「迷走する瞑想集929」 2018/02/19

おいしい酒が福島県内に、いくらでもあることは了承している。  さらに
私には絶対手が出ない金額の酒ではない、ことも了承している。  しかし
私は一番安い 『金紋・奥の松』 の2リットル紙パック入りを、やめる気はない。


「たまには、高級酒を飲んでみてもいいだろう?」 と言われれば、確かに高い酒は美味い。
それは間違いない。  酒蔵が、本気で美味い酒を造ろうと目指しているのだから。
しかし晩酌で年がら年中飲むにしては、やはり高級酒である。  毎回買ってくるのは、金銭的に無理だ。


「だから、たまにだけ飲んでみたら?」  それでは、もとの安い酒に戻れなくなる恐れがある。
いい味を知った舌には、いつも飲んでいた酒が 「いかにも安酒」 に思えてしまうのだ。
私は幸いにして味音痴だが、酒の美味いまずいだけは、なぜか感知できてしまう。


いままで大事に至らなかったのは、ひとえにすぐに味覚を忘れてしまう第二の特性があったからなのだ。
だから、酒屋の棚の高級酒は眺めるだけにしている。  なまじ私は、高級な味など知らない方がいいのだ。
これは、昔のオーディオの音にも言えたことだ。


不満なく聞いていた音が、電気店やより高級なシステムを持っている友人の音を聞いた途端
自分のステレオが、貧相な音しか出さなくなる。  しかしステレオが劣化したのではなく
自分の耳が、よりいい音を知ってしまったがために、みすぼらしく変化してしまっただけなのだ。


「無知は幸せ」 と、映画マトリックスの中でサイファーが言っていたが
幸福が 「満足」 と同時に訪れるものなら、彼の言ったことはあながち間違いではない。
滅多に食べられぬ高級な味を知ったがために、日々の食生活が味気なくなるのであれば


日々に食べられるものをおいしいと思う状態で満足できる方が、幸せというものではないだろうか?
だから私は、金回りのよくない美食家は最高に不幸だと思う。  一方で、金回りの非常によい美食家もまた
最高の料理ばかりを食べていたなら、舌がおいしいと思わなくなる恐れがある。  その後どうするのだ?


だから私は、あえて高級酒には手を出さない決意だ。  だいたいにして
酒米の半分近くを削り取ってしまう大吟醸の製法など、酒米農家からしたら許せない行為に映るであろう。
私は 「米は一粒たりとも残すな!」 と教えられたクチだから、なおさら・・・。

「迷走する瞑想集928」 2018/02/07

農業土木技術者として農地の大区画化を図ったのは、当初省力化によるコスト削減が目的だった。
特に私が就職した頃は食料増産については一段落していて、米作をいかに手間をかけずに行なうかに関心は
移っていたように思う。  少なくとも大蔵省(まだ財務省ではない)に対しては、そういう大義名分だった。
とうぜん一般国民に対しても、「国産米はまだ高い」 と陰に陽に吹き込んでいた。


しかし今になって考えてみると、効率化を推し進めた効果の副作用として、農業従事者の高齢化を
招いてしまったような気がしてならない。  なぜなら、昔は隣近所総出で小さな田んぼに田植えをしてたのが
今は何条もいっぺんに植えられる田植機で作業できるのだ。  刈り取りや乾燥も同じこと。
コンバインなら脱穀までその場でできる。  あとは軽トラで運び出せばよい。


田んぼ一筆に必要な人数が少なくなったし、その結果一人が耕作可能な面積も格段に大きくなった。
初めの頃のほ場整備標準の3反区画(30m×100m)は、作業機械の効率を基に算出したものだ。
こうして労働生産性は高まったが、逆に言えば強健な若手でなくても農作業が行なえる、ということにもなった。
シートに座ったままの農業機械の運転なら、女性にでも可能である。


そして高齢になっても農作業が可能だということは、世代交代が進まない一因にもなる。
農家一戸の田んぼの面積が変わらなければ、子や孫はほかで働くしかなくなる。
農家の子や孫が冷淡で、老いた親を置き去りにして都会で働く・・と、よく都会人が同情してくれているが
本当にそれだけなのであろうか?  農家が人手を欲しがっていたなら、親を置いて出て行くはずがないと思う。


田んぼの耕作に人手があまり必要でなくなった、だから他に職を求めた・・そんな側面が、なくはないと思う。
人は誰でも、自分が必要とされている所へ行こうとするものだ。  日本の農家だけが特別なはずはない。
それでもさすがに超高齢化してくると、農作業ができずに他人に耕作を任せたくなる。


ところで 「田んぼ」 とは、たんに水を張った平坦な土地を言うのではなく
その表面の 「耕土」 は、農家による長年の設備投資の賜物であるから、それを無にするのは忍びない。
そして図らずも、用排水路完備で道路が常に脇にあり大区画化された耕地が、「他人に貸す」 場合の
長所にもなってきた。  それはそうだ、誰でも他人の田んぼを通らずに機械を入れたいとは思うだろう。


かくして今度は、農地の担い手への集約化が錦の御旗になった。
やってる仕事はほとんど同じでも、最終目標がカメレオンのように次々に変わる。
私のやっていた最後の頃は、「計画に担い手(借り手)の人数を明記すること」 とかあったような?
やる気満々の農家ばかりだからこそ、ほ場整備事業(国庫補助事業)なんかに挑戦するんだろうが・・なにか
乖離しているような気が今でもする。

「迷走する瞑想集927」 2018/02/05

>地球の自転にかかる時間は、23時間56分4.0916秒である。
ふ~ん、だが待てよオイ。  1日を24時間と決めた上で、1時間の長さを求めたんじゃないのか?
それなのに1日は23時間56分4.0916秒って、地球の自転速度が速くなったということか?
そこで 「1日の長さ」 で検索してみると、次のような説明があった。


太陽が真南に見えて(南中)から次の南中までの時間を24時間とすると、地球は1回転(360度)より多く
回らなければならない。  なぜならその間にも地球は、太陽の周りを公転しているから。  仮に
地球が360度(1回転)自転しただけでは、次期南中の約4分前になってしまう。  だから・・あくまで
天文学的に見れば地球1回転の自転に要する時間は、「23時間56分4.0916秒だ」 ということになるらしい。


宇宙ロケットで頻繁に外出するようなら、この 「23時間56分・・」 の方を憶えておかねばならないだろう。
でないと、厳密には出発地と違うところに帰宅するはめになるかも・・・。
しかし地球上で暮らす分には、24時間後にまた太陽が真南に来るのだから心配するには及ばない。
日時計を使おうと、水時計を使おうと、原子時計を使おうと、1日の長さは24時間である・・はずだが


たまに年末に 「うるう秒」 とかいって、時間調整をやっているのはなぜだ?
そこでまた検索。  過去のある時点で1日の長さの1/86400を1秒と定めたのだが
この 「1日の長さ」 そのものが長い間に、伸びてきているらしい。  それはわずかなものだが
1000倍も精度が良い原子時計で計測されると、「1日が86400秒だ」 とは言えなくなってしまう。


そこで、正確な原子時計と地球の自転による1日との誤差を、修正するのが 「うるう秒」 らしいのだ。
どうも地球の自転とは、速くなったり遅くなったりしているようだ・・1000倍の精度で見ればだが。
だから1日が伸びたとて、「年を取るのが遅くなる」 とぬか喜びはしない方がいい。
100年単位で1日が0.001~0.002秒伸びた・縮んだの話らしいから。


しかしである、1日が0.001秒伸びても、1年は365日である。  1年で0.365秒伸びることになる。
3年もたてば、1.095秒である。  これは、時計が内蔵された精密機械にとっては大事だろう。
だから時たま 「うるう秒修正」 を行なうのである。  もはや我々の生活は、表だってではないにしても
1日に0.001秒の誤差も許容できなくなった・・としたら、世知辛い世の中だとは思わないか?


私が就職した時は、文書のやりとりは封書だけだった。  ゼロックスはあったが、ファックスはなかった。
だから 「まだこちらに届いておりません」 という口実が使えた。  やがてファックスが入り
そのうち個人にパソコンが行き渡って、調査物などの指令は上部担当者から直接メールで来るようになった。
もう 「まだ着きません」 とは言えない。  言えば、何度でもメールが来るだけだ。


提出期限も 「何月何日必着で」 から、「今日の午前中必着」 あるいは 「午後5時期限厳守」 とかに
変わってきた。  パソコンで 「能率的に仕事ができる」 はずなのに、かえって余裕が失われていった。
昔は現場に出張すれば、係長に口頭で報告すれば事足りたのに、いちいち上層部にまで回す報告書を
パソコンに打ち込む作業。  その報告書作成が煩雑だから、現場に出る回数が減ったりして。


現場にあまり行かないから、問題を把握するのが遅れる。  顕在化した時には、一担当者の手に余ることに。
問題があれば業者が事務所に来て担当者と相談しなさい・・というのは、きれい事であって
業者は偉い人たちがいる役所には、あまり来たがらない。  地元の受益者たちも同様。
現場小屋でお茶を飲みながら、あれやこれやダベるのが一番話しやすい。  問題が小さいうちに察知できるし。


そんなことをさっぱり理解しない事務屋に、なにも言い返せない技術屋も悪いのだが・・・。
「そっだらこと、県民が許すとでも思ってんの?」 と二言目には言うが、もし地雷が破裂して
大騒ぎになったら、「そんなことも言ってられないんじゃねーの」 と反対に言いたい気分だ。
不出来な書類は突っ返せばいい事務屋と、完成までは責任を逃れられない技術屋、との違いなのだろうか?

「迷走する瞑想集926」 2018/01/31

「寒い」 とは、「暖かい」 時を知っているから、思わず口にするのであって、もし
南極のように、始終氷に閉ざされた土地に育った人なら(だから、もしと言ってるだろう)
「寒い」 とは言わないのではないだろうか?  低緯度地帯に連れてこられて 「暑い」 とは言うだろうが。


だから豪雪地帯の大雪のニュースを見て、「さぞかし困っているだろう」 などと考えたら
それは雪のほとんど降らない地域の、思い込みでしかない・・と私は警告しておく。
反対に雪の少ない年が1~2年続いたら、おそらく拍子抜けしてしまうはずだ。


会津盆地に生まれてからずっと住む人は、「周りに山がないと落ち着かないよねえ」 とまで言っていた。
おまけに会津は豪雪地帯でもあるから、「今年は雪が少なくていいねえ」 と挨拶したとしても、はたして
本心からそう思っているかは、疑ってかかった方がよい。  「雪かだし(雪かき)の暇を持て余す」 とか。


「雪に閉じ込められるからこそ、ゆっくり酒が飲めるんじゃねえか」 と露ほども考えていない・・かどうかは
会津に酒造メーカーが身の丈以上に数あることを考え併せると、自ずと正解が見つかるというものだ。
たとえ米が良くて水もいいとしても、需要がなければ、酒蔵はさほどに乱立はしないはずだ、違うか?


私が思うに、カツ丼(会津はソースカツ)やラーメンや馬刺しなどは、酒のつまみ(馬刺しの辛子味噌)に
食べたものか、あるいはつまみにほとんど手をつけずに、ひたすら酒を飲む会津の酒飲みの最後の仕上げに
腹に入れたものがカツ丼やラーメンの類なのであって、所詮みんな酒の副産物に過ぎないのではないか?


・・と深い疑念を持っている。  喜多方のラーメンは
まさしく酒の匂いを消すほどに味が濃く、農家の人の空の胃袋を満たすほどに盛りがよかったのだ。
そしてなぜか夜遅くまで店を開けていて、その配置は飲み屋街の出口出口にあったように思う。
もちろん、ラーメン屋でも酒は出した。  はたして、みんなどうやって帰ったか・・は知らない。


今でいう代行タクシーなど、影も形もなかった時代だ。  誰か迎えに来たのだろうか?
車で迎えに来れば、帰りは2台運転して帰らなければならないはずだが・・・。  とにかく喜多方は
町内の人だけが客にしては飲み屋の数が異常に多すぎる、と私は最初に感じたのだ。
当時の喜多方市の人口は、2万人程度。  今の西郷村(2017年 20,370人)と、どっこいどっこいだ。

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