「迷走する瞑想集897」 2017/12/13

「なんであいつの方が、いつも恵まれているんだ」 と不満を抱いている人には
「人生の勝ち負けは、棺桶に片足を突っ込む時まで分からない」 という便利な言葉がある。
「じゃあ、自分が片足を突っ込んだ時にも負けていたら、どうすりゃいいんだ?」 それにも方策はある。
「自分の世界が終わりを迎えている時に、他人との比較に悩んでいる余裕はない」 である。
「自分が川で溺れている時に、水泳の達者な奴を妬む気持ちは起きない」・・と言えば理解しやすいだろうか。


「・・・なんだか身も蓋もない提言になってないか?」
「一生不満を抱いて暮らすよりはましだ」
「しかし、他人との比較を超越したら、今度は自身の向上がストップするんじゃないか?」
「自身の向上なんて、どっちみち自分では測定できないだろう。 認知症の記憶障害と一緒だ」


「確かに向上とは他人に認められてこそだが、お前の言ってることは洋上を漂う漂流船にならないか?」
「自分の位置が分からないということか? なにも陸上が見えていなければ、位置の変化が分からないという
ことではない。 羅針盤や六分儀は昔からあったし、現在ならGPSがある」
「それは、他人の忠告は受け付けない、という意味か? それは一種の傲慢だぞ」
「大洋を航行する船なら、自身で位置を割り出さなくてはならない・・そういう意味だ。
他人の忠告を待っているようでは、せいぜい河川や湖沼の航行しかできない」


「でもインドに行くつもりが、アメリカに着いてしまった例さえある」
「そういうこともあるだろう。 それは時の運だ」
「もしかして、投げやりになってないか?」
「無線がなかった昔は、港を出れば船の位置は着くまで分からない。 正確には到着予定日までだが。
その間は、行き先を間違えようが沈没しようが、他人には一切分からない」


「つまり着岸した時が、他人との接触の時なのか」
「然り。 こういう状況を好まない人は、自国の土地を離れようとは思わなかった。
常に誰かに見られている状態の方が、安心できたのかもしれない」
「で、お前はどうなの?」
「私は、震災後も福島県を離れなかった。 転々とするのが嫌になった、のもあるかもしれない」


「話のスケールが、急に小さくなったような気が・・」
「しかし係留しているとはいえ、羅針盤や六分儀それにGPSは装備してあるから
万一の漂流の備えは怠ってはいないつもりだ」
「なんだ、完全に陸に上がったわけじゃないのか」
「多かれ少なかれ人間は、船上生活者だと思っている。 不動の大地なんてものは存在しない」


「それが、さっきから言っている投げやりだというんだ」
「発見した真理が、必ずしも幸福を約束してくれるとは限らない・・決まったな」
「じゃあ誰も真理なんて探さないだろう」
「真理を知らぬことが、かえって不幸を招き寄せることもある。 あくまで、他人から見た不幸だが」


「自分が幸福なら、それでいいじゃないか」
「そのためには、洋上に出なくてはならない」

「迷走する瞑想集896」 2017/12/11

無くなってもらっては、いずれ必ず自分が困る・・だから、多少割高であっても、自分は利用をやめない。
これは、例えば 「灯油移動販売のトラック」 の事であったりする。
車を使えばガソリンスタンドで、もっと安く灯油が買える。  だから
たいていの家はそうしてるだろう。  大型タンクに給油してもらう場合は別だが。


さて、何年か後に自分が車の運転をやめた時、どうなるか?
ポリタンクを手に持って買いに行く事は、ほぼ不可能だ。  そんなに強健なら、免許を手放すこともないはず。
灯油18リットル入りのポリタンクを、自転車に積むこともできない。  買ったのちの帰途は、間違いなく
休み休みの連続だろう。  かといって購入をしなければ、こたつを出られないことになる。


若い者が家事をすべてやってくれる恵まれた環境なら、それでもいいだろう。
でなければ、次に来るのは餓死の恐怖だ。  そういう意味で、配達制度はなくなっては困る。
たんに安いからと次々に店を替えていると、近くの小さい店が一つずつ姿を消す。
あとで本当に必要になった時、家の周りに商店はなくなっている。


そんな状況を作り出した責任が自分にもある、とは大抵の人は考えない。
「跡継ぎがいなかったのであろう」 と思うのが関の山、そして子供夫婦の住む市街地に移転する・・ことが
できる老人はまだ恵まれている。  だから老齢になっても、自動車免許と車を手放せない。
特に遠出を頻繁にしなければ、車所有は重荷でしかないはずなのに。


以上の事を鑑みて、私は 「灯油移動販売」 を利用し続ける覚悟だ。
そのほかにも、大地震直後の寒い時期に灯油が切れかかった時、販売車が回ってくれた恩義もあるし。
あの時ガソリンスタンドは、給油する車で長蛇の列だった。  とてもポリタンクを手に買いに行ける状況では
なかった事を鮮明に憶えている。


「いまはエアコン暖房だってできるし、ガスや電気ストーブだってあるだろうに」  確かに
あるのは分かっている。  しかし、こたつがなくならないように、灯油の暖房器具も絶滅はしないだろう。
エアコンやガス・電気ストーブは、中央からの搬送がストップすればその時点で使えなくなる。
実際、大震災ではそれらのインフラもダメージを受けたし。  それに比べて、灯油は買い置きが効く。


ファンヒーターは、アウトだが・・・。  だから、避難した小学校の体育館に置いてあったのは
たぶん灯油ストーブだったと思う。  あるいは照明が点いていたから、ファンヒーターだったかも?

「迷走する瞑想集895」 2017/12/06

「会津磐梯山」 は民謡の名前で、福島県にある山の名前はただの 「磐梯山」 である。


「お前は何を言ってるのか?」 と笑われようが、西方人は両方を混同して記憶している可能性がある。
私が学生の時、ある飲み会で会津磐梯山を仕方なく歌ったら、大喝采を浴びた。  しかし
私の歌がうまかったからではない。  だから逆にこちらが驚いた。  「なんで分かるの?」 という意味で。


福島県の位置さえ満足に把握していないくせに、どうして磐梯山が分かるのだ? と誰もが思うだろう。
実際はどうもそのようではなく、たんに歌の 「会津磐梯山」 を知っていただけと考えられる。  では
音楽の教科書にでも載っていたのか?  歌謡曲の挿入歌にあったのか?  戊辰戦争は教わっても
まさか 「会津磐梯山」 は教えないだろうに。


とにかく 「南部牛追い歌」 や 「さんさ時雨」 や 「花笠音頭」 などまったく知らないくせに
「会津磐梯山」 だけは分かるという、不思議に遭遇したのだ。  この歌をただの 「磐梯山」 としなかった
過去の作詞者に感謝したい思いだった。  と同時に、会津地方のただならぬ存在感を感じたのだった。
「福島県民謡 会津磐梯山」 はややもすると、福島県は会津だけで構成されているという大いなる誤解に
発展する恐れが無きにしも非ずだったが。


しかしそんな心配は無用だった。  当時福島県など、西方人の関心の外だとはっきり知ったから。
関心のない者に、誤解を解く手間は労力の無駄でしかない。  「どうやら北の方にあるらしい」 ぐらいを
分かっていれば、日々の生活にはまったく影響しない・・というスタンスだったようだ。
その程度の知識しかない人たちにも、今回の大震災でいやおうなく 「福島」 の名が連呼された。


慌てて地図帳を広げた人は、まだ救われる方だ。
テレビの略図なんて、「どうやら北の方にあるらしい」 とたいして変わらない。
おそらく福島県までの距離、それに福島県内の広さを知らずに右往左往していたのだろう。
今となっては負け惜しみにも聞こえるが、「福島県」 の名前を頭に刻印させた意義は大きい、と考える。


静かに暮らしていた福島県民を、もはや無視できなくなった、という意味で。
大型プロペラ機のエンジンの内の一発を損傷したに過ぎない、ということがいずれ分かってくるだろう。
今は機体のスピードが多少ダウンしただけで、もちろん飛行の続行にまったく影響はないということも。

「迷走する瞑想集894」 2017/12/06

我々があれだけニューヨークやサンフランシスコやシカゴを、身近に感じられるのは
一つには映画によく登場するからなのだ、ということを挙げておきたい。  だから会津若松市は
県内の市町村のうちで抜きん出て有名なのだ。  その意味では、会津鶴ヶ城の存在価値は大きいと思う。
なにも戊辰戦争の敗軍の将だったため、ばかりではないと思う。  そんな事を言ったら
二本松市や白河市はどうするのだ?  白河市は小峰城まで修復したというのに・・・。


郡山市も映画の撮影地に、積極的に立候補しよう・・と言うと、「どこで撮影しろっていうんだよ?」 と
懸念の声が上がる事は十分に承知している。  その上、声高に語れる歴史が 「安積疏水」 意外にない
という弱点を抱えている。  古い建築物といったって、明治・大正に建てられたものしかない。
大都会というなら、仙台市の方がはるかに大都会だ。  そういう意味で時代物や現代物でも、明らかに不利だ。


市内には疏水関連のため池が多いが、ため池の多さなら香川県にかなわない。
せめて野口英世が、湖南町(郡山市)出身であってくれたなら(実際は猪苗代町である)、映画が作れるのに。
芭蕉が須賀川市でなく、郡山市に長逗留をしてくれていたなら、映画が作れるのに。
俳優はいるのに(西田敏行氏) 演じるものがないという歯がゆさ。


ある意味歴史が希薄だからこそ、これだけの発展を遂げられたという面が、無きにしも非ずなのだが
いわき市はハワイアンズを主題にして、映画を撮らせてしまった。  それというのも
「炭鉱」 という過去の遺産を持っていたからだ。  しかもいわき市は、時代劇でも美味いことやっているし。


映画を撮らせるという事は、いわば自宅の中に他人を招き入れることに似ている。
写されたくないものまで、写ってしまう危険性がある。  だから躊躇するのか?  実際は
歴史があっても、現地でのロケは現代においては不可能に近いのだから、郡山も嘆くには及ばない。
ではあるが、やはり 「物語歴史」 は映画誘致には、必要不可欠であると思う。


たとえ郡山市の町並みが一切出てこなくても、「郡山」 の名前だけは必ず出てくるから。
「会津」 はそれで有名になった、とも言える。  歴史大河ドラマにまで登場したもんなあ・・・。
歴史物語が希薄だという意味でも、郡山市はニューヨーク市に似ているのかもしれない。
向こうは島を原住民から買ったらしいが、しかし現代映画のロケだけはバンバン敢行している・・・。


やはり他人に名前を知られない大都会という存在も、なにか矛盾している気はする。
その意味で福島市は、夏に涼しくなっては絶対にいけない。  天気予報は、全国ネットだ。

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