血を流すことなく相手が退散してくれれば
・・・という目論見が恫喝にはある、と私は思っている。  私は戦術が違うので、このような脅しを
相手にチラつかせることは今までになかったが、一度キレた態度を見せておくと、あとは絡まれないという
戦法はマスターした。  私は瞬間湯沸かし器ではないが、一度沸騰した温度は冷めにくくできている。


さて、大声を張り上げることは、大量の空気を吸って吐き出す行為だから、体に悪いわけがない。
しかし怒鳴り合いはそうそうに出来るものではないから、せいぜいカラオケで声を出すぐらいのものだ。
そこでお手本として問題になるのが、プロ歌手の一部にいる肺に病巣があるかのような
息の続かない歌い方である。  マイクの性能が悪かった時代には、こんな歌手は探してもいなかった。


私は歌唱はスポーツだととらえているから、肺の能力は100パーセント使うべきだと考えている。
一曲終わると汗が滲むぐらいでちょうどいい。  歌は朗々と歌うべきだと固く信じているから
逆に歌詞のギュッと詰まった歌は苦手である。  そういう歌こそが、肺の運動になるのであろうが・・・・。


息継ぎで瞬間的に大量の空気を吸い込むことも大事だが、どうも聞くところによると
息を吐き出す時のほうが大事のようだ。  大きな声は大量の空気を吐き出すことで得られるが、今度は
すぐにガス欠になってしまう。  声楽家は、少量の吐き出しで大きな声をだす訓練をしているらしい。
民謡歌手が蝋燭の炎を揺らさないで歌う訓練、とか聞いたことがあるし。


息を調節しながらしかも大きな声を出すということは、実はかなりの腹筋を使うようだ・・・という
知識だけを披露するにとどめるが、最近私はエコーの効いた風呂場でさえ歌を歌わなくなった。
鼻歌が出るほどに気分が高揚する、ことがなくなったせいかもしれない・・・・。  あるいは
最近コーラスのCDにはまり、独唱を好まなくなったせいかもしれない。

「迷走する瞑想集647」 2017/04/06

文の発想は、コンピュータの電源を切った後に現れる。  これをもっと偉大に表現すると
風呂に入っている時に突然法則を思いついて、「ユーレカ!」 と叫ぶようなものだ、となる。
だから煮詰まってしまったら、ほかに気を向けた方がよいということらしい。
うまいことに私は 「気分転換」 が得意中の得意だ。  転換して、忘れてしまうのが玉にキズだが・・・。
気分転換とは、本筋の要件をあくまで忘れないことが最重要である。


ところで前置きはこのぐらいにして、貴方が福島県を訪れて 「この近くに、いい温泉ありますか?」 と
尋ねたとして、いわき住民なら 「湯本温泉だっぺなあ」 と答えるだろうし、会津の住人なら
「東山温泉に行ってみなっし」 と言ってくれるかもしれない。  また、福島市民なら
「飯坂温泉に行がんしょ」 と言うだろうし、郡山市民なら間違いなく 「んじゃ磐梯熱海温泉がいいばい」
と返答するはずだ。   しかしその土地の住民は、意外と近いにも関わず


有名な温泉地を頻繁に訪れてはいない。  だから、温泉街の現状がどんな有様になっているか
正確に把握してない恐れが多分にある。  温泉にわざわざ一泊しなくても、数十分もあれば帰れる距離だから。
泊まった経験があるとすれば、会社の忘年会か町内会の慰安旅行ぐらいだろう。  それよりも
意外と別府温泉や草津温泉の方が知ってたりして・・・・。


いま県内の温泉は、泊まり込みの大宴会が減ったせいか、火の消えたような、あるいは
歯槽膿漏の歯のような状態にある。  強いホテルは意気盛んだが、みんながみんなそうではない。
たまに街を歩ってみると、「こんなだったのか」 と愕然とする。  しかし大抵の近隣の住民は
温泉街に住む人を除けば、深刻に受け止めていない。  なくても、風呂には入れるから。


本来は近隣の住民が足しげく湯に入りに行くのが、温泉郷の姿だったはずだ。  それが
大型バスでの大量のお客に照準を合わせ直し、それ用に姿を変えていった。  結果として
近隣の住民は、近くの温泉の客になるのをやめた。  遠い温泉にわざわざ入りに出かけるのだ。
名湯が近くにあるのにもかかわらず・・・・。


私も安い温泉宿に二泊ぐらいして、ボンヤリしていたいとは考える。
しかし磐梯熱海温泉に出かけて行きたいとは思わない。  郡山市の庭先にあるのにも関わらず。
近くの温泉では、旅行気分が味わえないから行きたがらないのか?  とも考えられる。
そういう私も県内では、飯坂温泉を始めとして東山温泉、大塩温泉、磐梯熱海温泉、新甲子温泉それに
三春の馬場の湯にまで、事務所の忘年会で泊まったことがある。


かえって知っているがために行きたいと思わないのかも。  行ったことがない湯本温泉にこそ
私は行ってみたい気がしている。  しかしひとり旅では、宿の方でも困るだろうなあ。
だから過去の旅行ではいつも、ビジネスホテルに泊まっていたのだ。
そうだ、旅館にはひとり客用の部屋などそもそもありはしないのだ。

「迷走する瞑想集646」 2017/04/02

郡山市の酒のネーミングは、ユニークを通り越して当惑するものさえある。
笹の川酒造が何を思ったか最近製造し始めた 『963』 という暗号じみた名前のウィスキーがある。
「963」 とは、郡山市の郵便番号なのだそうだ。  これは酒屋から聞いた話だから、本当なのであろう。
笹の川酒造は、確かに郡山にある醸造元ではある。  だからと言って、いきなり郵便番号はないだろう。


判じ物のような名前ですぐにピンと来る人は、はたして何人いるだろう?
これでは、郡山在住者しか関心を持たれない名前の 「秘密の酒」 になってしまう。
しかしかく言う私も、すでに二種類の 「963」 を飲んでいる。  なかなかヘビーでよろしい。
だが私のように夕飯を食う前に飲む者とすれば、もっとアッサリしているほうが口に残らない。


さて、番号を名前に流用して構わないなら、福島県の都道府県番号 「07」 だって使えることになる。
もうひとつゼロを付ければ、「ダブルオーセブン」 になる。  ただし、それをやると
どこからかクレームが来そうだ。  「ウルトラセブン」 というのもいた。  残念ながら
生まれは別の星雲だが・・・・。  しかし発案者は、福島県人である。


当たり障りのない名前ですぐに忘れられてしまうぐらいなら、奇天烈な名前でインパクトを与えるのも
ひとつの方法である。  ただし実が伴っていないと、永遠の謎に終わってしまう可能性がある。
私が最初に憶えた酒の名前は 「大七」 であった。  汽車(電車ではない) に乗っていくと
白い文字の大きな看板が至る所で目に入る。  あの 「ハリウッド」 の看板のように。  それが


二本松の酒造メーカー 「大七酒造」 の 「酒は大七」 だった。
あの当時の看板代は大変なものであったろう。  しかし今や、メジャーな酒造メーカーである。

「迷走する瞑想集645」 2017/04/02

酒飲みは、空瓶にはまったく興味を示さない・・・のだが、空瓶を飾っておいてもいいかなという気を
どういう訳か起こさせられてしまった日本酒を、郡山駅のお土産品売り場で見つけた。
酒の名前は、手造り純米酒 『ボクの街 郡山』(720ml) で緑色の瓶に入っている。
「それがどうした?  お前はウィスキー党だろうが」 とツッコミが入りそうだが、御清聴あれ。


「ボクの街 郡山」 とは、昔懐かしい郡山市の市歌である。  もっとも、知っているのは
相当の歳を重ねた人だけだろう。  今は 「郡山市民の歌」 のほうが知れ渡ったている。  なにしろ
防災無線から否応なく流れてくるのだから。  さればという訳でもないだろうが、この酒のラベルには
ご丁寧に歌詞と郡山の名所まで載っている。  郡山市民でさえ元ネタを知らないネーミングで
はたして他県の人がお土産に買っていくのか、大いに悩むところだ。


もうひとつ、この酒の醸造元は 「若関酒造株式会社」、郡山市久留米にある。  これでは
買わない訳にいかないではないか、私の近所だ。  私とて、郡山での宴会は日本酒が主だったっから
笹の川酒造の酒をだいぶ飲んだはずだ。  しかし若関酒造はメジャーでなかったし、ほとんど置いてなかった。
バス通りから見える若関酒造の会社も、「ほんとに酒を造っているのか?」 というぐらいこじんまりしている。


だから私はこの酒を、飾り物に買ったようなものだ・・・が、根が意地汚いからすぐに口を切るはずだ。
まんいちイケる味だったりしたら、長くて二日で空瓶になるだろう。  そしたらまた
駅のお土産品売り場に出かけていくかもしれない。  しかし、このネーミングは誰が考えたのだろう?
あまりにもターゲットが狭められてはいないか?  県外の元郡山市民に売りたいのか?  ほかに


ネーミングで目についたのは、吟醸酒 『ありがとう 県警』 と麦焼酎 『頑張れ 県警』 というのが
棚に並んでいて、両方とも笹の川酒造の酒である。  しかも企画が、福島県郡山地区警察官友の会。
「こんな酒を目の前に置いて、いったい誰が飲むんだ?」 と一瞬思ったが、警察官なら飲めるかもしれない。
いやおそらく、相好を崩して飲み始めるであろう。  しかし一般人は、ラベルを向こうに向けて飲むはずだ。


べつに県警に感謝してない訳ではないが、なにかスピード違反がやりにくくなる雰囲気がしまいか?
しかし警察官とて人の子、飲み会はやはりあるのだろう。  非番の時まで飲むなとは言われていまい。
飲み会の席でも、序列はキッチリと守られるのであろうが、はっきり言って下の者は酔えない。
何かのはずみで、取っ組み合いの乱闘になることはないのだろうか?  技術屋同士だとなくもない。


乱闘になった場合、彼らは柔道や剣道で体を鍛えているから、やわな技術屋同士のはるか上を行くはずだ。
しかしたとえ乱闘になっても、逮捕者は出ないのではあるまいか?  だって、みな警察関係者なんだから。
という妄想は杞憂かもしれない。  警官が警官に拳銃で撃たれたとか聞かないし・・・・。
どういう方法でか、丸く収まっているのであろう。  そもそも酒乱は、警察関係者にはいないのかも。


こんどは、麦焼酎 『頑張れ 県警』 を買ってみよう。

「迷走する瞑想集644」 2017/04/02

貴方の写真には 「貴方の感じている風景」 が、そのまま固定化されるという話をしてみよう。
たとえば貴方が撮影に行った地に、前もって 「荘厳な地だ」 という印象を持ってたとすれば
貴方がカメラを向け、シャッターを押すタイミングは、「荘厳な地」 を表現するものに限られる。
たとえ一枚ではそれが判らなくとも、何枚も撮ればその指向性は如実に現れるだろう。


貴方は、自分の撮った写真に一応満足するかもしれない。  しかし現地を知らない人がそれを見れば
その地域一帯が 「荘厳な地なのだ」 と誤認してしまう恐れがある。  観光地のパンフレットと同じだ。
実際は、貴方がシャッターを押した 「部分」 だけがそうであって、ほかは平凡なのかもしれない。
貴方は写真で嘘をついてはいないし、自分の印象にも正直であるのだが・・・・。


しかしその地域全体の正確な姿を他人に紹介しているかというと、はなはだ疑問である。
「強調するのが芸術だろう。 平凡さを撮っていては絵にならない」 確かにコンテストにも入賞しないだろう。
であれば、芸術としての写真と、報道としての写真は区別されるべきなのだ。
報道としての写真は、90パーセントが平凡な地域なら、その地域は 「概ね平凡だ」 と表現すべきだ。


もっともそれでは、シャッターなど押したくなくなってしまうかもしれないが。
写真愛好家は、何かに感動したからこそカメラを取り出すのだ。  路上の監視カメラとは根本的に違う。
「では、コメントを付けて補正すればいいじゃないか」  それも一つの方法である。  しかし
そのコメントもまた、貴方の印象から抜け出てはいない。  屋上屋を重ねるだけだ。


私が撮影場所と撮影日時を執拗に書き込むのも、それが 「時間と場所の部分」 でしかないことを
写真しか見ない人に了解してもらいたいためだ。  私は神様ではないから、全体を見ることなど叶わない。
そんな行動力もないし。  だから写真の鑑賞者は、写真の外側に別な世界が広がっているということを
心しておかないと、世界を見誤る恐れがある。


写真家は嘘をつこうと目論んではいないにしても、中には意識的にある方向へ誘導したいと考えている利用者も
いないとは限らない。  インパクトの強い一枚の写真は、火薬量の多い銃弾である。
その銃弾は、銃身の向いている如何なる方向へも打ち出すことが可能なのだ。
写真を公表するということは、銃弾を路上に放置することに等しい・・・と心せねばならない。

« 2017年3月 | トップページ | 2017年5月 »