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2017年1月

「迷走する瞑想集575」 2017/01/25

マイクの性能が上がったせいもあるかもしれないが、演歌の歌手はなぜ
肺に病を持つがごとく、息が続かないような歌い方をするのだろう?
素人がああいう歌い方になるのはよくあるにしても、彼らはプロの歌手である。
なぜ、充分に息を吸って最後まで音を伸ばさないのか?  聴いている方が、息苦しくなる。


「それは昔の歌謡曲の歌手だよ」  そうだろうか?  体格なら、現在の歌手の方がいいはずだ。
昔の歌手にできて、今の歌手ができないはずはない。  あれは、売り出すひとつの個性なのか?
聴衆に 「見事だ!」 とうならせる歌唱法が、復活することを切に望む。
「それじゃ、カラオケに採用されない」  ばかな、素人が挑戦したくなる歌をこそプロが歌うべきだ。


安易にまねできるだけの歌など、寿命は短い。  もし音域が広すぎて素人に歌えないとなれば
混声合唱にでも編曲すればいいのだ。  たいたいにして、小学校や中学校の音楽の授業で
唱歌を歌うのにマイクなど使わせたか?  音楽室で、囁くような声で歌ったりしたら
「聞こえませんよ」 とやり直しだ。  地声の大きい小さいは一切関係ない。


だから最近、演歌歌手が演歌以外を歌うのを聴きたいと思わない。  しかし、その逆は聴く。
安定した声量で余裕たっぷりに歌われる歌謡曲は、聴いてて気持ちがいい。  たとえ
情緒が半減したとしても。  聴いてる方の呼吸まで、大きく深くなる気がする。
本当は、他人と話すときでも、ゆっくり、はっきり、大きな呼吸で話すべきなのだろう。


過去の偉人といわれた人たちは、大概そういう話し方をしたはずだ。  あるいは
私の認識が、間違っている場合もなくはないが・・・・。  遅まきながら私も
そういう話し方を目指したいと思う。  外見が老人に近づけば、ゆっくり話しても違和感はないし。
相手が三倍の早口でまくし立てて来ても、こちらは三倍の濃度で話せばいいだけだ。


年齢による思考速度に、たいして差はないはずだ。  かえって
「経験」 という引き出しの数で勝っている。  ただし
「三倍の濃度」 とは、「三倍の大声」 のことではない、念のため。
イライラは呼吸を浅くする・・・と私は思っているし、血圧測定では深呼吸をすると、実際に下がる。

「迷走する瞑想集574」 2017/01/25

前に 『夢淡き東京』(作詞・サトウハチロー 作曲・古関裕而) の息継ぎが苦しく
好きな歌だが歌いづらいと書いたが、藍川由美さん(ソプラノ歌手) の歌を注意深く聞いてみると
思っていたより息継ぎの間隔が長いことが判明した。


途中で息を吸っていたところで吸わずに、「柳青める日 つばめが銀座に飛ぶ日」 を一気に
歌ってしまっている。  なるほどこうすれば、忙しさからは解放される。  しかし今度は
息が持つかどうか・・・が重要な課題となってくる。  テンポの速い曲で、深い息が吸えるか?


「カラオケもよう行かんくせに、余計な心配を・・・」  確かに、人前で歌うことなど
とうの昔に卒業した。  いまは、風呂の中でさえ歌わない。  余震も怖いし・・・・。
しかしだ、私とて楽都・郡山の住人であるし、かつては郡山市民会館(現在は駐車場) のホ-ルで
小学校の合唱部の一員として、歌ったことさえあるのだ。  入賞は惜しくも逃したが。


しかしその後中学校に進んで、お決まりの変声期でボーイソプラノともおさらばしただけでなく
音楽の授業そのものに興味がなくなった。  一発勝負の試験が、どうにも気に食わなかったし。
だから、高校では迷わず美術の科目を選択した。  提出までに、何度でも手直しできるから。


ちなみに体育の授業でも、柔道と剣道のどちらかを選ばなければならなかった。
私は脱臼など御免こうむりたいから、迷わず剣道のほうを選んだ。  防具は汗臭かったにしても。
しかし勝ち抜き戦では腕に覚えのある奴に、立ち上がった瞬間面を取られた。  あれじゃ運動も何も。


私は、いまでも当時のあいつの顔を忘れない。  浜育ちは、意外と執念深いのだ。  しかも
先生の面は金具の縁を叩くが、あいつの竹刀はモロに脳天を叩いた。  絶対奴より長生きしてやる。
素人相手に時間を食いたくない、は理由にならない。  少なくとも、体育の授業では。


ま、それはいい(許すという意味ではない)。  歌を歌うことに拒否反応が薄れてきたのは
就職してカラオケが出始まった頃だ。  私は、小林旭の曲が歌いやすかった。
反対に石原裕次郎の曲は、音程が低すぎて歌いづらかった思い出がある。


そして時が経って車で通勤するようになり、CDステレオが装着されるようになったときに
常時鳴らしていたのが、先の述べた藍川由美さんのCDだった。  しかしうるさい車の中では
息継ぎの音は聞き取れない。  ところが音程だけは、1オクターブ下げて私にピッタリだった。


よく女性の声は高いといわれるが、正確には1オクターブほどの開きはなく、そのため
男性の歌を1オクターブ上げて女性が歌うと、今度は高すぎるという現象が起きることがある。
歌謡曲のデュエットの作曲では男女のユニゾンは、おそらくご法度だろう。


であるからなおさら、藍川由美さんのCDという不思議な巡り合わせに、いたく感激したのである。
例の息継ぎの問題はあったにしても・・・・。

「迷走する瞑想集573」 2017/01/23

本宮市の地酒は、実は日本酒ではなく麦酒ではないか?
これは特に、郡山市民が強く抱く疑念である。  実際、国道4号線を北上していくと
郡山市を過ぎて本宮市に入った途端、右手にアサヒビールのタンク群が嫌でも目に入ってくる。


いや、タンクと工場があるくらいなら 「あ~、あそこで作ってるんだな」 ぐらいで済むが
ここには屋内ビヤホールも併設されている。  北海道のサッポロビールと発想は同じだ。
即ち 「タンクから直接生ビールが振舞われる」 なのだ。   別にタンク直送でなくとも
酒飲みは一向に構わないのだが、なにかより新鮮なビールが飲めるのではないかと・・・・。


しかし新幹線で郡山駅に着いても、残念ながら本宮行きのバスは出ていない、隣町なのに・・・・。
観光バスか?  いやいや早まっては困る。  手はある。
在来線(下り方面)に乗り換えて、五百川駅で降りて西に歩けば、すぐにタンク群の横に出る。
その横を回って国道4号線側が、例のビヤホール(アサヒビール園) である。


帰りに五百川駅まで歩きたくないとなれば、タクシーで郡山駅に向かうのも可能だ。
4人で相乗りすれば負担金も少なくて済むし、酔っぱらっているから細かいことは気にしなくなる。
ただし郡山駅前に帰り着いたあと、駅前の酒場で二次会を始めるのまでは、責任を持ちかねる。
泊まる所(ホテル) は、いくらでも待ち構えているが・・・・。


また、アサヒビール園は東北自動車道路の本宮インターからも近い。
「車じゃ、ビールを飲めないだろう」  確かに一人は飲酒できない。  しかし下戸の運転手を
調達しさえすれば、あとはジンギスカンをたらふく食わせるとかして、懐柔することは可能だ。
本宮インターは、郡山ジャンクションからも近い。  ということは


会津方面や田村市方面からも(磐越自動車道路)、来園は可能である。  この微妙な位置に
アサヒビール園は建っている、ともいえる。  本宮市の南端にして、郡山市との境ギリギリの位置に。
「だったら郡山市側に建てれば・・・」  郡山駅前から 「アサヒビール園行き」 のバスが
いくらでも出せたであろう・・・・。  これは歴史の謎である。  あるいは


ビールを製造・出荷するのだけが、本来の目的だったのかもしれない。
だれだ?  そこ(製造所) で生ビールを飲ませろ! と最初に言い出した奴は?
なお、本宮市は 「イヨマンテの熊男」 こと歌手・伊藤久男氏の出身地でもある。

「迷走する瞑想集572」 2017/01/22

私が就職したての頃ステレオがブームで、御多分に漏れず私もいちおう持っていた。
他にも、若い男はほぼ例外なく持っていたし、彼女を家に呼んで・・・とか期待していた者もあるかも。
しかし私は他人のところの高級ステレオを、なるべく聴かないようにしていた。  なぜか?


聴いてしまうと、自宅(下宿だが) のステレオの音がその時点から、貧弱に聴こえてしまうという
如何ともしがたい事情によるためだ。  同じレコードを所持していたら、それこそ最悪だ。
音域の狭い迫力のない音で、もう一度聞かされる羽目になるから。  だからレコード購入には
あまりに音のいい盤は避けるようにして買った。  音質の悪いブルースとかブルーグラスとかを聴いた。


君、ステレオ談議が本題だと思ったら大間違いである。  プレーヤーの針先まで云々のステレオの
時代は確実に去った。  CDにはそもそも2万ヘルツ以上の音は入っていない。  だから
3万ヘルツまで再生できるカートリッジもスピーカーも、所詮は無駄なのだ。  大体にして
人間は若い時でさえ、2万ヘルツより上の音は聞こえない。  つまり幻想を追っていたのだ。


ということで、私は食文化の話をしたい。   前述の話は
自分の食生活が貧しいがために、あえて美味しい高級な料理を避けていた、という趣旨だが
彼はまだ、より美味しい料理の存在を分かっている、という点でまだよい方である。
もし自分の世界だけしか知りえない者がいたら、こんな卑屈なことさえ考えまい。


たとえば、自分の地域の米や野菜だけを、生まれた時から食べていれば
舌はその味に馴染むから、特に美味いとか不味いとか感じなくなる。  もし、そんな彼の所へ
旅人が来て 「君んところの米や野菜は最高だね」 と絶賛したとしても、彼にとっては
比較の対象(味) を持たないのだから、おそらく 「そうなの?」 と言うのが精一杯。


旅人の故郷の米や野菜を知らないのだから、褒められても実感が湧かない。
つまり、私一人しかステレオを持っていない状態だ。  そうなれば何を聞いても、最高に満足できる。
福島県産の酒がほかで評判がいいとか聞いても、ピンと来ない人。  なぜならば
福島県産の酒しか、未だかつて飲んだ経験がないから、彼の責任ではない。   逆にいえば


福島県産品を他県や他国に売り込もうとするなら、その土地のライバルの味を熟知していないと
「美味しいですよ」 と言ってみたところで、迫力に欠けるのは当然だ。
「あんたんとこにも、あるのは判っているけど、いっぺんこれを食べてみ。  勝負じゃ負けんから」
このぐらいの自信を見せつけないと、「味引きこもり症」 の住人に買わせることは難しい。


だから、引きこもりを外界に連れ出すためなら、無料試食会など安いものだ・・・と思わないか?
観光客だけでなく、福島県には常時沢山の人が訪れる。  大学生は四年間出て行かない。
これらの人は、当然飯を食う。  その時には補助金を付けてでも、県産の高級品を出すべきなのだ。
コスト面で安い他県品を使うことなど、実は福島県のためを思っていない・・・と私は考える。


「高い金を払ったら、いくらでも県産の高級品が買えるではないか」  それはそうだが
高い金を払える人は、一方で移り気でもあるのだ。  たとえいい味でも、そのうち飽きてくる。
「福島県産が最高だ!」 と思い続けてくれるお客の方を大事にしていきたい、と考えないか?
老舗の経営を支えるのは、金満家の時たまの来訪などではなく・・・・分かるな?


福島の製造業は、ターゲットを間違えてはならない。
金持ちは旗振りに過ぎない。  そのことを、よーく判っているのが福島の生産者ではないか?
金持ちにしか絶対買えないのだけ生産はしない・・・ついでになら作ってもいいけど。
「でもそれだけで、生活は成り立たないよなあ」 が福島県だ、と思う。


金持ちが、いつまで金持ちでいられるかは何とも言えないし。

「迷走する瞑想集571」 2017/01/20

「アンチロック・ブレーキ」 とは、停まりにくい状況でも確実に停めてくれる補助機能・・・ではなく
高速で急ブレーキを踏んでも、停まるまでハンドル機能を維持させる装置・・・なのだと気が付いた。
カタログをよく読めば、そのようなことは書いてある。  しかし多くの人は、誤解している。


だから、高速道路をほとんど利用しない人たちにとっては、「猫に小判」 でしかないのだ。
ましてや 「事故防止の御札」 などでは決してない。  自動車会社も、売れるから付けるのだが。
私は氷上走行時以外では 「アンチロック・ブレーキ」 の存在そのものを忘れている。


だいたい、タイヤがすぐにロックしてしまうアイスバーン上で 「アンチロック・ブレーキ」 を
作動させても意味はない・・・と経験したから言える。  いくらブレーキを床まで踏んでいても
いくら 「アンチロック・ブレーキ」 が空しい作動音をたてていても、摩擦がゼロなのだから
同じことだ。  かといって、スパイクタイヤは使用禁止だし。


滑ったら、衝突の衝撃を最小にするよう、ひたすら減速に努めるしかない。  その前に停まれたら
それは運がよかったというだけだ。  貴方の車のタイヤと路面の摩擦力は、どうなるものでもない。
よく 「雪国では四駆がいい」 といわれるが、四駆が能力を発揮するのは上り坂の発進の時だけ。
そして、田んぼに飛び込んでいる車のほとんどが、四駆だとも言っておこう。


チェリーやシビックの現れる前までは、後輪駆動車がほとんどだった。  それでも雪国を
車が走行していたことにかわりはない。  そして前輪駆動車になって
「雪道で尻を振らないね」 と好評となり、今になっている。
私もチェリーに乗り換えた時は、冬の運転が楽になった気がした。


あのグニャグニャのシフトレバーを除いては。
会津はわりあい平坦地だが、郡山はそうではない。  そして坂を上った所に、なぜか交差点がある。
何を言いたいかお判りだろう。  「坂道発進の恐怖」 だ。


私とて自動車学校で失敗したことは一度もない。  しかしチェリーは
いまどこにシフトしているのかが、まったく確認できない。  それでサードでエンストを繰り返し
泣く泣くセカンド発進をしたのが数知れず・・・それ以外は、いい車だったといえよう。


オートマチック車が出てきて、私は迷わず車を替えた。
後輪駆動車だったが、もう会津にようはなかったし。

「迷走する瞑想集570」 2017/01/20

「雪国には消雪道路があるから、安心して走行ができる」  は、間違いではない。
特に走り始めの朝などは、水で車は汚れるが滑る心配はなくなる。  がしかし
全線にわたって消雪道路が完備していると思ったら、大間違い。  市街地を抜ければ
普通の一般国道である。


厚く積もった雪の上を車が通り、レール状のくぼみが形成されている場合が時にある。
俗にいう 「電車道」 だが、これに正確に車輪を合わせて走らないと
「クルン」 と道路上で横を向いてしまう、なんてことがよくある。  私も会津に行った当初は
何度かこれをやった。  そしてレールは、二本だけとは決まっていない。


四本の場合もあるし、車幅の違いで三本の場合もある。  私の愛車は普通乗用車の
一番小型の部類だったので、軽自動車よりは車輪の幅が広いが、一般の乗用車よりは
若干車幅が狭い。  つまり三本のレールがある場合、どうやっても片方の車輪が外れる。


これには難儀した。  しかしより大型に替えるつもりはなかった、金もなかったし。  結局
片方を乗り上げたまま走行しなければならなかった。  そこで求められたのが
正確にもう片方の車輪を、レールに合致させて走り続けることである。


道路の雪はほとんど氷状態だから、ちょっと踏め外せば 「クルン」 だ。  もちろん
シャーベット状も怖いが。  そんな時、もし対向車が来れば良くて接触事故、悪くすれば
横っ腹に衝突される。  で、車輪で正確にトレースする練習を常に心がけた。  どうするか?


狙ったレールが自分の中心線を通るようにハンドルを操作する、この方法に落ち着いた。
車輪はもう少し外側なのだが、この感じで走るとうまくいった。  つまり私のオ○ン○ンで
レールの溝をトレースする感覚、そうレコードと同じだ。  いまは知らない人も多いだろうが・・・。
「車のどこかを照準器にして」 より、少なくともカーブ時には正確である。


残念ながらこの方法は、女性には使用不可であることは致し方ない
ところで、豪雪の会津の走行も神経を使うが、1~3月の中通りの走行もまた別な神経を使う。
「アイスバーン」 の恐怖である。  雪は会津より少ないし、日中で融けることが多いが
完全に融け切らず、夜間にまた凍る。  そして次の日の朝・・・・・


車は交差点で停止しようとして、スケーターズワルツを踊るはめになる。
走ってる分には気にならないが、ブレーキを踏んだとたん、それが役に立たないと知る。
「アンチロック・ブレーキ」 など、空しく音を立ててるだけだ。  私は郡山市内と三春町で
これを体験したことがある。  ある時は、交差点で停止してたら後ろの車にぶつけられた。


ルームミラーで様子を見ていたのだが、案の定停まり切らずに 「ドスン」 ときた。
また三春町では、陽の当たる路面はカラカラだったのに、カーブを曲がった途端
下り坂でしかも全面凍結していた。  私に車にも 「アンチロック・ブレーキ」 は付いてたが
何の役にも立たずにひたすら滑って行く。  そして、その先にまたカーブが迫ってきた。  そこで


私は 「アンチロック・ブレーキ」 を手動で行ってみた。  つまりブレーキを踏んだり
放したりを繰り返したのだ。  少しずつ速度が落ち、レバーをLに入れて、なんとか曲がれた。
それ以来 「アンチロック・ブレーキ」 は飾りだと思っている。  少なくとも氷上では
機械の単調な正確さより、人間の足の感覚の方がなんぼか頼りになる・・・そう確信した次第だ。


むかし会津でもこの方法で、地吹雪で停車していた車の50センチ手前で止まったことがある。
あの時は 「アンチロック・ブレーキ」 は、まだ付いていなかった。(高級車は別だが)

「迷走する瞑想集569」 2017/01/19

一観光物件が観光客を引き留められるのは、せいぜい二時間程度であろう。  そして
見るだけ見たら、観光バスに乗車して行ってしまう。  あとの残るのは、最悪の場合
多量のゴミだけである。  という冷めた現実から、観光産業は考え始めなければならない。


二時間を半日、あるいは一日間引き留めるには、何が必要か?
もし宿泊までさせたいのなら、近くに宿泊設備はあるか?
次の日の朝、観光客はどこに向かいたいのか?
記念になるものを購入するとして、特徴的な商品はあるのか?


これらが揃わないと、その観光地はたんなる通過点でしかなくなる。
そこだけに来てまた帰って行く、そうなるには総合リゾート施設か、長い歴史の中でこれらの条件を
クリアしてきた地域でないと無理である。  観光業とは一発屋ではないし、一朝にはできない。
いきなり県外・国外のお客を当てにしても、付け焼き刃であると認識すべきだ。


名産品でも、まず地元の人が何物にも代えがたいと思っていなければ、寿命は短い。
それを聞きつけて、県外からも人が訪れるようになるのだ。  「これはどこで売っていますか?」
と聞かれて、地元民が 「なにそれ?」 と聞き返すようでは話にならない。
本当にいいものと思っていれば、他人にも進めたくなる、そういうものだ。  違うか?


はたして今、三春町で 「ゆべしの菅野屋」 が北町発祥の店だと、判っている人が何人いるだろう?
酪王牛乳の前身の 「三春牛乳」 が三春駅近くにあったことなんて、ほとんどの人は知らないだろう。
そして今 「滝桜」 だけが有名になっている。  八幡町の上の方に 「馬場の湯」 という
温泉場(二軒だけ) があるのも、あまり知られてはいない・・・もちろん町民は知っているが。


ところで話は違うが、大晦日から元旦にかけて 「BS日本・こころの歌年越し新春スペシャル」 を
やっていた話はした。  その中で文部省唱歌の 『雪』 を歌っていた。
いまは冬なのだから別に異議は唱えない。   しかしその歌詞の中で
「山も野原も 綿帽子かぶり、枯木残らず 花が咲く」 というのがあるが、歌っていた中に
青森県出身のソプラノがいる。


おそらく彼女は 「ヘッ、笑わせんじゃないよ。  なにー? 綿帽子かぶりだとー。
雪が降り出したら、山も野原も雪に埋もれちまうんだよ」 と思いながら歌ってたのではないか?  
もちろん、御首にも出さなかったが。  この気持ちは分かる。  この歌は、関東地方以南の歌だ。


私がいわき地方にいた時は、この歌はまだ至極当然だと思っていた。
中通りに引っ越しても、まあたいして差はないよな、と思っていた。  しかし
会津地方に赴任して、この歌は甘い・・・と感じるようになった。  だって一夜にして
止めていた車が雪に埋もれてしまうのだから。  アパートのドアから出られなかったこともある。


私は毎週土曜日に郡山の実家に戻り、月曜日の朝会津に戻っていた。
ということは、猪苗代町の朝の地吹雪の中を下宿に戻ってたということだ。
10メートルより前が見えなくなる。  しかも、路面はタイヤで踏み固められてコチコチだ。
それでも始業時までには着かなければならない。  長距離運送のトラックがありがたかった。


後ろにピッタリくっ付いて行けば、合図なしの急停車や急ハンドルはまずないし
しかも、テールランプが大きく道路の道幅を示している。  これは一般乗用車よりなんぼか
頼りになった。  実際それで、九年間無事故であったし。  私も慎重ではあったのだが。
そんな雪国を私は知っているから、『雪』 の歌には思わず笑ってしまうのだ。


あれは白くなった程度で、「雪だ―」 と騒ぐ幸せな人たちの歌だ・・・と言いたい。

「迷走する瞑想集568」 2017/01/19

議論をして 「絶対に引かない人」 というのは、「押しの強い人」 の一種だと考えれば
説得して根負けをさせられる会津人も 「押しの強い人」 であるといえるし
ストレートに自論をぶつけてくる浜通り人だって、「押しの強い人」 なのだと思う。
なにも郡山人だけが 「押しの強い人」 なのではない・・・と自己弁護する。


過去に郡山市が、磐越西線と磐越東線を郡山駅に引き入れたことも
安積原野の開拓に、会津に流れ出す猪苗代湖の水を引いてきたことも
市内に高速道路のインターチェンジを、四つも持っていることも
「強引だ!」 と言い出せばきりがない。


再三再四、福島市に 「県庁をよこせ!」 と因縁をつけるのも
「たちが悪い人」 と見られる要因かもしれない。
福島市から県庁を取ったら、あとは競馬場と果樹園しか残らない。
そんな 「弱い者いじめ」 を郡山市は楽しんでいる・・・と見られてはしまいか?


郡山市は、放っておいても発展はしてゆく。  昔から文明の十字路とは、そういうものだった。
たいした観光地もなく、一流の施設が建っていなくとも、元宿場町に人は集まってくる。
なぜなら郡山に居をかまえば、県の南の白河市にも北の福島市にも、西の会津若松市にも
東のいわき市にも通勤が可能なのだ。  それだけではない。


郡山駅始発の新幹線「なすの258号」 により、関東・東京圏への通勤・通学さえ
「座ったまま」 で可能である。  実際に、首都圏にアパートを借りるよりも
電車通学のほうが安上がりだ、とかで東京の大学に通わされている学生がいる
と聞いたことがある。  これには親からの監視の意味もある・・・と私は睨んでいるのだが。
ただし帰りは、寝過ごすと福島、下手をすれば仙台である。 (なすのは東京発15:12が最終)


郡山市は、ジャイアンのように何でも欲しがるのはやめた方がいい。
観光で会津に大きく水をあけられているとはいえ、どうせ会津に行くには郡山を通過するしかないのだ。
三春の 「滝桜」 見物の後は、嫌でも郡山に戻ってくるしかない。
逆方向でいわき方面に向かうのも可能だが、もし 「ハワイアンズ」 に行きたいのなら
厳寒の真冬にこそ水着を持って出かけてゆくべきだ。  夏場なら、ほかのどこででも泳げる。


「ハワイアンズ」 は 「フラガール」 だけと思っている来場者は、認識を改めたほうがいい。
ここは温水プールなどという腰の引けた施設ではなく、建物内がそもそも熱帯に造られている。
冬の長い東北だからこそ、熱帯(ハワイ) を欲したのだ。
そして当然ながら宿泊設備も完備している。  私は昔、ここに事務所の旅行で泊まった記憶がある。

「迷走する瞑想集567」 2017/01/18

「いわきの警察署に移動したくない。 県内でも交通事故が半端ないから」 という
むかしの警察署長の噂話の又聞きに、 「さもありなん」 と頷く中通り人や会津人。
今は 「いわき」 ナンバーが普及しているから、「危なそうな車はすぐ判るよね」 との床屋談義に
花が咲く中通りの理髪店。


中通りや会津に比較して、いわきの言語が荒っぽいから車の運転も荒いはずだ、との思い込みなのか?
あるいは韓国の車の運転のように、本当に荒っぽいのか?  いわきの結論は私の中では出ていないが
ただ一度国外に旅行した韓国の運転は、まさに阿鼻叫喚ものだった。


ソウル市内をマイクロバスで移動したのだが、車線変更や合流する時に
1メートルの車間距離があれば、突っ込んでゆく。  それはもう 「日本の強引」 を越えている。
「なにをそんなに怖がっているんですか?」 と通訳兼案内人の女性が、不思議そうに言った。
日本なら、取っ組み合いの喧嘩が起きてもおかしくない状況なのに・・・・。  それだから


多車線の道路を走る車に、無傷なものは皆無だった。  「大陸人は恐ろしい」 我々はそう思った。
それに比べれば、いわきナンバーなんておとなしいものだ、と私は理髪店で弁護した。
はたして、弁護になっていたかどうか疑問ではある。
つまり、他地域への偏見や思い込みと言うのは福島県の中でもある、ということだ。


会津人が頑固で融通が利かないというのも、ある種の思い込みであると同様に
車の運転がおとなしいというのも、半分は幻想である。  確かに、雪道を走行する期間が長いから
運転が慎重だろうとは思う。  しかし、制限速度をキチンと守って走っているかというと、それは
はなはだ疑問である。  「ネズミ取り」 が不可能な地域を熟知し、かなりの速度で移動しているのでは?


逆に考えれば、いわき市は 「ネズミ取り可能区間」 が大量にあるから交通違反が多い・・・と
いえないだろうか?  平坦な会津盆地では、「ネズミ取り」 が遠くから発見されやすい。
加えて、奥会津の只見川に沿った国道は、片側が急峻な山で片側が深い谷底である。  こんな所で
「ネズミ取り」 をやれば、間違いなく事故に直結する。  だから住民は安心してスピードが出せる。


要は気質云々よりも、状況の差ではないか?  韓国の例でいけば、日本式のマナーで走っていたら
永遠に車線変更などできないほどに車で混んでいる。  だから 「突撃」 もやむを得ないのだと
私は納得している。  「断固」 とした気質も、多少は関係しているだろうが・・・・。
それはさておき、「郡山」 ナンバーの新設についてであるが


郡山市は、意外と 「他地域や他市町村民から嫌な目で見られている」 という事実である。
たとえば隣の三春町内で 「郡山ナンバー」 を見かけることはまれである。
しかし元々の 「福島ナンバー」 に加えて、「いわきナンバー」 は見かける。
おそらく須賀川市(南隣) や本宮市(北隣) でも同様であろう。


押し並べて中通り人は、会津人や浜通り人から 「油断のならない人」 と見られているようで
さらに郡山人はそれに加えて、「押しの強い人」 と考えられているようだ。
しかしそれを言うなら郡山市内でも、「二中卒業生は、いつも我が物顔である」 と他校の卒業生に
見られているという事実が、あることをご存じだろうか?


私は三中卒業であるが、高校に入ってそれを如実に感じたものだ。
中心部が含まれる 「金透小学校 → 郡山第二中学校」 のルートは、郡山の花道である。
いかにクラブ活動で、五中や三中が活躍しようとも。  だから、他地域から郡山人が
「押しの強い、油断のならない人」 と見られても、「それは二中卒業生のことだ」 と転嫁できる。


もっとも、こういう態度が、「油断のならない人」 と言われる所以なのだろうが・・・・。

「迷走する瞑想集566」 2017/01/17

私が詩の形式に拘るのは、長文を書く耐久力がないためだ。
「なら、俳句とか短歌の方がいいんじゃね?」  あれはあれで、文を凝縮する労力がたいへんだし。
だから妥協点として 「詩」 の形式を選んだ、それだけのことだ。
寝る前に日記のように詩を書かされる身にとっては、極長・極短どちらでも負担が大きい。


「書かされる」 と書いたのは、こちらから迎えに行く性質のものではないからである。
勝手に頭に浮かび、躊躇していると、どんどん作品が膨らんでいく。  30分もすれば
きれいに消去されてしまうのだが、二度と思い浮かばないと知っているから、紙に書き留める。
オチまで書いて年月日を入れれば完了。  あとはグッスリ眠れる。


だから書かないとなれば(思い浮かばなければ)、何年でも書かなくて平気である。
私は別に、文を販売して生活費を得ているわけではないから、一向に困らないし。
そして、しばらくして読み返すと、今とは別人が書いている感がする。
「今なら、こんな言葉は選ばない」。  かつての私の個人的筆名は 「言語配列技師」 だった。
・・・本職の職名が 「技師」 だったから。


就職して長らく公文を書かされてきたせいか、文章がくどく変化したようだ。
公文は、明快に主張がわかる一方で、絶対に尻尾をつかませてはならない、という相反した特徴を持つ。
「~は、やむをえない」 は、格下の部署からの許可依頼への返答によく使われる。
これは 「しぶしぶだが賛成してやる」 の意が含まれ、 「そのかわり何かあったら
責任はそちら持ちだからな」 の付帯文を、暗に伴っている。


つまり、本心は反対なのだが、顔を立てて賛成したという、両面に担保した表現なのだ。
それから 「~等」 を必ず入れとけ、ともよく言われた。  この一字によって
カバーできる範囲は、ほぼ無限に広がる。  つまり裁量範囲が広がるのだ。
これは法律で縛られる役人にとって、機械のオイルの役目を果たす重要な 「文字」 である。


これがないと、条文に厳密に一致しない案件に遭遇した場合、ただちに動きが停止してしまう。
急発進・急停止を繰り返す下手な運転者の車に乗っていられないように
事あるごとに手が止まる役人もまた、傍から見て迷惑至極である。
べつに役人は、悪事を企んで条文に 「等」 を挿入するわけではない。


たとえ企んだとしても、3~4年で移動してしまうし。
もし 「等」 が嫌なら、役人の石頭には文句を言えないことになる。   それに
肝っ玉の小さい役人なら 「等」 の字など、たとえ書いてあっても無視するから。

「迷走する瞑想集565」 2017/01/17

我が県には 「会津磐梯山」 「相馬盆唄」 「常磐炭坑節」 などの、踊りやすい
わりと知られた民謡があるが、鳥取県にも 「貝殻節(かいがらぶし)」 という唄があるのを
ご存じだろうか?  「俺は、どじょうすくいしか知らん」   いやいや
あの 「安来節(やすきぶし)」 は、お隣の島根県安来市の民謡だから。


東北人にとっては 「どっちでもええべ」 だろうが、鳥取県と島根県はお隣同士でありながら
けっこう対抗意識は持っている。  「鳥取県は日本一の過疎の県だよな?」 と鳥取県人に言ったら
「それは島根県のほうだ!」 とたいそうな剣幕で言い返されたことを忘れない。  どっちにしても
「山陰地方」 という呼び名は可哀そうだ、と思ったのは確かだが。  山の裏、だもんなあ。


ところで 「貝殻節」 は、鳥取市賀露(かろ)港でのホタテガイ漁を歌ったものとされている。
実は、賀露の港は下宿から散歩で行ける距離にあった。  だから印象が強い。
実際港の周辺には、貝殻がかなり捨てられていたのを見ている。
そして港のそばには、海水浴場があった。


私自身は海に入るのが好きではないから、泳ぎはしなかった(海パンも持っていなかったし)。
しかし、波が穏やかな印象は持った。  「まるで猪苗代湖じゃないか」  日本海しか見ていない
鳥取県人を、福島県の薄磯海水浴場(太平洋岸) に連れて行ったらたまげるだろうな、と
思ったりもした。  あそこは私が子供のころ、いっぺんで波恐怖症になった所だ。


それはさておき、山陰は夕日のきれいな所でもある。
松江の夕日が有名らしいが、鳥取の浜でも沈む夕日に変わりはない。
砂丘研究所の砂山では、砂がオレンジ色に輝く瞬間を見たし
浜辺を散歩しながら、長時間かけて沈む夕日を眺めたこともある。


私の下宿から見ると、大学の学生寮の方向に沈んでいく。  そして学生寮は毎日が不夜城だった。
大学の屋上からも日本海は見ることができる。  新しい校舎の特典の一つである。
鳥取市内にあった古い校舎からは、逆立ちしても見えない。  もっとも私は、行ったことはないが。
その賀露の港を思い出しながら昔作ったのが 「薄暮の中に(1988/03/12)」 という詩である。


読んでみたかったら、『新幹線の窓』(下方にメニューあり) のほうにアップしてあるのでよろしく。
「海鳴り(1972/10/25)」 は、まさに夜の下宿の中にいた時の作だ
「ハイキング(1972/06/13)」 は、鳥取砂丘で看護学校生と合コンをやった時の印象をもとに
書いたもの。  「淡い空色の服が似合うよ・・・」 の上級生は、確かに実在していた。

「迷走する瞑想集564」 2017/01/16

「いま宇宙全体(この世)が10分の1に縮んだとしても、人類には縮んだことが判らないだろう」
という思考実験をやってみる。  確かに、比べる物すべてが10分の1になるのだから
日常では距離や体積の変化を、実感することは不可能だろう。


「光の色は、変わるのではないか?  全体に紫がかるとか」
波長が縮んで紫外線の方にズレるだろうが、こんどは赤外線の領域が認識されるようになり
結果として、七色の受光領域では変化は起きないのではないか?  だから、まだ人間は気付かない。


「光速が一定不変であるからして、測定すれば見かけ上光速が10倍のスピードに増大するのでは?」
確かに光速は、加速も減速もされないようだ。  このアインシュタインの理論の前提は
計測により確かめられているが、光子の大きさが10分の1になっても絶対不変と言えるのか?


それはまだなってみないから、何とも言えないはずだ。  仮に
光速もまた10分の1に落ちてしまうのなら、認識することはますます困難になる。
「速度」 とは、単位時間における移動距離のことである。  では、時間は変化しないのか?


相対性理論では(聞きかじりだが)、「2地点間の相対時間は変化しうる」 と書いてあったと思う。
つまり、遠ざかっているか近づいているかによって、相手の時間の進み方は違って見えるということ。
しかし系(1地点) の内部だけでは、その差異に気付かないとも書いてあった。


では宇宙全体を一つの系と仮定すれば、いったいどうなるのか?
「寿命が10分の1になっても、人間は気付かない」 となるのではないか?
もしすべてが10分の1の速度で運動するなら、時間も10分の1の速度で過ぎ去るということになる。


たとえ生きる時間が前の10分の1になっても、流れる時間そのもののスピードが違うのだから
「80年生きたことに、実感として変わりはない」・・・となるのではあるまいか?


この思考実験の面白さは、「10分の1なったことを示す絶対不変の原器があるか?」 だと思う。
はたしてその 「原器」 が絶対不変なのかは、実際に10分の1にならないと判らない。
あるいは絶対不変とは気付かずに、「突然10倍になった」 と受け取るかもしれないし。


惑星の体積・質量・太陽との距離が10分の1になったとして、公転スピードがそれに比例して
変化しなければ、あるいは天文学者だけは変化に気が付くかもしれない。
前の軌道計算の式が使えなくなるから。  しかし、まずこれは考えられない。


宇宙原初のビッグバン以前の状態は、一つの粒子に過ぎなかったという衝撃的な説がある。
それがビッグバンを経て、現在の星々に増大したというのだ。  そうならば
もしかすると現在の我々も、考えているほどには 「大きくない」 のかもしれない。

「迷走する瞑想集563」 2017/01/15

ところで 「BS日本・こころの歌年越し新春スペシャル」 のスタートから四連発
福島県関係の歌を放送したことをご存じだろうか?
① 「高原列車は行く」(作詞・丘灯至夫 作曲・古関裕而)
② 「夢淡き東京」(作詞・サトウハチロー 作曲・古関裕而)
③ 「東京の花売り娘」(作詞・佐々詩生[門田 ゆたか] 作曲・上原げんと)
④ 「あこがれのハワイ航路」(作詞・石本美由起 作曲・江口夜詩)


「高原列車は行く」 は、作詞が小野町出身で、作曲が福島市出身である。
「夢淡き東京」 は、同じく作曲が福島市出身である。
「東京の花売り娘」 は、昨日福島民報で知ったのだが、作詞家は福島市出身であった。
「あこがれのハワイ航路」 は、歌手も作詞・作曲者も関係ないのだが
これはどう見ても、いわき市スパリゾートハワイアンズのテーマソングだろう・・・まだなってないないが。


そしてだめ押しは、中頃にやった 「あこがれの郵便馬車」(作詞・丘灯至夫 作曲・古関裕而)。
郵便馬車が日本に走っていたかどうかは知らぬが、郡山・三春間に軽便馬車鉄道(三春馬車鉄道) が
あったことは確かである。 そして、作詞家の丘灯至夫氏は小野町出身だから三春町とは同郡内である。
しかも氏は、郡山商業高校卒業である。  はたして、作詞に影響はなかったのであろうか?


放送はしなかったが、同郷の作詞家と作曲家が作った曲が見つかった。
「ニコライの鐘」(作詞・門田ゆたか  作曲・古関裕而) がそうである。
この歌も名曲だから、そのうち放送になるかもしれない。
①から④まで(②は息継ぎが苦しい) は、かつて私の持ち歌であった。


しつこく福島県出身者を取り上げるのは、私自身が
福島県出身であることに卑下はしないまでも、誇りを持てなかったからだ。

「迷走する瞑想集562」 2017/01/14

長年そこに住み続けていると、たいていのものが当たり前になってしまい
路上の石ころが実は宝石の原石であった、ということに気が付かない。
逆に 「これぞ自慢のお勧め」 が、他郷から来た人たちにとっては見飽きたもの
だったりする場合もあるから、そこが観光産業の難しいところである。


真新しいホテルの立ち並ぶ温泉街には、心を動かされなくなったが
古びた旅館が軒を連ねる温泉には、また来てみたくなる場合もあるし。
私も完成した公園を、他県からの見学者に紹介していた時
彼らの視線は、周りの緑濃い山々に注がれていた、という経験を持つ。


私からすれば 「山の緑」 なんて、ありふれた風景に過ぎなかったのに
彼らには 「公園と池」 なんて、すでにありふれていたのだ。  それよりも
音楽のかかっていない一面の緑のほうが、都会から来た人には新鮮だったのだろう。
需要と供給のマッチングは難しい、と観光とは縁のない職種の私でさえ脱力した。


何を言いたいかというと、地元に人たちに 「観光の目玉」 を決めさせても
失敗する恐れが多分にあるということだ。  それよりは異邦人に原石を見つけ出してもらうほうが
よっぽど間違いない。  なにせ、来る人はみな異邦人たちなのだから。
独りよがりは必ず失敗する。  「いつか判ってくれる」 を待つうちに時間はどんどん過ぎてしまう。


それだったら、地域の内輪だけの施設と割り切ったほうが、まだ長生きできるだろう。
ところで 「酪王カフェオレ」 だが、あれはもともと福島県中通り中部限定の商品だったはずだ。
会社は郡山市大槻町にあるが、1975年に統合になった三春牛乳のミルクプラントに
かつて私は小学校の見学で行ったことがある。(今は取り壊されている)


現在でさえ 「酪王カフェオレ」 なんて市内のスーパーならどこでも置いているから、まさに
「なにをいまさら」 感なのだが、聞くところによると県外にまで販路を広げているそうな。
当たり前の商品としか見ていなかったものが、県外の人には新鮮に映る・・・わからないものだ。
なにが当たるか地元民には予測がつかない。  しかし他県には、実は存在しなかった。


他県を渡り歩いたことのがない 「役人」 に決めさせるのは、最悪だと知るべし。

「迷走する瞑想集561」 2017/01/13

「米作と観光の会津」 と書かれて、ムッとした会津人もいるのではないか。
「観光は頷けるが、農業は米だけじゃないぞ」  それは重々承知している。  しかし
他地域の農家からの反論が怖いから、あえて米としたのだ。


米だけで考えれば、会津の優位は皆納得するだろう。
まず味の点では、盆地の気象条件が味を良くしている。  寒暖差が大きいほど有利に働くらしい。
次に、一等米の比率である。  これも会津地方がトップである。(遡った記憶であるが)
他地域では、「会津に次ぐ一等米の比率」 を勲章と考えているぐらいだ。


さらに、反収(10アール当たりの収量) の差がある。
具体的な数値は控えるが(憶えていないのと、税金配慮)、会津地方の不作の年の反収が
他の地域の 「平年作」 に当たる、ということで納得していただけるであろう。
同じコシヒカリやヒトメボレを植えても、収量に差が出る。


「ヤマセ」 が吹き込みにくいという地域特性もあるのだろうが、どうもそれだけではないような。
調べてみたわけではないが、会津の方が稲の植える密度が高いのではないだろうか?
逆に言えば、それでも生育が良いという土壌条件だ、ということだが・・・・。
宣伝するわけではないが、会津の米はとにかく美味い。  同じ福島県の米を食ってる私が断言する。


むかし会津に転勤した時、下宿の夕飯で 「オカズがいらない」 と感じたぐらいだ。
あんな米を4年間も食わせられて、会津大学生は卒業後、西の故郷の米を食えるのだろうか?  と
ちょっと心配になった。  同じ下宿に大学生も住んでいたから。


県立のIT関係の大学を会津に置いたのは、まさに正解である。
米は他の嗜好品と違って、毎日食わないわけにいかない。  隣がいかに新潟県であっても
県外で外食するわけにはいかない。  いわば人質状態なのだ。  加えて運の悪い事に
会津は酒が美味いし、飲み屋も多い地方だ。  学生に限らず、冬季間の夜はすることが決まっている。


県立医科大学を会津に設置しないで、正解だったと私は思っている。
福島を卒業した医師は、すべて 「飲兵衛になって帰ってくる」 なんて噂がたったら
県民は県外を恥ずかしくて歩けなくなる。  しかし安心はできない。  福島市周辺の町村にも
造り酒屋がゴロゴロしているし、「円盤ギョーザ」 とは、元々酒のつまみだったのだから。


アルコ-ルで完全滅菌した医師・・・これはこれで、いいのかな?

「迷走する瞑想集560」 2017/01/13

「何をもって福島県の顔と位置付けるか」 が、そもそも定まっていない。
あれもこれもでは、福島県のカラーは打ち出せない。  「カラーなどいらない!」 威勢はいいが
それでは他県にアピールしようがないではないか。


「行ってみたい県」 の下の方でもよいのか?
「どこにあるか判らない県」 の上位でも構わないと?
「大男、総身に知恵が回りかね」 の図体だけがデカい県でもよかとね?


県内に三つの地方が厳然としてあるなら、フランスの三色旗のように県のマークも
縦じまの三色模様に替えればいいとさえ思う。  アメリカ合衆国の旗だって
州の数だけ星のマークが描いてあるし。  なんでかんで一体感がなければ・・・というものでも
ないのではあるまいか?  「福島合衆国」 これでもいいじゃないか。


「福島県は、東北の玄関口である」  これは間違ってはいない。   一方
「福島県は、関東の裏木戸である」  これも位置を考えるなら、癪に障るが間違いとはいえない。
「では、どっちが本当の姿なんだ?」  「さあねえ、見方の問題だと思いますよ」。


案外 「関東の裏木戸」 でも満更ではないと思いますがね、私の判断としては。
かつて 「北関東の一員だ」 てなアピールをしてませんでしたか?
「コウモリ」 とささやかれても、いいじゃないですか。  「中間点を目指す県」 なんだから。


位置的には中間点。  各種統計でも、突出した位置を占めない。
ブービー賞は嫌だが、優勝も特に望まない。  強欲ではないだけ、見上げたもんだと思うし
かといって、無気力でもない。  考えようによっては、「バランス感覚の県」 なのだ。


その原因の一つは、県内に地形で見事に分断された三つの地域の存在がある、のだと思う。
片一方で 「大雪注意報」 が出ている時に、もう片方では 「乾燥注意報」 が出る県。
主要な河川(阿賀川、夏井川、久慈川、阿武隈川) が、東西南北に流れ出す県。


このような茫漠とした地域が、「統一した意識」 を持てと言うほうに無理がある。
ちょうどマリ共和国の旗が 「緑・黄・赤」 の縦じまで、福島県をよく表していると思う。
緑色が米作と観光の会津、黄色が商業と行政の中通り、赤色が工業と漁業の浜通り。


いかがだろうか、異存はなかろう?  いや、異論百出するのは判っている・・・なにせ
福島合衆国だから。

「迷走する瞑想集559」 2017/01/12

「何もそんなに、福島県に拘らなくてもいいじゃないか」  そうである、いい歌はいい。
ではあるが、福島県は自分を売り込むのが基本的に下手だ。  強烈に自己主張しないから。
だから 「福島県ってどこにあるの?」 になるのだ。


北の農産物も南の農産物も、両方を作ることができる位置と
大抵のものが県内に揃っているがために、かえって空気のような存在になっている。
しかしピカイチと言えるものは、県民の頭にパッと思い浮かばない。


だから産地間競争に後れを取る。  「真ん中ぐらいで、いいじゃないのか」 が頭の中にある。
競争に勝つということは、言い換えれば他県を蹴落とすということである。  パイの大きさが
変わらないだから仕方がない。  「しかしそこまでは・・・」 が本音でもある。


探せば金銀宝石の原石が、地面にいくらでも転がっていてもである。  そのくせ
東京に出て行って有名になると、さも元からの東京人のような顔をする。
全国に名を売るには仕方がないことではあろう。  訛りも直さなければならないし。


たとえ 「私は福島県中通りの本宮出身だ」 と宣言したとしても
福島県周辺の県ならまだしも、遠く西の方の讃美者にはチンプンカンプンだろう。
私のように、歌手の 「五木ひろし」 が福井県出身ではなく、熊本県だと勘違いしていたり
「石川さゆり」 が石川県出身だと信じていたり(本当は熊本県出身) する人さえいるのだから。


では逆に、「鉄壁の福島弁というのはあるのか?」 と問われたら、福島県人は何と答える?
歌手の淡谷のり子氏が青森弁(厳密には津軽弁) を話してすぐにそれと認知されるように
福島県出身の芸能人が、話して万民に認知される福島弁とは何か?  これが難しい。


県外の人には何の事だか判らないだろうが、県内人なら 「はて?」 と首をひねるはずだ。
「会津弁か?  それとも浜言葉か?  中通り弁といったって北と中部と南では違うし」
となるのは必定だ。  下手をすると南部中通り弁を話せば、栃木県人と間違われるかもしれないし
いわき弁で話していると、茨城県人だと思われかねない。


俳優の加藤茶氏が話しているのは 「中通り北部弁」 であろうし、西田敏行氏が喋っているのは
「中通り中部弁」 である。  県内人が聞けば 「自分とこと違う」 と即座に判る。
あれでも県外人が聞けば 「福島弁」 を喋っているということになるのなら
それでもいいのかもしれない。  県内の言葉(訛り) を統一することなど、永久に不可能だから。


福島県民は、「福島県民」 という自己同一性を持つことが、そもそもにして苦手なのだ。
もとは三つの県だった、というのも判る気はする。
だから外に対しては、なにかボワ~ンとした県なのだ・・・と私は考える。
「それが福島県なのだ!」 と開き直るしか、道はないかも。


だって、中通りが 「福島県の顔」 ということにしたら、会津と浜が黙っていない。
会津は観光地ではボスだと自負しているであろうし、「港湾と工場地帯は浜が一番」 と
間違いなく浜通りでは考えている。

「迷走する瞑想集558」 2017/01/12

唱歌 『春の小川』(作詞・高野辰之 作曲・岡野貞一) は、1912年に文部省唱歌で発表。
そしてその後詞は、1942年と1947年の二度改変されている。  だから
私が小学校へ入って、音楽で最初に習ったのはこの最新版だったということだ。


私が教科書で習った最初の歌が 『春の小川』 だったが、二頁目以降はまったく記憶にない。
なぜ、この歌の名前だけ忘れなかったのか?
それは、私の住んでいた北隣に 「小川町」(現:いわき市小川町) があったからだと思う。
しかし、鉄道の駅名はなぜか 「小川郷駅」 である。  その由来はいまだに知らない。


同じ磐越東線の小野町の駅名が 「小野新町駅」 なのは、何か説明を聞いたような気がするが
これも忘れた。  ともかく、『春の小川』 が、小学校入り立ての頃を連想させるのは間違いない。
別に 「小川がサラサラ・・・」 とかは、どうでもよいのだ。
学校の帰りに近くの小川で、メダカをすくったり、エビガニを釣った記憶ならあるが・・・・。


しかるに、今年の元旦に 『BS日本・こころの歌』 で歌われた 『春の小川』 は
原典版だった。  なにか歌詞が違うような・・・という気がしてはいたが。
歌ったのはコーラス・グループの 「フォレスタ」(男性7名、女性6名) である。
このグループは合唱団でありながら、歌により自由に編成を組み替えるという特徴がある。


全曲を13名で合唱することは少なく、ソロで歌うパートがあれば、デュエットや3~5人で
歌う場合もある。  他の曲の合唱番組とは、そこが違っている。  楽譜も持っていないし。
そういうわけで、一人一人の声の特徴がよく把握できる。  最初から全員の合唱だとそれができない。
かといって 「フォレスタ」 は、ハーモニーでも完璧である。


話は全然関係のない方向へ飛ぶが、『イヨマンテの夜』(作詞・菊田一夫 作曲・古関裕而) という
伊藤久男氏の歌った歌がある。  アイヌの熊祭りを歌ったものであるが、歌手の伊藤久男氏は
いまだに信じられないのであるが、なんと北隣の本宮市出身である。  
作曲の古関裕而氏は、福島市の出身である。


前に 『高原列車は行く』 について書いたことがあったが (「迷走する瞑想集531」)
あの曲は作詞・作曲者がともに福島県出身だった。  『イヨマンテの夜』 は
作曲者と歌手が、ともに福島県出身だった。  歌謡曲の発表過程の三分の二が同県人であるという
まれな組み合わせに驚いた次第である。  ちなみに作詞の菊田一夫氏は横浜市の出身である。


しかし 『高原列車は行く』 と違って 『イヨマンテの夜』 は、福島県民の誰でもが
気安く歌える歌ではない。  まず、ある程度の声量がないと歌にならない。
オペラのアリアのような歌謡曲である。  昨今の猫背気味に歌う演歌の歌い方では話にならない。
「オラはマイクいんね(いらない)」 と言うぐらいでないと、なかなか・・・・。


ところで、『若鷲の歌』(作詞・西条八十 作曲・古関裕而) を歌った霧島昇氏は
いわき市大久町の出身だった。  だからこの歌も、三分の二は福島県産といえる。
それでは、会津坂下町出身の歌手の春日八郎氏の場合はどうか?


名曲 『別れの一本杉』(作詞・高野公男 作曲・船村徹) では、三人の出身地はバラバラである。
しかし、作詞の高野公男氏は茨城県、作曲の船村徹氏は栃木県、そして歌手の春日八郎氏は福島県出身。
つまり、隣同士の三県でこの歌はできた・・・ということにはならないだろうか?  無理筋か・・・。

「迷走する瞑想集557」 2017/01/10

私はコーヒーを飲むのが好きだ。  一日に二杯は飲んでいる。
「それでどこがコーヒー好きだといえるんだ?」
コーヒーはグァテマラをドリッフ゜で入れて、砂糖、ミルクを入れない。  「だから・・・」
私は 「コーヒー好き」 だとは言っていない。
「・・・を飲むのが」 と冒頭に書いてあるではないか。


私ははっきり言って、グァテマラとモカとキリマンジャロの区別もつかない。  まして
ブルーマウンテンの際立った美味さなど、感じたこともない。
「じゃあ、なんでグァテマラなんだ?」  いい質問だ。
喫茶店で飲んだグァテマラが、たまたま美味かったから。  酸味があるほうが好きだし。


しかし自分で入れてみると、どれも同じになってしまう。  いや販売店の立場を擁護すれば
どれも同じに感じてしまう・・・が正解に近いだろう。
「なら、もっと安いオリジナル・ブレンドでもいいんじゃないか」  「それでは
プライドが許さない」  「サイホンで入れてみようとかは思わないのか?」   「思わない。
あれまで手間暇かける時間がもったいない」   「だからみんな同じになっちまうんだわ」。


それはともかく、就寝前の一杯は安眠に繋がる。
「就寝前って、眠れなくなるだろうに」  ところがそうではない。
三~四時間前ならまだしも、直前に飲んでもカフェインは効いてこない。  むしろ
暖かい飲み物は、熟睡に繋がる。  「ほんとか?  お前だけじゃないのか?」。


たとえ目玉が冴えてしまっても、それでどうだというんだ。
無理に眠ろうとするからいけない。  今度は、何時まで起きていられるか挑戦すればいいのだ。
起きていようと精神を集中すれば、逆に睡魔が襲ってくるのは間違いない。
「それで朝まで眠られなかったら?」  「それでも人は、何時間かは寝ているのだ。
無理に寝ようとする意固地な態度が、逆に精神への障害となる」。


・・・と自分に言い聞かせつつ、今日も美味く入らないコーヒーを飲んでいる。
私はコーヒーを飲んでいるのではなく、コーヒーの 「幻影」 を飲んでいるのかもしれない。
もっとも、手軽に本格コーヒーが味わえたら、喫茶店はいらなくなるし
みんなが手軽に 「健康」 になれるのなら、とうの昔に医者は絶滅していたはずだ。


考えられる原因として、私が口に入れる物に拘らず、且つ凝りもしないという性格が
かかる事態を招いたと推測できる。  では、名コックは自分の最高の料理を自分で
毎日口にしているのか?  仕事以外でも、他人の作ったものは断固拒否するのか?
最高の料理を自宅で作るための材料費を、簡単に払えるほどの給料を貰っているのか?


美味いの不味いのと御託を並べられるのは、目の前の料理を食わなくても一向に構わない人だけだ。
私は、食堂の厨房に働く人が、自分の飯は他店に出前してもらうことを知っている。
なぜ、目の前の調理器具で自ら作らないのかと不思議になったが
自分の店が味は一番良いとは信じていても、忙しい時は他店の出前で済ます・・・この精神だ。


料理人とて、消防夫と同じ炎熱労働者だ。  まずは腹に入れねばならぬ。
食うことは手段でしかない・・・と考える人間は、貧しいと言えるのか?
美食家は、自分の満足以外なにも生み出さない。

「迷走する瞑想集556」 2017/01/08

世界最高の料理を味わえる舌を持った人間は、幸せだろうか?
99%の不満足な料理を食べることに耐えられるなら、幸せといえるだろう。
私は鈍感な舌を持たされたことに、感謝すべきだろう。  なんでも美味しくいただける。


褒めちぎるのは聞き流せるが、料理をけなす奴とは同席したくない。
「不味い」 と言うことは料理だけでなく、「普通だ」 と感じている人まで敵に回す。
食べたくなかったら本人が、そのレストランに次から行かなければいいだけだ。
自分の感覚に、他人の同意を求めるのはやめたほうが賢明だ。


「あそこの店は量が少ない」 というのでさえ、貴方の基準でしかない。
・・・という前置きの後に、全然関係のない本題に入る。
モーツアルトも石川啄木も、実生活では謹厳実直でなかったが、それらを誰も問題にしていない。
「天才は得だ」 という話ではない。  考えようによっては、彼らは社会生活に馴染めなかったのだ。


もっとはっきり言えば、彼らは社会から見れば 「不適格者」 なのかもしれない。
誰だってサラリーマンで一生やってゆける自信があるなら、あえて 「芸術」 のような博打に
生活の糧を見出したりはしないだろう。  起業家だって考えようによっては
人に使われることに耐えられない 「耐久性の欠如者」 と言えなくもない。


要するに、どっちの側から見るか、と言うことだ。
確かに天才と言われる人たちは、常人には及びもつかない跳躍力を示す。
しかし跳んだ先に着地板がなければ(理解されなければ)、そのまま歴史のゴミ箱に直行だ。
その怖さを、いかに無頓着な天才といえども、感じる時がない訳ではないはずだ。


だからか、なかなか天寿を全うできない。
人間の最終目標が 「生きる」 ことであるなら、「耐久力のある凡人」 の方が
結果的に遠く(長い時間) まで行ける。  どちらが勝利者と言えるだろうか?
「天才がいなければ、進歩はない」。  ならば 「瞬時の絶滅を可能にするのも天才だ」。


天才は、凡人の遅い歩みを加速させるメリットがある。  それが、結果的に悪い事であっても。
しかしその責任をあまりに期待しすぎるのは、彼らにとって酷なことだ。
過剰な責任感は、跳躍力を萎えさせる。  それを判断するのは、凡人の役目である。
不快なら、先頭の提灯持ちに 「そこをどけ!」 と注意すればいいだけだ。


しょせん、天才の作品が永遠の命を持つか否かは、「賭け」 でしかない。
しかし凡人は、賭けを回避しながら日々を歩いて行く。
そうして、凡人の方が圧倒的に数が多いのも事実だ。
天才だけ参加しても、お祭りのパレードにはならない。


ひとりの貴族には多くの使用人たちが生活を支えてくれている、という事実を忘れてはならない。
「貴族」 とは、それらの総称を言うのであって、個人を指す言葉ではない。
ひとりになった貴族は、もはや屋敷を出ることさえ叶わないだろう。
外出着を探すことから始めなければならないから。  下手をすれば、外食できずに飢え死にだ。

「迷走する瞑想集555」 2017/01/07

『夢淡き東京』 を風呂場で、何度か歌ってみたことはあるが
テンポがいい曲のため、息継ぎをどこでしてよいかが判らず、酸欠状態になったことがある。
藤山一郎氏は、まるで息をしてないかのように歌っているが、どこかで息は吸っているんだろう。


息継ぎが下手なのは、実は歌だけではない。
水泳でも、体力は残っているのに息が苦しくなって、プールの中央付近で挫折した。
そしたら、中央辺は深くなっていて足が立たず、危うく溺れるところだった。
だから私は、脇の下より深い所には 「絶対に」 行かないことにしている。


「船に乗ったらどうするんだ?」 とか 「飛行機が着水したらどうするんだ?」 とかの
仮定の話には、いっさい返答しないことにしている。


前置きはそのぐらいにして、今日 「如宝寺の七日堂まいり」 に行ってきた。
これが私にの一年の撮り始めである・・・が、今年はシャッターを押さなかった。
天気が良かったのになぜか?


毎年撮影に出かけていると、情景が見慣れたものになってしまい、発見や驚きがなくなった。
これがその理由である・・・と思われる。  「平凡な情景を、そうでなく写すのが
写真家じゃないのか?」 いいや、私は平凡なものは平凡に写したい。


テクニックで人を驚かせるのは、芸術家のすることである。
写真家は、「何を写したか」 で勝負するべきである。  何を造ったか、ではないと思う。
当日も一眼レフをぶら下げた小父ちゃんたちがかなりいて、ダルマを買う老婆にポーズを要求していた。


あんなものは、通り過ぎる際にサットと写した方が、なんぼか自然な感じが出るのに・・・・。
本人の了解が・・・というなら、顔が向こうを向いている時にシャッターを押せばよいのだ。
参拝者はモデルではないんだぞ。  写真家が排除される日が、いつか来そうな気がする。


老人の道楽にカメラは最適だが、運転テクニックだけ覚えてマナーを知らないドライバーと同じで
陰で眉を顰められるだけだ。  人の多いイベントには、まず溶け込まないと。
・・・と述べたのは、実はほんとの理由の一部でしかない。


私はお飾りを買った時点で、小銭を切らしていた。  だから線香もあげなかったし、大判焼も
買うのを断念した。  これではいけない、と通り向かいの本屋に入り小銭を得た。  すると
福引抽選券を手渡され、近くの抽選所で三角くじを引かされた。  それで手にしたのが


銀賞のティッシュ4箱セット、銅賞の酪王カフェオレを4個。  これで私の両手は完全に塞がった。
本屋で買った本も持っていたし。  こんな状態でシャッターを押せる写真家がいたらお目にかかりたい。
ほとんどが自動化されているカメラ機構だが、シャッターだけは指で押さねばならない。


と、御大層な愚痴を述べたが、まあいいさ。
来週1月15日は 「三春のだるま市」 がある。  この時に
あまり買い込まないよう気を付ければいいだけだ。

「迷走する瞑想集554」 2017/01/05

『夢淡き東京』 (作詞:サトウハチロー 作曲:古関裕而) という私の好きな歌がある。
これを聞くと、福島市の隈畔(わいはん) の朝の情景がなぜか眼に浮かぶ。  歌も情景も
記憶に残っているはずがないのに。  ちなみに 「隈畔」 とは、阿武隈川沿いのあたりである。
地図を見ても、載ってはいない。  県庁の裏の辺、と言って間違いではないだろうか?


私は東京へのあこがれを歌ったものと認識していたが、歌詞だけを見るとそうではないことが判る。
事細かに東京の情景を歌っている。  これは東京に長いこと住んでいる人が、内部から歌っていると
認識を改めた次第だ。  これで古賀政男氏あたりが作曲していれば、間違いなく 「東京の歌」 に
なっていたはずだが、実際は福島市出身の古関裕而氏である。


氏の曲は、遠くからの東京へのあこがれが漂っており、はっきり言って歌詞とのミスマッチである。
東京内部から見ている歌詞に、東京外部から見ている曲をつけてしまった。  たぶん
東京人は、この歌を大きな声で歌いたくないのではあるまいか?  『東京ラプソディ』 の方が
まだしっくりくる・・・と、外部からは思えるのだが。


しかし 「ミスマッチ」 ゆえに、この曲は全国で歌われるようになった。  皮肉なものである。
視点が定まっていなかったがために、かえって全国に普及してしまったのだ。
ついでながら、サトウハチロー氏は東京都生まれである。  ただし、父は青森県出身であったし
母は宮城県出身であった。  それからこれを歌った歌手は、東京出身の藤山一郎氏である。


やはり作曲の古関裕而氏は 「偉大なミスキャスト」 といわざるを得ない・・・東京人にとってはだが。

「迷走する瞑想集553」 2017/01/05

農家の後継ぎがいないとかで農家の就労人口が減り続けているが
農産物を適正な価格で(高値で) いくらで売れれば、「やるな!」 と止めようが
農業を志す人は増えるはずだ・・・が私の持論だ。


一例がある。  ある町でタバコと桑が最盛期だった頃に、畑を造成したことがある。
畑というものは水田より手間がかかり、利用率は水田の100%より当然低くなる・・・のだったが
その町に造成した畑の利用率は、100%を超えていた。


100%を超えるっちゃどういうこと?  新幹線の 「帰省時の120%の乗車率」 と同じこと。
つまり、本来の畑面以外にも桑を植えていた、ということだ。  どこに?
畑と畑の間つまり 「法面(斜面)」 にである。  「なんにもそんな所まで使わなくても」 と
言った記憶がある。  斜面に耕作機械は無理(転落)だから、人手のみの作業となる。


そしたら言われた言葉が、「造成前に比べりゃはるかに緩いし、だいいちもったいねえべ」 だった。
そんな理由もあってか、普通は畑面のみを個人の所有にするのだが、斜面の一部まで個人所有に
割り振っていた(雑種地)。  「斜面に桑の木を植えてもらえば、安定もするし」 という言い分だった。


どこまでを個人所有にするかは、事業前の 「決め」 だから、いずれでも正解である。
ただ雨で斜面が崩壊すると直すのも個人になるから、普通は貰いたがらない。
しかし桑が最盛期の時は、1割2分(1:1.2) ぐらいの勾配なら、個人所有の方がよかった。


米だってそうだろう。  米価はジリ貧だとはいえ畑作物より安定しているし、手間が少ない。
だから 「米はこれ以上作んな!」 と号令をかけても、それを破ってでも作らざるを得ない。
本来なら契約栽培などで畑作物の価格が安定していれば、技術はまだあるのだから
「高値の作物でも作ってみっか」 となるはずである。  しかしならない。


それにはいろいろな要因がある。  機械化体型が確立された稲作に比べ
畑作は人手がいり、大規模化ができない。  増収を見込むとしたら、高価な作物を作るしかない。
高価な作物とは、他人があまり作っていない作物のことだ。  当たればウハウハだろうが
失敗すれば、投資した資金は借金となって残る。  農家とて博打はしたくない。


それにもう一つの問題は、高価な作物というのは、はっきりいって嗜好品である。
消費者の好みが変われば、売れ残りの山ができる。  一つの作物は試行錯誤を経て
やっと市場に出せる。  次から次へと作り変えるのは、その試行錯誤の期間が伸びるだけだ。
だったら絶対に食ってもらえる米のほうが、まだ安心できる・・・と私は推測する。


農家とて経営者である。  あれこれ比較検討の上で、現在の戦略を決めている。
そういう意味では、工場の経営者となんら変わるところはない。
「ジリ貧に泣きくれる哀れな農家」 とは、農業を知らない都会人の幻想でしかない。
製品が売れなければ廃業に追い込まれる・・・のは工場と一緒だ。
ただ工業製品のように、小回りと一時休業がしにくいだけで・・・・。

「迷走する瞑想集552」 2017/01/05

駅前大通りは、たいてい駅正面から見通せる通りである。  つまり鉄道駅の参道に当たる。
ここで、福島市といわき市と郡山市と会津若松市を比較してみよう。
福島市は、駅前大通りがそのまま繁華街になっている。  パセオ通りという直交した通りもあるが
あれは私に言わせれば飲み屋街だ。  もちろん普通の商店もあるが。


それに対して、いわき市は駅前大通りが、繁華街とイコールにはなっていない。
通り名は判らぬが鈴藤からワシントンホテルまでの通りが、平の七夕のメイン会場である。
この通りは駅前大通りと直交しているから、いわき駅から直接は見通せない。
これと似ているのが郡山市である。  中町・大町の通りは駅前大通りに直交している。


しかし郡山の祭りのメイン会場は駅前大通りであり、うねめ祭り然り、秋季例大祭然りである。
いわき市も、いわき踊りは駅前通りで開催するらしいのだが、私は見たことがない。
では会津若松市はどうなのか?  神明通は、会津若松駅からは見通せない所にある。
やはり駅前通りに直交しているのだが、直交しているのは中央通であり、神明通はその先である。


だから初めて訪れる人が、徒歩で行っても迷ってしまう可能性がゼロではない。
駅を出てすぐに右へ曲がると、そこは 「町方蔵しっく通(会津人が付けた名前か?)」 であり
中央・神明通はもっと先を右へ曲がる。  会津若松は天下の城下町であったから
異邦人には分かりづらい街づくりをしている。  通りを1~2本間違っても気が付かないという。


さて、他県の貴方ならどの都市を訪れてみたいと思うか?
駅前大通りが一番整然としているのは、私見ながらいわき市であろう。
一番人通りが多く活気があるのは、福島市かと思われる。
一番歩き回りたくない人なら、郡山市を推薦する。  駅前通り沿いのホテルに宿泊すれば
眼下に二大お祭りを見下ろせるから。


逆に、迷ってもいいから散策しまくりたい人には、会津若松市がおすすめである。
県下で最も威厳のある(最も古臭い) 会津若松市役所を、駅前から徒歩で探し出した観光客には
記念品を贈呈したい気分である。  市役所は、お城に背を向けて北向きに建っているから
なおさら陰々滅々の感があるが、職員の応対とは一切関係ないことを申し添える。


郡山市のように開成山公園の脇に新庁舎を建てて、さっさと移ってしまったのとは逆に
文化財的建造物を保存する意味で使い続けているのか、はたまた新庁舎を建てると
「お城の天守閣より高い建物はまかりならぬ」 に、抵触するのが嫌で自粛しているのか
あるいはたんに、「建築資金」 がないためだけなのか・・・古の城下町の謎は深まる。

「迷走する瞑想集551」 2017/01/04

順序からいって植物で先で、動物が後から出てきたのだから
動物の役目は酸素を吸って二酸化炭素を吐き出し、植物に二酸化炭素を供給すること・・・それなら
話は分かる。  であるなら、多量に二酸化炭素を供給してくれる動物の方が
植物にとっては重宝だろう。  たとえ自分たちの身を食わせてやっても、充分元が取れる。


しかしよく考えてみれば動物など存在しなくても、二酸化炭素に不自由はしないはずだ。
雷などでいったん火災が起きれば、多量の二酸化炭素が放出される。  餌で食われるのと同じことだし。
昆虫ぐらいだったら、生かしてやってもいいだろう。  植物の使用人として。
あっ?  ということは人間の宇宙旅行も、他の星に生息域を拡大するため?  ただし植物の。


考察がSFじみてきた。  しかし視点を変えて見るということは、SFの独壇場でもある。
1000年近く生きる植物から見れば、動物の一生など一瞬でしかないだろう。
人間が虫を眺めるようなものである。  しかも植物は、エネルギーがどうのと騒ぐ必要がない。
太陽光発電を自前でやっているから。  朽ちた死骸を、また栄養にできる。  ハイエナ以上だ。


植物は動物がいなくても生存可能だろうが、その逆はおそらく不可能だろう。
ある意味、動物は植物に寄生して生きていることになる。  肉食動物でも、間接的には依存している。
なぜなら、草食動物がいなくなったら即絶滅だから。  「人間は化学的に合成できる」 としても
その材料(石油) は、植物の死骸ではあるまいか?


動物(人間を含めて) は植物に、「ついでに」 養われている・・・が、正しい姿ではあるまいか?
ああなんだか、新春から気が滅入ってきたぞ。
この植物と動物の関係(序列) に気が付いた人間が、もしいたら
彼は植物を日々崇めるかもしれない。  たとえば 「御神木」 として。

「迷走する瞑想集550」 2017/01/04

福島県は押しなべて交通案内標識が控えめだ。  もっとはっきり言うなら
案内標識が 「目立たないように」 設置してあるかのようだ。  だから、十中八九見過ごす。
「景観を破壊してでもいいから、もっと目立たさせろ!」 と思うのは、私だけか?


たとえば郡山駅前のバスターミナル。  ここに一般車両が間違って入り込むことがある。
もちろん 「一般車両進入禁止」 の警告はしてある。  ただそれが
薄い水色の歩道橋の横っ腹に 「青字で」 書いてあるだけなののだ。  こんなもの
気が付けという方がそもそも無理な話だ。


まさに 「書けばいい」 そのものである。  郡山市内の道路標識は、いったいこれを設置した人が
自分で走ってみたことがあるんだろうか?  と思うぐらい目立たないし、役に立たない。
市民のドライバーは市内を知っているから、いちいち見ちゃいないが、本気であれに誘導されたら
ある地点から判らなくなり、「貴方は今、どこにいるのでしょう?」 に陥るのは必至だ。


そうして 「交通標識が当てにならない」 を学習し終えたドライバーは
車を止めて通行人かコンビニで聞くようになる。  もっとキッパリした人なら
初めての所には自分の車では行かない、ぐらいにはなるだろう。
時間の有り余っている旅行者なら、話は別だが。


多車線道路の分岐するところなどは要注意だ。  走り慣れた人でも幻惑されて
行くべき所ではない方向に、思わず誘い込まれることがある。  恐ろしや、交通標識。
と、苦言を呈し終わったところで本題に入る。


ずっと以前に、地球上に生命が生まれたのはいいとしても
単細胞生物のままで良かったんじゃないか?  と述べたことがある。
単細胞生物が生存しにくくなったんなら別だが、現在も健在である。  ならば
かように大掛かりで複雑な生物の体が、はたして必要だったかは考えてみる必要がある。


特に人間などは、自身で変調をきたしてしまうほどの精密・取扱注意の生き物である。
かような生物まで誕生させてしまった 「自然の戯れ」 は、その意図が解らない。
地球が生物誕生の可能な惑星だったにしても、「展示品」 を増やすことに目的などあったのかしら?
偶然に偶然を重ねて進化・・・そんな面倒くさいこと、わざわざしなくても・・・・。


百歩譲って地球上に植物だけが繁茂していても、なんら不都合ではない。
さぞかし 「静かな地球」 が出来上がるであろう。
植物の適応力も結構すごい。  だからいまでも、地上至る所に植物はあるのだ。
水中の珪藻類も植物である。  なんだかんだいって、一番栄えているかもしれない。


植物は、動物の餌になるためにできたのではない。  そのはるか前から、地上にある。
二酸化炭素を酸素に変換して、動物のためになる役割で出てきたのでもない。
動物の出現以前から地上を謳歌していた。
「地上の生物の何割かは、まだ未発見である」 つまりアパートの住人をすべて知っている訳ではない。


だから 「誰が誰を支配している」 という構図は当てはまらない、ということだ。
「人間は、すべての生き物の頂点にある」 という確信は、見たこともない住人が多数いたんでは
根底から揺らぐことになる。  配下の契りなど結んでいないのだから。   それに
人間が進化の打ち止めと、誰が決めたのか?

「迷走する瞑想集549」 2017/01/04

観光案内標識でも、長崎市のように親切なものは立っていない、
長崎市の場合、自分が目的地に近づいていることを実感させるように立ててあるから
不正確なポンチ図(略図) が頼りでも、たとえばオランダ坂にたどり着ける。  しかし


福島県は車で移動が基本だから良くて100m単位、場合によってはkm単位の案内が出ている。
それでもまだ 「距離表示」 を表記しているのは、親切な方だ。
人に聞いてもだめ、標識も当てにならない、としたらタクシーを利用するしかなくなるではないか。
そういう意味で私は言ったのだ。  べつにタクシーを儲けさせるために言ったのではない。


もちろん例外もある。  春の花見山に行くには、福島駅前から専用バスが出ているし
飯坂温泉に行くには、専用の鉄道が走っている。  誰であれ迷うことはない。
しかし道路標識だけを頼りに走っていたら、たぶん1~2度は止まって考え込むはずだ。
しかし考え込んだ地点に、案内標識はまずないと心得よ。  すでに道を遠く外れている可能性がある。


県内にはスカイツリーも東京タワーも立ってはいない。  目標物が皆無なのだ。
だから県内人でさえ他地域に行くと、自分がどこを走っているか判らなくなることがままある。
「茫洋とした福島県」 というのは、そのことを言っている。
くれぐれも県外からのお客さんは、癇癪を起こさないよう願う。

「迷走する瞑想集548」 2017/01/04

福島県は広くて茫洋としているから、たとえば会津の人が県外のお客さんに観光地を進める場合
「ハワイアンズとアクアマリンに行ってみなんしょ」 とは、まず言わない。
同様にいわきの住民が 「滝桜や花見山も奇麗でねえが」 とは、推薦しないだろう。
湯本温泉が地元にあるのに、飯坂温泉や磐梯熱海温泉や東山温泉を後押しするする訳がないのと一緒だ。


他地域のことなどそもそも関心が薄いし、積極的に推薦してやる義理などない!・・・が本音だろう。
いまだに福島県は 「三つの県(圏)」 なのだ。
いかに高速道路網で結ばれていようと、行くのに2時間近くかかるほかの地域に
常時関心を持てというのが無理な相談なのだ。


それでは、各地域内は一体化しているのか?
たとえば中通りの白河から福島までは、新幹線を使えば30分ぐらいで行ける。 郡山ならその半分だ。
では緊密な連携が取れているかというと、やはりそれぞれが張り合っているし
それに対して新幹線の駅がない市町村は、いくらかむくれ気味である。


「福島県は、アメリカ合衆国に似ている」 と前に書いたが、誇張ではない。
太平洋岸・中西部・東部と分かれているように、浜通り・中通り・会津とはっきり分離される。
いまは民放テレビ局が中通りにしかないから、県民が同じ画面を見ているが
会津若松といわきに新局が誕生したら、別々の画面しか見なくなるのはおそらく間違いない。


はっきりいって、いわきの住民に中通りの情報など、あまり必要ではないのだ。
まして会津のことなど、他国の話ぐらいにしか感じないだろう。
関心が薄いということは、その知識も県外の人と似たり寄ったりだということだ。
だから県外からのお客さんは、「自分がいまどこにいるか」 を、強く意識しなくてはならない。


全県を観光して回りたいなら、観光案内人のそばを絶対に離れないことだ。
「おなじ県内でしょ?」 は、少なくとも福島県には通用しない。
福島県は、観光県としてはヨチヨチ歩きの状態に入ったところだから
県民が、全県の観光地など把握していない。


下手をすれば郡山市民でさえ、「安積(あさか)歴史博物館」 の位置を知らないかもしれないし
開成山公園を知っていても、おそらく久米正雄記念館のあり場所は知らないだろう。
ということは、貴方は駅前からタクシーに乗るしかないのだ。
道すがら人に聞いたとしても・・・おそらくたどり着けずに挫折する。

「迷走する瞑想集547」 2017/01/03

先天的に知ったかぶりの得意な奴も存在はするが、技術者の卵の時に先輩から
「一般住民に自信のなさを見せてはいけない」 と教えられたことがある。
いったん不信の念を持たれると、本人だけならまだしも他の技術者まで信頼を失うから・・・
ということらしい。  しかし誠実を旨とする技術者の卵が守るには、ハードルは低くはない。


この言葉は翻訳すると、「嘘でも自信満々に振舞え!」 と言っているのだ。
技術を学んできて就職した時に、これを言われると一時頭が混乱する。
しかし 「嘘の事実を言え」 とは言っていない。  ただ 「虚勢を張リ通せ」 と言ってるだけだ。
そして、その分離ができなかった技術者も皆無ではない。


説明しても住民が理解できないのは、まだ技術者の能力不足でしかないが
己の専門分野で、間違ったことを知りつつ虚偽の説明するのは、はっきり言って自殺行為である。
たとえその場を上手く切り抜けたとしても・・・・。
基礎的概念を共有しない人たちとの会話は、苦痛でしかないのは分かる。  だから早く終わりたい。


しかし 「あとは俺たちに任してくれ」 と結んでも、住民の同意が得られた訳ではない。  だから
予想外の事態が発生した時に、住民が 「仕方がねーな」 と考えてはくれない。
その説明会で、また嘘を言う羽目になる。  嘘の連鎖である。  そして
信用の回復には、長い時間が必要になる。


「虚勢を張る」 とは、自信のある事を自信を持って言い、判らない事は
「帰って検討し、後日必ず説明に伺います」 と素直に頭を下げればよいのだ。
それをあやふやな知識で強弁してしまうと、自分の首を絞めることになる。
それには、自分にはどこまでが判って、どこからが判らないかを・・・判っていなくてはならない。


何かを言ったかのように言い聞かせる話術は、技術者には不要だが
理解不能な事柄を噛み砕いた言葉で理解させる、これは技術者にとってマスターすべき能力だ。
特に、作業所に籠もりっきりでいる訳にはいかない 「現場技術者」 にとっては。
だがそこまでは、学校でも教えてはくれない。


廃業するまで問題なく成果品が完成し続けさえすれば、あえて必要ではない能力ともいえるが。
実際、口下手な職人はいる。  「シロートは黙っとれ!」 と言わんばかりの。
それはお客の要望を一切無視できる、幸せな職人だけだ。

「迷走する瞑想集546」 2017/01/03

今朝ツイッターを眺めていたら 「都道府県別・酒豪型遺伝子の出現率」 なるものが載っていた。
その上位10位以内に、東北勢が4県も入っていた。  しかも出現率70%以上の中に
我が福島県(第4位) が飲みネートされていた。  これはある意味、消え入りたい気持ちだ。


秋田県がトップなのは分かる気がする。  何といっても酒どころだし
私の知っている秋田県出身の職員に、酒の弱い人はいなかった。  飲んで寝ちまう、とはまるで
正反対の人たちばかりだったし。  「秋田音頭」 ができたのも解る気がする。 あれは酒宴の歌だ。


「花笠音頭」 や 「会津磐梯山」 のように、踊るための歌とは性格が違う。
ちなみに 「花笠音頭」 の山形県は、第6位である。  「南部牛追い唄」 の岩手県は
第2位であった。  鹿児島県がトップスリーにランクされているのは、おおいに分かる。


あそこは 「いも焼酎」 の本場だし、九州で 「酒!」 と言ったら焼酎のことを指す、と教わった。
加えて、かの地に転勤した本州人はほぼ間違いなく 「胃をやられる」 と脅かされた。
昔私が、仕事の一環で鹿児島入りをした時、数人の福島県人と同行して飲み屋に入ったことがあった。


とうぜん置いてある酒は焼酎ばかりである。  しかし面々の酒のピッチは、清酒と変わらなかった。
いったいこの人らは、アルコール度数の高い酒を飲んでいる、という認識はあるのだろうか?
と、心配になった記憶がある。  と冷静に眺めながら杯を重ねていた私もいたのだが・・・・。


この 「酒豪型遺伝子の出現率」 とは、そんな遺伝子があるのか?  と戸惑ったが
アルコールを分解する酵素というものは、確かにあるようだ。  それが人により高低がある。
押し並べて欧米人は高いから、バーでウィスキーをグッと一気にあおっても平気の平左なのだ。


当然、二日酔いの出現率も低くなるのであろう。
それからいくと日本人は分解酵素が少ないから、国際的には酒に弱い部類とされている。
男性よりも女性の方がさらに低くなる、と書いてあったのを憶えている。   しかしそれは


男女の平均値の差を見た時のことで、一人一人の値とは直接関係しない、これもまた真実だ。
県内の酒宴の席でのびてしまった女性職員を、私は寡聞にして知らない。
「おい、お開きになったんだぞ」 と毎回叩き起こされる男性職員は、何人か知っているが。


ついでながら、新幹線の通勤で福島で降りられずに仙台まで行ってしまう酩酊性眠り病の男は
心のどこかに 「誰かが助けてくれるはずだ」 との依頼心を潜ませている、というのが
私の観察による結論だ。  だから回りに同僚がいないと、当然のごとく乗り過ごしてしまう。


部下ができると、この依頼心にさらに拍車がかかる。  だから、部下に嫌われている孤独な上司は
電車を乗り過ごすという間違いを絶対に犯さないはずだ、というのが私の仮説である。
まだ実証されてはいないが・・・・。


ひとりで帰宅するのが当たり前の私は、どこをどう通ったか覚えていなくとも朝になれば
ちゃんとベッドに横になっている。  脛に原因不明の傷があったにしても・・・・。
会津若松の側溝は、除雪のため蓋を被ってないことが多いから気を付けるように。


また若い時に、喜多方に赴任して数日後の歓迎会で、帰宅するのに方向感覚がまだ定まっておらず
熱塩加納(北の方角) に向けて、夜中に延々と道路を歩っていたことがある。
「なにか違う!」 と気が付いて目標物を探し、電電公社のアンテナを発見し無事帰宅した経験がある。


帰巣本能というものは確かにある、と再確認をした次第だ。
「そもそも、酒を飲まなければいいではないか」 という極論は置いておく。
おしなべて技術者社会は体育会系のようなものだから、自然と酒に強くなってしまう・・・のだ。
看護婦さんとて例外ではない。  看護婦さんと酒を飲もうなんてことは、怖いもの知らずとしか・・・。

「迷走する瞑想集545」 2017/01/02

いま福島県の拡大地図を眺めていたのだが
「福島県の太平洋岸に、島はまったくない」 ことを再確認した。
ツルンとして離れ小島がないことは、福島の名を使う者として恥ずかしい。


地図上で確認できる 「島」 は、猪苗代湖の中にある 「翁島」 のみである。
私は若い時、「離れ小島に赴任してみたい(嘘だ)」 と思ったが、ないんじゃ仕方がない。
鹿児島県には島がある。  島根県にも島がある。  広島県にも島がある。  徳島県にも・・・。
なのに福島県には、島がない。  おまけに、福島市は山に囲まれている。


私は西に行っていた時、壮大な 「詐欺」 を働いている気分が拭えなかった。
「島」 には別な意味もあるのだろう。  それは薄々判るにしても、嘘つき感が払拭できなかった。
いっそ 「お多福県」 と名乗ってくれた方がまだ良かった。  新潟県を強引に併合して
佐渡島を手に入れてくれれば、もっと良かった。


福島県住民は県内にいる限り、同じ大地を踏んでいるしかないのだ。
これは己自身の内に 「外国」 を持たないということと一緒である。
気にするほどのことではないのかもしれない。  しかし、損をした気分だ。


だから、いわき市にハワイができ、天栄村にイギリスができた時は、悪い気はしなかった。
虚構であっても構わない。  だいたいその本国が、そもそも虚構で覆われているのだから。
長崎にできたオランダも、大阪にできたアメリカも、素直に感動できた。
ただ一度韓国に出国した時は、沖縄に行った時より緊張したが。


「どこに行っても同じだ」 と言う人がいるが、「お客さん」 はどこまで行っても
「お客さん」 の正装を脱ぎ捨てるべきではない、と異邦人生活が長かった私は考える。

「迷走する瞑想集544」 2017/01/02

ところでフト思ったのだが、福島県は十文字に高速道路が走っている。
それに加えて東北中央自動車道・相馬福島間が出来上がれば、浜を走る常磐自動車道と合わせて
たとえ県庁が会津若松市に移転したとしても、職員のアクセスは容易になる。   というか
ただ一つ高速道路の恩恵に浴していない南会津の合同庁舎職員が、喜ぶだろう。


現在は田島(現:南会津町) から福島市への出張は、泊付きか深夜帰宅覚悟である。
会津若松に出て高速に乗るか、白河に出て高速に乗るしか方法がない。
鉄道もあるにはあるが(会津鉄道) 会津若松経由で郡山に出るのが、恐ろしく時間がかかる。
旅費を支出する事務屋さんは喜ぶだろうが、現実的ではない(しかしやりかねない)。


高速道路での県内移動は、福島県では鉄道移動より、時間的にはるかに勝る(新幹線を除く)。
移動時間を減らしたい公務員(観光客は別だ) は、新幹線以外の鉄道を使いたがらない(通勤者も)
これは偽らざる事実だ。  鉄道の駅まで歩くのが嫌だし・・・・。


それで提案だが、高速道路の公用車の料金を無料にしてはどうか?
「それでは、鉄道が寂れる」  何を言っている。  在来線の駅の数と、高速道路の出口の数と
どっちが多いと思っているのだ。  あくまで高速道路は、拠点間を結ぶものだ。
一般市道と国道のバイパス路との違いだ。  そもそも用途が違う。


で、話を最初に戻すが会津若松市に県庁を移転しても、心情的に反対意見はあるまい。
持っていかれる福島市を除いてではあるが。  確かに、会津若松市には新幹線はない。
しかし全国の県庁所在地にすべて、新幹線が走っているだろうか?  沖縄県には鉄道さえない。
四国の4県はどうする?  新幹線はあればいいというだけで、絶対的必要条件ではない、と断言する。


「会津は雪が多いだろう」 それがどうした、日本海側の県にどやされてもいいのか?
地震でいえば、確かに阿武隈高地は地盤がしっかりしているが、太平洋側の震源地に近いという
弱点を持つ。  それに対して会津は、新潟県や宮城県の地震や、さらに今度の大震災でも
影響はごくわずかだった、いわば地震のエアーポケットのような地である。


会津若松市が県庁所在地になれば、磐越西線・東線が、今のままでいい訳がない。
県の横の移動が増えて、複線化されるかもしれない。  北の米沢市とも往来が密になるかもしれない。
なんといっても米沢市には、新幹線(山形新幹線) が走っている。
郡山や福島に出るより楽だとなれば、そちらを使い始めるかもしれない。  そして


ふくしま駅伝はそのうち、いわき市をスタートして会津若松市をゴールに、変更するかもしれない。
そうなってこそ、三地方を駆け抜ける 「ふくしま駅伝」 の趣旨が生きようというものだ。
もっとも、どっちであれ郡山市を通過するのは間違いないから、郡山はたぶん静観するだろうが。
道路はある。  国道49号線を通行止めにすれば済むのだから。


逆に会津スタートにすると、会津盆地の縁を登る坂が半端でない。
あの坂は駆け下りた方が、ランナーにも車にもよいと考える。   それでもというなら
「山の神」 の存在が、どのチームでも必須となるであろう。   つまり
「箱根駅伝」 と同等の資質が求められるということだ。


やっとオチが付いた。

「迷走する瞑想集543」 2017/01/02

元日に何か書こうと思っていたが、初もうでを掛け持ちしたので、それどころではなかった。
パチパチと参拝したのは、近くの久留米水天宮(郡山の) であるが、ここには参拝者用に
御札や破魔矢を置いていない。   それで


国道4号線沿いの安積国造神社に流れる(二次会ではない) ことにした。
ここでは多数の巫女さんがテントまで出して、おみくじやら御札やらお守り等を販売している。
いや、販売しているはまずい。  とにかく参拝者の行列は、境内をはみ出し4号線の歩道まで
延々と続いていた。   だからここでは、私は参拝はしない。


鳥居のない入り口から入り、御札と破魔矢を手にさっさと退散した。
「神罰が当たるぞ!」  神社をハシゴした件だろうか?  それとも、より大きな神社に
手を合わせなかった件だろうか?  私は神社に、分業制をお願いしただけだが。


それはそれとして、本題に入る。
1年は365日なのは解るが、その始まりの1月1日をこの寒い時期に決めたのはなぜか?
地球は太陽の周りを楕円軌道で回っているから、どの点に決めても支障はないはずだ。


「やっぱり寒い冬が最適だ」 と言うなら、南半球の地域で正月を決めたりしたら
北半球は夏真っ盛りである。  さらに、季節のない熱帯地方や砂漠地帯で設定などされたら
とんでもない時期が1月1日にされる恐れがある。


それでは、「夏至か冬至がいいんじゃないか?」 はどうだろう。
特に冬至は一年で最も太陽が南に寄る。  しかし現在の正月とは、残念ながらずれている。
2016年(うるう年) の冬至は12月21日であった。  普通は12月22日だそうである。


これから日が伸びてゆく境目が、正月と一致していない。
要するに、暦を最初に定めた国の責任なのだが、今更言っても世界中がそれで動いているのだから
いかに根拠がはっきりしてなくとも、後の祭りなのである。  これと似ているのが


福島県庁の所在地である。  現在は福島市に所在しているのはご存じの通りだが、統合前の
若松県、福島県、磐前県の時代には、会津若松市に県庁があったし、平市(現:いわき市) に
県庁が存在した。  そして1876年(明治9年) に、現在の福島県に統合されている。


その際、江戸時代最大の城下町だった会津若松に県庁を置かなかったのが
明治政府に憎まれていたがためであろうことは、想像に難くない。  かつて7年間(若松県時代)は
県庁が存在していたにも拘わらずだ。  それでは地政学的に見て福島市には、統合後の県庁を
設置するメリットというものは、はたしてあったのだろうか?


現在ならば、新幹線の駅があったほうが便利だぐらいで、県庁をどこに置こうと大差はない。
県庁の本庁に出かけなければならない県内人が、いったいどれほどいるか?
大抵は県内各地にある出先機関で間に合ってしまう。  職員間の仕事のやり取りは
パソコンのメールで行われ、ファックスでさえ頻繁には使われなくなった。


福島市に必ず出張をした担当者会議でさえ、昨今は本庁から出先に出向いてくることさえある。
旅費の計算からいえば、遠隔地の田島やいわきからも呼び集めるより安上がりなのかもしれない。
「どこでも同じなら、今更アレコレ言うな!」 と、福島市民から怒られるかもしれない。
しかし事実は、今や地政学上の利点を持つ地域などどこにもない、というのが私の考えだ。


国の出先(仙台) に近いのがいいと言うなら、新地町や国見町に置いてもいいだろうし
本省に近い方が・・・と言うなら、白河市やいわき市に置いても、県民の便利度は変わらない。
ただ、福島市民が県庁にしがみ付くのは、「いま現在、県庁があるんだから」 の論拠しかない
というのが私の結論である。  「どこが利便性が良いか?」 の議論に、聞く耳は持っていない。


原発でさえ大消費地の近くに造らずに、延々と送電線を繋げて地方に設置できるのだから
たかが県庁機能ぐらい、どこにでも移設は可能なのだ・・・変なメンツの綱引きに拘らなければ。
「県」 という枠組みは県民が相談して・・・じゃなく、時の政府の方針だった、だけなのだから。
「福島県」 への愛着や一体感がホドホドというのも、なにか判るような気がする。

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