「迷走する瞑想集835」 2017/10/20

喜多方市は、今でこそ合併のおかげで人口5万人になんなんとしているが、かつては
「町でもいいんじゃね?」 と陰口をたたかれるほど、少ない人口に苦慮してた。  一方
西郷村は、福島県の 「市」 グループの次の筆頭に顔を出しているほど、人口が多いにもかかわらず
頑として 「村」 をやめようとはしていない。  かように福島県の市町村は、我が強いのである。


それが、すんなり 「大合併」 になど応じるわけがない。  そこが 「福島合衆国」 たる所以である。
○○村が△△市と合併すれば、△△市○○町と名前がグレードアップするのだから、悪い気はしない・・・
はずだが、そうではないらしい。  三春町が郡山市と合併しても 「三春町」 の名は残るのに、頭に
「郡山市」 が付くのが気にくわないのだろうか?


「なんで三春5万石が、3万石風情に取り込まれなければならないのだ」 とか、いろいろそのほかにも
理屈があったりして、未だに田村市と郡山市の間に挟まっている。  しかしネームバリューだけは
この両市を抜きん出ている。  ここもやはり、ある意味プライドが高いのだ。  しかし
早い話、河野広中と愛姫(めごひめ:伊達政宗の奥さん)と滝桜ぐらいのものじゃないか・・なんだ偉そうに。


と、我が郡山市が羨ましがっても仕方がない。
商業活動に邁進してきた結果、全国に名を売ることをすっかり怠っていた。
会津若松市やいわき市は、テレビに映画に何度となく登場している。  翻って郡山市は
何か全国放送のドラマに、登場したことがあっただろうか?  福島市は、夏の天気予報の常連だし・・・。


北塩原村のように、小椋佳氏が惚れ込んだという実績もないし、喜多方市のように
ラーメンだけで全国制覇を成し遂げたという、猪突猛進ぶりも発揮できていない。
はっきり言って 「大きさ」 以外プライドを持てない市民、それが郡山市民ではないか。
その 「大きさ」 も、すでにいわき市に抜かれているが。


「名を追わず、実を取るからいいのだ」 で、本当にいいのか?
本家アメリカ合衆国と同じように、古い歴史に憧れ続けている都市・・それが郡山市だ。
しかし 「巨大なジャンクション」 のままで終わるのは、なにか寂しいものがある。
そう、あえて名付ければ 「病院の都市」 だろうか。  医大をのぞけば、大病院がわんさか市内にある。

「迷走する瞑想集834」 2017/10/20

「山陰」 あるいは 「裏日本」 という言葉を、鳥取や島根の人たちがあまり口にしたがらないように
「裏磐梯」 という言葉は、私が考えるにあまり好きではない。
「山陰」 という言葉が、なぜか日陰の地方というイメージを与えがちだが、事実は日もよく当たるし
特に夕日の美しさは最高だ。  しかも沈みきるまでが長く感じる。


五色沼湖沼群や桧原湖や小野川湖や秋元湖のある通称 「裏磐梯(地図にまで書いてある)」 は
確かに磐梯山の北側にあるから、トイレや台所のイメージ(家の北側)を持たれがちだが
実際は、猪苗代湖しかない南側よりはるかにバラエティに富んでいる。  紅葉を見ようとするなら
北側へ行った方が、断然正解である。  秋の猪苗代湖では、水に入ることもできないし・・・。


磐越自動車道路や国道49号線が南側を横断しているが、それだけで優位に立ったとは思わない方がよい。
道路はあくまでも 「移動の手段」 に過ぎない。  あんなものは離れていても問題ではない。
それよりも、車を降りて見てみたいと思わせる 「動機」 が重要なのだ。
湖水浴に感心のない観光客は、おそらく猪苗代湖自体には何の魅力も感じないだろう。


反対に、わかさぎ釣りに興味の全くない人は、厳寒の桧原湖に何の魅力も感じないだろう。
一方で、スキーやスノーボードに興味のある人は・・・。  やめよう、私は会津の観光案内人ではない。
むしろ猪苗代町が合併してくれないかと、虎視眈々と狙っている郡山市民なのだ。
そうすれば、安積疏水関連施設がすべて郡山市内にあることになる。  おまけに猪苗代湖面の4分の3が
郡山市のものになる。  すでに南側は郡山市湖南町として、とっくに郡山市内なのだ。


これもやめよう・・こんなことを平然と書くから、他市町村からよく思われないのだ。
ところで、福島県には59の市町村がある。  県の面積は、全国で3番目だ。
ここまでは、知ってる人は知っている。  岩手県が2番目に大きいことも。  しかし
市町村の数でいうと、岩手県はなんと23番目になっている。  つまり、市町村の数が思ったより少ない。


ちなみに福島県は、5番目である。  県の面積と市町村の数が、必ずしも比例しないのだ。
それどころか面積では下なのに、市町村数では多いという所さえあるのだ。
埼玉県は数では3位なのに、面積では37位である。  福岡県は数で4位なのに、面積で29位である。
だからどうした?  と言われると困るのだが、要するに人口密度が高いということなのだろうか?


確かに埼玉、福岡は人口密度でも上位である。  だから、この場合はいちおう納得できる。
では福島県も人口密度が、実は高いのか? と思ったら、下から8番目だった。  要するに
市町村合併が進んでいないだけじゃないのか?  各市町村が、あまりにプライドが高すぎるか何かして。

「迷走する瞑想集833」 2017/10/19

北海道や岩手県それに面積第三位の福島県。  さぞやそこに住んでいる人たちは
スカスカの大地で羽を伸ばしているだろうなあ・・と思って、総務省統計局の 「国勢調査結果」 を
ダウンロード(エクセルで表示) して、県別の並べ替えなどをしながら眺めてみた。


さすがに北海道は第一位、岩手県は第二位である。  我が福島県はというと、第八位であった。
どん尻は、当然ながら東京都。  しかし最初から 「一人当たりの面積」 が親切に表示してある訳ではない。
あるのは、「人口密度(人/平方キロ)」 だけである。  これの逆数が 「一人当たりの面積」 になる。


しかし、一人当たり何平方キロを所有(実際持っている訳ではない) しているかを算出してみても
値が小さすぎるため、100分の1の何ヘクタールを所有するかで計算をやってみた。  そしたら
1ヘクタールを超える所は、なんと北海道・岩手・秋田の3カ所しかなかった。


福島県に至っては0.72ヘクタール、つまり3反区画(100×30m) の田んぼ2筆超しかないのだ。
山林があきれるほどあっても、この程度の値なのである。  ちなみに東京都は幾らかというと
0.016ヘクタール、10m×16m の面積しか与えられていない。  これでは住宅の高層化が進む訳だ。


1戸の農家が何ヘクタールも経営する・・これが日本ではいかにすごいことか、数字にしてみて再認識した。
あの広い北海道のしてからが一人当たりに直すと、1.46ヘクタールしか割り当てられていないのに・・・。
しかもこの値には、利活用不可能な山地を含んでいる。  もっと我々日本人は
土地を有効活用してゆくことを考えねばならないのでは?・・と勝手に結論づけて、この話題は終了する。


さて、ここからが空想の始まりである。
全国平均でゆくと、一人当たりの持ち分は0.293ヘクタールになる。  だいたい3反区画1筆だ。
これを国民ひとりひとりに均等に分配したならどうなるか?  ちょうどベーシック・インカムのように。


「おれは、山の所なんかいらね」 とか、換地会議のような発言は無視して話を進める。
さっそくそこにアパートを建て始まるだろうか?  「この土地貸します」 の立て札を立てるだろうか?
固定資産税の納付が嫌で、早々と売り払うだろうか?  人口は増えてはゆかないのだから、配分する土地が
不足する心配はない。  死亡者の土地を取り上げて、新生児に割り振るだけでよい。


大家族の家庭は、今度は大土地保有世帯に変貌するだろう。  しかも子どもの土地は、当然
親が代わりに管理することになる。  ただ一カ所に集まっているかというと、そうはいかないだろう。
県内、あるいは日本全国に散らばっている可能性が高い。  そうなると、土地の交換を手助けする機関が
あちこちに出来上がるだろう。  そうして自分の周りに、できるだけ土地を集積するはずだ。


3反区画をはみ出す大きな建物は、個人では用意できないから、必然的に賃貸しが発生する。
あるいは優待制度を適用してやるか。  公共施設なら、その方式を採用するかも・・・。
野球場のVIP席のような。


金で土地を買いあさり、個人で大土地保有者になったとしても、「土地」 は遺産で相続できないことにすれば
結局死後は、配分機関に戻ることになる。  それでは馬鹿らしいので、金銭取引ははやるまい。  とりあえず
賃貸しで借りておいて、故人の本来の土地と相続人の土地を交換し、引き続き事業を続けるしかなくなるだろう。
こういう世界から見れば、「買った土地は、末代まで我が家のもの」 という観念がおかしく見えるだろう。


土地を個人で所有できる、しかも死後までも・・が、資本主義を助けてきたのだろうが
かつては土地を所有できたのは領主や王だけだったとすれば、そんなに絶対的な制度でもないのかもしれない。
いまは万人が土地を所有する権利を持っている。  ならば以上の妄想だって、起こらないとは限らない。


土地を貸して賃料で生計を立てるにしても、0.293ヘクタールの権利しか持っていないとなれば
アパート経営の方が実入りは良さそうだが、すべての国民が同じ面積を所有しているとなれば
アパートに入る人など、そもそもいるのだろうか?  家を建てるのが面倒だから、自分の土地を貸して
その上がりで他人のアパートに住み込むのだろうか?  あるいは


掘っ立て小屋でも十分だから、あとの敷地で農作物を栽培するだろうか?  家庭菜園のように。
「待てよ、山を割り当てられた当事者は、住むことも貸すこともできないんだぞ。  どうしてくれる?」
う~ん、自然公園にでも貸してやれば。  高度利用地域ばかりじゃ息が詰まるだろうからさ・・・。


以上の妄想は、土地の所有を認めない共産主義とは根本的に違う。  一代限りで0.293ヘクタールの土地の
無条件所有を認めるのだから。  そしてたとえ金で手放そうとも、死後は強制的に配分機関に返却される。
ベーシック・インカムを 「お金」 ではなく、「土地」 でやるようなものだ。
これが妄想(ファンタジー) に過ぎないことは、私が重々承知しているところである・・安心されたし。

「迷走する瞑想集832」 2017/10/18

不覚だった。  今の今まで私は、五色沼という一日のうちで、あるいは季節によって色を変える
そんな一個の沼が裏磐梯に存在するものとばかり思っていた。  「五色沼」 という名称の沼は存在しない。
あるのは、「五色沼湖沼群」 という沼の団体だったのだ。


会津の人も悪いといえば悪い。  「五色沼、五色沼・・」 と言うから、在るものと勘違いするじゃないか。
正確に 「五色彩湖沼群の・・」 と説明すれば、勘違いなど起きないのだ。
私は福島県にほぼすべての期間住んでいて、しかも五色沼を2~3度は訪れていながら、五色沼を探していた。


当たり前だ、そんな沼などないのだから。  在るのは、瑠璃沼や弁天沼や毘沙門沼やその他あれこれ。
福島県と北塩原村は、観光案内板を書き直すべきだ・・と強く思う次第だ。
県外からの観光客にも注意しておく。  「五色沼」 をいくら探しても、無駄なことだ。


もしかすると・・でもあれだけ有名なんだから、ない訳はあるまい、と密かに期待して番組を見たら
見事に裏切られた。  沼の色がみな違って見える・・それがどうした。
それがある範囲だけに限られている・・遊歩道でそれらを見て回れる・・・名称の嘘つきめ!


歌謡曲 『高原列車は行く』 の 「♪五色の湖・・・」 はどうしてくれる?
沼尻鉄道(今は廃線)の立場がないじゃないか。  作詞家丘灯至夫氏(小野町出身)の立場はどうしてくれるのだ?
「湖沼群はほとんどが酸性の水で・・」 当たり前だ。  反対側の猪苗代湖が、バリバリの酸性湖なのだから。


猪苗代湖は、五色沼湖沼群より起源は古いと思われるが、流れ込む長瀬川の源流の酸川(すかわ)の影響で
魚がほとんど住み着かない 「綺麗な湖」 なのだ。  魚が繁殖すれば、漁師の方は喜ぶだろうが
湖水は基本的に綺麗になることはない。  だから第一位を奪還したかったら、どんどん酸性にすることだ。


話は変わって、五色沼湖沼群を見終わった観光客は、また表磐梯に出て東山温泉に向かうのかもしれないが
実は裏道がちゃんとある。  行き着く先は、ラーメンの里・喜多方市。
桧原湖の陰から大塩裏磐梯温泉を過ぎて、県道459号線を下ればそこは喜多方市街地の北東部に出る。


私は会津の観光案内係ではないので、これ以上の詳しい紹介にページを割くようなことは御免被る。
しかし、五色沼湖沼群の鑑賞にしても、猪苗代町から入ってゆくのはあまりに一般的すぎる。
磐梯熱海インターチェンジから母成グリーンラインを抜けて、中ノ沢温泉経由で県道459号線に右折すれば
行き着く先は 「五色沼入口」 だ。  なお、母成グリーンラインの南半分は郡山市だ・・よろしく。

«「迷走する瞑想集831」 2017/10/15